科学者は運動を時間に置き換えた。両替屋(金融資本家)は時間をお金に置き換えた。そして庶民はお金を巻き上げられ続ける。

これまでに何度も記してきたことで、漸く時間の何が問題なのかわかってきました。改めて、問題点をメモします。

自然科学者は、「運動」を「時間」に置き換えました。一見便利だからです。時計の針が動いているとき文字盤上の針の位置を読んで頭の中に時間として数値化します。 時計に時間が直接「ある」訳ではありません。時計にあるのは「動き」だけです。 重さや長さのように、直接手で計ったり目で見たりできません。私たちの五感でわかるのは「動き」だけです。 針が動き、針の文字盤上の位置による読み値を頭の中で時間に置き換えたのです。 運動が時間に比例して起きるかどうかはわかりません。 ですから、(運動/時間)の比は、別途決定する必要があります。

両替屋(金融資本家)は、「時間」を「お金:通貨」に置き換えました。 これは利子利息のことです。利息は負債です。どこかの誰かが銀行から借り入れをしなければ利息は生じません。 利息の元が負債であるにもかかわらず連中は、これを「信用創造」と呼びます。 体の良い言い換えでしか無く、彼らは何かにつけて言葉遊びをします。

ドイツの児童文学者ミヒャエル・エンデは「お金を時間に置き換える」ことで小説「モモ」を書きました。

2382150

 

実際は、逆だったのです。両替屋の連中は、時間をお金に置き換えたのです。

問題は、運動は10進数、時間は12の倍数、通貨は10進数であることです。 3次元物理空間を等しく分けるこには12の倍数が便利ですし、よく理解できます。 できれば、質量も長さも時間も12の倍数である方が望ましいのです。 ですから、10進の通貨の管理者たる彼らは「12の倍数がよい」などと言う者が出てくることを阻止したいはずです。

何より(運動/時間)の比が未定ですから、ひいては運動(仕事)から時間を経由してお金を巻き上げられる仕組みを堅持できることが大きかったと考えられます。 お金に色はついていませんので、利ざやを抜き取られると中央銀行が発行した総量を割り込むことは明白です。

よく考えると、頭の中にしか存在しない「時間」という概念と「非兌換のお金」とはよく似ています。どちらも「ある」と思い込んでいるに過ぎないのです。

情報の圧倒的勝者である両替屋の連中は、「時間が問題だ。12の倍数がよい」という考えを誰かが持つことを未然に阻止するに相対論がうってつけだと判断したと考えています。100年はいかにも長いです。

インターネットが発達した今日、特定のことが異様に持ち上げられたり、徹底して貶められたりするというバイアスが働いていることに誰もが気付いています。 無視したり無くしてしまいたい一つに単極誘導が有るのではないかと穿った見方をしています。同様に「時間」についても、問題があると騒がれたり、話題に触れられることを嫌う連中がいるだろうと想像できます。科学者も仕事を失いたくないので発言することはないはずです。

問題の本質は、驚くほど簡単です。これを「常識・自明あるいは無意識」というレベルで否定せずに考察できたのが岡潔や岡潔が述べた道元禅師だと思います

岡潔が自然科学者を「原始人的無知」と述べた理由はここにもあるようです。

 

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タイム!

役に立たない小咄をひとつ。

自然科学者「」、 振り子の運動「」、 時間「

 「さて、振り子の運動を使って時間を計ってみるか。 何せ、振り子には等時性があるし、運動は時間に比例して起きるはずだからな。」

pendulum2015

 「時間?? いや、オレ知らないよ。 吊り下げたオモリと重力で動いているだけだから、時間に聴いてくれ。」

 「いや。待った! そっちこそ、運動に聴いておくれよ。」

う・タ 「こっちに言われても困る。 勝手に決めるなよ。」

という水掛け論でした。 いやー、よく考えたら時間なんてありませんでした。

”時間”は物理量じゃない。 時間とは、過ぎゆく運動の記憶(記録・情報)でしかない。時間を五感でわかるものと思っていましたけれど、違ったようです。  時間を”見た・触った・聴いた・味わった”人は、管理人までお知らせください。 時間が物理量ならば、重さや長さと同じで直接触れるはずです。

数学者岡潔によれば、「数学で大切なのは情緒である」だそうです。

 

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時間とは、過ぎゆく運動の記憶である

これまでに幾度となく時間について記してきました。考察を都度書き記すことで少しずつ前に進んできました。

時間に関する主な過去記事には時間とは何かお金 時間 エネルギー 数学質量・運動・エネルギー・時間があります。 もう少し具体的に書ければと思います。

数学者岡潔思想研究会から該当する講演録「自然科学は間違っている」の一部を引用します。

自然科学者は初めに時間、空間というものがあると思っています。絵を描く時、初めに画用紙があるようなものです。そう思ってます。時間、空間とはどういうものかと少しも考えてはいない。これ、空間の方はまだ良いんですが、わかりますから。時間の方はわかりませんから。

時間というものを表わそうと思うと、人は何時も運動を使います。で、直接わかるものではない。運動は時間に比例して起こると決めてかかって、そういう時間というものがあると決めてかかって、そして、時間というものはわかると思っています。空間とは大分違う。

人は時間の中なんかに住んでやしない。時の中に住んでいる。

時には現在、過去、未来があります。各々、全く性質が違うんです。それ以外、いろいろありますが、時について一番深く考えたのは道元禅師です。

が、その時の属性のうちに、時の過去のうちには「時は過ぎ行く」という属性がある。その一つの性質を取り出して、そうして観念化したものが時間です。非常に問題になる。

が、まあよろしい。ともかく初めに時間、空間というものがある、その中に物質というものがあると、こう思っています。

抜粋して順にまとめますと次のようになります。

  1. 自然科学者は、運動は時間に比例して起こると決めてかかっている。
  2. 自然科学者は、そういう時間があると決めてかかって、時間はわかると思ってる。
  3. 時間を表すとき運動を使う。
  4. 人は時間の中なんかに住んでいない。時の中に住んでいる。
  5. 時には現在、過去、未来がある。
  6. 時の属性のうちに、時の過去のうちには「時は過ぎ行く」という属性がある。
  7. その一つの性質を取り出して、観念化したものが時間である。

岡潔は物理現象は、最終的に五感でわかる必要があるとして次のように述べました。

最後は肉体に備わった五感でわかるのでなければいけない。こう思ってます。

それじゃあ、どんなに工夫しても五感でわからないものはどうなのかというと、そういうものはないと思っている。「ない」といってるんじゃありません、「ない」としか思えないのです。だから、仮定とも何とも思ってやしませんから、それについて検討するということはしない。

五感でわからないものはないというのは、既に原始人的無知です。しかも、自分がそう仮定してるということにさえ気付かない。それについて考えるということができないというのは、実にひどい無知という外はありません。そう感じます。

まとめますと

あ) 五感でわかるものでなければならない。

い) 自然科学者は、五感でわからないものはないと思っている。「ない」としか思えない。仮定とも思っていないから、検討しない。

う) 自然科学者は、原始人的無知である。自分が仮定していることにさえ気付かない。


上記の3.から自然科学者は、「時間は運動から求め、運動は時間から求め」ています。  それで事足りると思っています。何故なら1.の「運動は時間に比例して起きると決めてかかっている」からです。 確かに

pendulum2015図1

振り子の等時性は、誰もが認める所なのですけれど、上記1.の暗黙の了解があるからに他なりません。 実際は、運動が時間に比例して起きるかどうかだれも確かめたことがありません。

つまり、(運動/時間)の比を決定したことがないのです。それどころか時間が存在するかどうかもわからないのです。

では、自然科学者の時間とは何かというと、岡潔は、4.「人は時の中に住んでいる」と述べて、5.「時には現在・過去・未来がある」ことを示しました。 そして、6.「時の過去の性質の一つ『時は過ぎゆく』」という属性を指摘した上で、7.「その性質を取り出して観念化したものが時間である」と述べました。

上記を言い換えると、運動が時間に比例して起きるかどうかわからない。時間は、時の過去の性質「時は過ぎゆく」という性質を取り出して観念化したものだから、「時間」を時の現在と未来に適用できるかどうかはわからないのです。 それどころか、時間があるかどうかもわかりません

岡潔の言うように物理現象は(あ)「五感でわかる」必要があります。考えてみるに、人が五感でわかるのは温度や圧力を含めて、究極には「運動」です。

時間は、時の過去の内にある「時は過ぎゆく」という性質を観念化したものですから、五感でわかる「運動」を時の過去に当てはめることにより、よりはっきり時間というものが理解できるといえます。

結局、時間とは、過ぎゆく運動の記憶です。従って、現在の運動未来に起きるだろう運動に、時間」を適用できないと考えられます。  もっと短く言うと「時間とは過去の記憶」に過ぎません。

時空(時間・空間)と呼ぶ時間軸など存在しないということです。 自然科学者は、運動を時間に置き換えることにより、宇宙を容易に理解できると考えたのでしょうけれど、「運動は時間に比例して起きる」と思い込んでいるからできたことです。 ですから有名な公式

E=mc^2  ・・・・式1

で示されるエネルギー運動を時間に置き換えた上で、さらにエネルギーに置き換えたのですから間違っているといえます。 少なくとも近似です。

式1について、過去にも引用したことがある杉岡氏の相対論物理学者に捧ぐ その4からサイトの核心部分を掲載します。ページの中程です。

 アインシュタインは、”時間”を速度cを用いて定義したのです。(ここで「はっ」と気づいた人もいるでしょう

おかしいと思いませんか?
時間を光速度cを用いて定義するには、その前に時間というものが分かっていなければならない。
なぜならcとは①の距離/時間で求められるものだからです。
アインシュタイン出現以前の素朴な時間概念で認識されていた光速度cを用いて時間を定義するという決定的論理ミスをやっているのです!
(引用者注:c=299863381m/s・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・①)

杉岡氏はアインシュタインが「蛇が己の尻尾を噛む」ようなことをやっていると指摘されていますけれど、もっと本質的な問題を数学者岡潔は指摘しているのです。

岡潔はまさに天才です。

 

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憲政史家 倉山満「歴史書に書かれてあることよりも、書いてないことの方が大事」 ・・・・ 科学も同じかも知れない

動画サイトに興味深い動画がありましたので、メモしておきます。

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動画1 #10-1

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動画2 #10-2

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動画3 #10-3

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動画4 #10-4

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動画5 #10-5

以降の動画に興味をお持ちの方は、動画サイトでご覧ください。

 

倉山満氏(動画2より)は、歴史書を読むときの注意を次のように述べています。(引用1)

1.書かれてあることよりも、書いてないことのほうが大事

2.絶対評価は誰でもできるが、相対評価は難しい

歴史書に何が書いてあるかを読みますけれど、他の歴史書に書いてあって、こちらには書いてないのは何故か。この歴史書は何を目的としているのかを確かめるには、書いてないことを探ることが大事だと述べています。また、歴史書に書かれていることを評価することはできるけれど、他の資料との比較した上で、相対評価することは難しいとも述べています。

 

以下の文章は、管理人によるとても穿った見方です。

管理人は、研究を続ける上で、巷、重要と言われるニコラ・テスラ(1856年~1943年)をあまり取り上げませんでした。 特許資料やコロラドスプリングス・ノートを見ても興味を持てませんでした。取り上げない理由は、管理人の研究主題である単極誘導に関してニコラ・テスラが取り扱っていないからでした。 で、上記の動画を見て、改めて資料を探してみたところ次のとおりでした。

手持ちの「特許資料とColoradoSpringsNotes」の図をざっと眺めたところ、単極誘導に関する資料はほとんど見られませんでした。

一方で、ニコラ・テスラは次のような言葉を残しています。(引用2:フリーエネルギー[研究序説]p42、多湖敬彦著、徳間書店、1996年)

 十八年以上の間、私はヘルツ波の理論に関する学位論文、科学レポート、記事を読んで多くの知識を吸収しようとした。しかし、それらからいつもフィクション作品のような印象しか得られなかった。

天才ニコラ・テスラが18年もの間学び続けた結果、ヘルツ波(横波)に関する理論が「フィクション作品のようだ」と感じていたということです。 と同時にニコラ・テスラは次のように述べています。

われわれは終わりのない空間を、想像もつかない速度で渦を巻いて回転している。すべては回転し、運動している。すべてはエネルギーである。このエネルギーを直接、手にする方法があるにちがいない。(引用3 同書、p48)

ニコラ・テスラは、

nikolaEM002写真1

回転磁界による誘導モーターを発明しましたが、誘導モーターの回転が「エネルギーを手にする方法」であるとは思えません。では、テスラの言う「渦を巻いて回転している」現象とは何なのでしょうか。

現代において有名なフリーエネルギー研究者であるトム・ベアデンは、ニコラ・テスラの研究者でもあります。 管理人は2年ほど前に、トム・ベアデンの研究資料だとされる「Tom_Bearden_files」というzipファイルをネットで入手しました。 このファイルは238Mbに圧縮され、中には211個のpdfとword文書、html による文書があります。もちろんコロラドスプリングス・ノートも含まれています。

トム・ベアデンはいわゆるテスラ波と呼ばれる縦波電磁波をもってフリーエネルギーを実現しようとしていることで有名ですが、このトム・ベアデンファイルにも単極誘導に関する資料はほとんど含まれていませんでした。 つまり、ニコラ・テスラによる残された資料には単極誘導に関する資料は、存在しないと見てよいわけです。

ところで、ニコラ・テスラの研究所は何度か火災で焼失して大きな実験が出来なくなったようです。また、引用2の本によれば彼の死後すぐに、FBIをはじめとする機関が捜索にきてほとんどの資料を持ち去ったとされます。

ニコラ・テスラが引用3と述べたのならば、本質的に回転運動を示す「単極誘導」について研究していたと考えるのは外れていないと思います。にもかかわらず残された資料に含まれていないというのは不自然なことだと考えます。逆に言えば「残された資料に利用価値はないかも知れない」のです。

詰まるところ、歴史書同様、科学の発達も論文もレポートも「勝者による都合の良い記録」なのかも知れません。 ニコラ・テスラは何を残して、何を残せなかったのでしょうか。

 

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ヒマワリ畑

毎年きまって休耕田にヒマワリを植えるところがありまして、この時期、散歩の時には楽しみにしていました。 いつもカメラを持ってくればよかったのにと残念でしたけれど、今年は忘れずにカメラを持参、撮ることが出来ました。

CIMG1828

民家の窓際に朝顔が植えられて、ツルが日よけになっています。

CIMG1840

愛用のカメラは実験用でして、スナップ写真はそれほど見栄え良く写らないけれど、雰囲気だけでも。  ほんとうに綺麗です。 梅雨明けはもう少し先のようです。

 

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聖書「初めに言葉ありき」は、弧理論「E軸上の実体は全情報を持っている」に等しい

うまく書けるかどうかやってみます。前提が長いです。

新約聖書のヨハネの福音書「初めに言葉ありき」について、弧理論(Ark Theory)の考え方と似ているか、あるいは同じことを示しているようなので記します。

(1) 学生の頃、授業で「情報を蓄えるにはわずかばかりのエネルギーが必要」と教わった記憶があります。 それが統計力学だったか情報理論だったか覚えていないので、教科書を探しました。

(2) 統計力学(久保亮五著、共立全書p91)の「4.2孤立系のエントロピー」には

S=klogΩ(E)ΔE    ・・・・式1

がボルツマンの関係式として示されていました。

(3) 情報理論の教科書を探しましたが、見つからずネットで調べたところ、ブログ「hiroki_fの日記」さんの情報エントロピーと熱力学エントロピーというところに

情報量はlogΩになる    ・・・・式2

が示されていました。(注:式2は式ではありませんがご勘弁を。) 記憶では式1と式2は同じだったはずです。 さらに調べたらEMANの物理学のサイトに情報エントロピーがありました。(1)に関連して「二種のエントロピー」として議論されていますので引用します。

情報科学の分野にもエントロピーという用語が出てくる。  これは情報量の大きさ(情報の確かさ)を表すために導入された概念である。  そもそもは統計力学とは無関係のアイデアだったのだが、 統計力学に出てくるエントロピーの概念に似ていることに気付いて 同じ名前を採用することになった。  物理学のエントロピーと区別するために「情報エントロピー」と呼ばれることがある。

なぜそのような異分野の概念をここで説明しようとしているかというと、 最近、この「情報」というものが物理学と深い関わりを持とうとしてきているような 気がするからである。  (一部省略)  どうやら最先端の研究では、 熱力学的なエントロピーと情報のエントロピーとが同列に語られているようなのである。

実はそれ以前から、情報エントロピーと熱力学的エントロピーについて、 「それらは区別する必要のない全く同じものだ」と考える意見と、 「形式が同じというだけの全く別概念だ」と考える意見とが存在している。

式1と式2について、熱力学エントロピーと情報エントロピーは「同じものか、異なるものかという議論がある」とされています。

(4) さらにネットで調べるとデータを削除するとコンピュータが冷却できるという記事がありました。ここでも情報理論と熱力学の共通項について議論されており、

理論物理学者たちは「コンピュータ処理で熱が発生しないこともある。それどころか、一定の条件下では冷却効果が生じることさえある」という驚くべき事実を発見しました。

と記されています。この記事では、理論物理学者が計算で示したことであって、実験で確かめられたものではないようです。

(5) 同様の記事がないか調べたら、中央大と東大、情報をエネルギーに変換することに成功したようです。

(6) 上記の1~5までに示されるエネルギーとは自然科学におけるエネルギーでして、エネルギーの次元は[ML^2T^(-2)]で時間[T]を含みます。 数学者岡潔は、講演「自然科学は間違っている」「自然科学者の時間空間」において、時間が問題だと指摘しています。

自然科学者は初めに時間、空間というものがあると思っています。絵を描く時、初めに画用紙があるようなものです。そう思ってます。時間、空間とはどういうものかと少しも考えてはいない。これ、空間の方はまだ良いんですが、わかりますから。時間の方はわかりませんから。

時間というものを表わそうと思うと、人は何時も運動を使います。で、直接わかるものではない。運動は時間に比例して起こると決めてかかって、そういう時間というものがあると決めてかかって、そして、時間というものはわかると思っています。空間とは大分違う。

人は時間の中なんかに住んでやしない。時の中に住んでいる。

時には現在、過去、未来があります。各々、全く性質が違うんです。それ以外、いろいろありますが、時について一番深く考えたのは道元禅師です。

が、その時の属性のうちに、時の過去のうちには「時は過ぎ行く」という属性がある。その一つの性質を取り出して、そうして観念化したものが時間です。非常に問題になる。

岡潔は、自然科学が「運動は時間に比例して起きる」と勝手に決めてかかっていると述べています。 その結果、「運動は時間から求め、時間は運動から求めている」のですから、自然科学者は(運動/時間)の比を決定していないことになります。 振り子やクオーツ、あるいは原子時計であっても同じです。時間は「時の過去のうち」の一部を取り出して観念化したものですから、「時間」を時の今と未来に適用できるかどうかは別の話な訳です。

岡潔は、「絵を描く時、初めに画用紙がある」ような模型だと述べています。

clip_img146図1

の右図の様なものを考えます。横軸をx縦軸をyとするとき、物体が位置x1とx2を移動するとします。運動は位置xの変化ですから、本来ならば y=f(x) とするべきですが、すべての自然現象を位置で示すのは大変です。そこで時間の関数に置き換えてy=f(t)とします。何故なら「時速4kmで1時間歩くと4km進む」からです。 ただし、「運動が時間に比例して起きる」ことが前提です。その前に(運動/時間)の比を求めていたならばOKですが、自然科学者は未だ「比」を求めたことがありません。

(7) 数学者岡潔は自然科学が間違っており時間が問題だと指摘しましたが、解決策は示しませんでした。 詰まるところ、エネルギー

E=mC^2  ・・・・式3

において、光速度Cも[LT^(-1)]で、時間[T]を含みますから使えないということになります。 時間[T]を含む物理量はすべて使わずに考えることになります。

(8) 弧理論(Ark Theory)では、自然科学のように時間を別の次元軸であるというのを止めて、エネルギーこそ別の次元軸だと考えてXYZ+Eの4次元だと考えます。

20140421静止図2

XYZの3次元物理空間を横軸のM軸とし、縦軸にエネルギー軸としてE軸をとって、2次元平面で示します。 E軸は我々が存在するM軸に直交しており、E軸上に実体が存在します。この実体が持つエネルギー(時間Tを含まない真のエネルギー値)が「積分を伴う回転投影」という操作を経てM軸上に物体として質量mと位置をもって現れます。その他のすべての物性がこの投影によって現れると考えます。図2では、ある観測者に対して”静止”しているとき、実体はM軸に直角に投影されます。

20140421運動の状態図3

観測者に対して運動する物体は運動Pを持って投影されます。このときの投影角θは90度以外になり、実体の持つ真のエネルギー値は、静止時E2からE’へと減少し、その分のエネルギーが運動Pになったと考えます。

余談になりますが、弧理論においては、光の速さは閾値です。

20140421光速度図4

観測者に対して光速度の物体のE軸上の実体は、静止時のエネルギー値E2のすべてを運動Pに換えます。(注:図4の円弧が弧理論の名称の由来です。) このとき、物体の質量は静止時の投影角90度からゼロ(直交から平行に)なることで、M軸上では質量を求められなくなります。

物体を加速することで、光速度に達することは不可能ですが、弧理論では閾値である光速度より大きな速度の物体は静止しようとするとき、運動Pが無限大を経て静止しようとします。M軸に接する弧(Ark)は無限遠に消失することで投影角90度からゼロへ至ります。 言い換えると光速度より大きな運動Pを持つ物体は静止しようとするが故に加速し静止に至るということです。(注:まったく常識にありませんけれど、そういうことです。)

(9)  弧理論における基本粒子(投影角90度)の粒子は陽子、中性子、電子の3種類だけです。

20140716弧理論基本形図5

の様にE軸上の実体は、6種類あります。(実体はA、B、C、G、H、Iの6種) それ以外のいわゆる素粒子は投影角90度以外を持つ(つまり運動Pを持つ)静止時に安定しない粒子です。 弧理論による「積分を伴う回転投影」は当然のこと、整数回ですのでM軸での現象は離散的になります。90度以外で投影された物質は、素粒子であって何百種あっても実体の数である6種類に分類されます。

ここで、図2から図5について、補足します。  E軸上の実体は、図3や図4、図5に示すようにM軸上の位置を持ちません。 より正しくは

図5実体と量子もつれ図6

の右図のようにE軸上の実体を中心に考えるとM軸は曲面(曲線)になります。E軸上の実体は、投影されて初めて位置を持つのです。 量子もつれの現象は、弧理論において図6の様に説明されます。  いつも例えに使う万華鏡

.

動画1

でいえば、万華鏡に見える2つの模様A1とA2の位置の隔たりがどれほどあるかを議論する者は居ません。 見える模様が規則的に複雑であるからといって、「対称性と偶然」に原因を求めるのは間違っています。 宇宙は意外と大きくないかも知れません。

ここまでが、前提です。


(10) 上記(1)について、(3)や(4)の議論があり(5)の様に「情報」を「エネルギー」に変換できるとのことでした。 ただし、この場合のエネルギーは自然科学のエネルギーであって、時間[T]を含みますので、このままでは先へ進めないだろうと考えます。  代わりに弧理論の考え方で考察を進めていくと、「E軸上の実体が情報を持っている」と考えると合理的だと思い至りました。

つまり、E軸上の実体が「積分を伴う回転投影」されることによって3次元物理空間でのすべての物性が生じ、これら物理現象のすべての情報がE軸上にある実体にあると考える訳です。するとM軸、3次元物理空間、宇宙のすべての物質の組み合わせ

『気体、液体、固体、銀が、太陽系、恒星、惑星、鉱物、無機物、有機物、ウイルス、植物、動物、人、性別、電気磁気、農業、商業、産業、政治、経済、科学、哲学、宗教、戦争・・・・』ありとあらゆる組み合わせは、「現象の根源的情報をE軸上の実体が保有している」から可能であるということになります。

たった3種類の基本粒子から可能だということです。偶然で起きるなどということはないということです。すべての「因」はE軸上の実体にあるということです。 当然のこと、善と悪の区別もありません。(善と悪という区別も実体の情報にあります。)

(11) 新約聖書のヨハネの福音書「初めに言葉ありき」について、現代的に言えば「言葉」とは「情報」のことです。  自然科学では、例えばある病気の原因が遺伝子DNAにあると考えますけれど、弧理論では、物質である遺伝子は実体が投影された結果であって、「因」は実体にあるということです。 もっと言えば、脳の働きは結果であって因は、E軸上の実体にあり、我々の思考そのものがE軸上の実体にあると考えられます。 脳は単なる「コネクタ」に過ぎないようです。

「初めに言葉ありき」は、ほとんど弧理論の「E軸上の実体がすべての情報を持っている」に等しいと考えます。 「在りて在りたる者」とか「初めに言葉ありき」と述べた者がどこの誰かは知りませんし、管理人は彼の者が神だとは思っていません。 同様に「E軸上の実体」が神だという考えを持っていません。

結局のところ、管理人にとって聖書に記されているいくつかの言葉は、宗教の原典ではなく「ある種科学的なことが記されているのではないか」と感じられます。

 

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EMAモーター エーテルエンジン Nマシン

幾年か前にエーテルエンジン

eneginefreeen45写真1クリーンエネルギー研究所訪問記より拝借)

のコア断面 (図1省略)

図1 シールドコイル (未知のエネルギーフィールド:共振回路とフリーエネルギーp114図14、世論時報社)

エドウィン・グレイが開発したEMAモーター

IMG0043a写真2

EMAmotor corefig図2 (US Patent #3,890,548

コア断面 、あるいは別の試作機

Motor51coils写真3

のコイル

GrayCoreandWinding1写真4

GrayDismantledCore2写真5

の断面形状に似ていることについて、EMAモーターからヒントを得られたのか聴きましたところ、「そういうことはない。」と否定されました。

 

一方で、 アダムトロンブライが製作したNマシンの試験機は

nmachinetrombly図3 (こちら電脳工作室 単極誘導とNマシンの不思議、その2より拝借)

の様でして、Nマシンにおいても 似た断面形状をしています。

上記、シールドコイルに関する仮説として

コイルの巻き線に対し何らかの方法で擬似的な磁気シールド効果を持たせて、外部の磁力線の動きがコイル内の電流を切らないか、あるいはその影響を小さくすることはできないだろうか。

と記しています。(引用1)

同じく、図3のアダムトロンブライの試験機にかかるNマシンの改良の要点について、サイト管理人の辻井氏は、Nマシン(通常の単極誘導装置)と比較して

「単極誘導とNマシンの不思議、その1」の最後に揚げた図はデパルマのNマシン(原型)でしたが、電磁石が作り出す磁力線の経路を見ると、空間のリターン部分が大きなエアギャップとなっています。これでは磁気抵抗が高く、同じ出力を得るのに励磁に大きなアンペアターン数が必要になります。(もっとも・・・・省略・・・・)、アダムトロンブライはこのエアギャップを解決するために、左上図のような単極誘導発電機を考案しました。磁路のリターンにあるエアギャップを狭くしてあり、これがアンペアターン数を軽減できる効果を発揮しています。 (注:左上図とは図3のこと)

と記しています。(引用2)

引用1と引用2を比較して感じること。 磁気抵抗を小さくすることでアンペアターン数を少なくする工夫という意味では同じことを述べているように思えます。

「エーテルエンジン、EMAモーター」とNマシンは 全く異なる現象の装置だといわれるかも知れませんけれど、管理人にとっては、どちらも同じ磁気的性質を応用した装置に見えます。

エーテルエンジンとEMAモーターは電磁誘導(往復運動:圧縮膨張あるいは引力反発、交流)です。Nマシンは単極誘導(回転運動:接線方向の斥力、直流)です。

なぜこのような磁気回路を持つとバックトルクが減少するのでしょうか。異なる観点から考察を続けています。

 

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接触 : 「接する」とは何か?接点で何が起きているのか?

先般、ご紹介した中川雅仁氏(北海道教育大学 教育学部釧路校)による「単極モーターの動作原理」というpdfにおいて、中川氏は「単極誘導モーターにおける力のモーメントは(接点)において生じる」と認めておられます。管理人も基本的に同じ結果を得ていますが、ことはそう簡単ではありません。

これまで、高圧放電を用いた単極誘導モーター

homopolar motor

homopolar motor

写真1

あるいは、水銀を用いた単極誘導モーター

homopolar motor

homopolar motor

写真2 そのほか

homopolar motor

homopolar motor

写真3

の様に食酢を用いた単極誘導モーターなどの実験を行い、それぞれの力学特性を調べました。実験の動画一覧

その結果、導体円板を用いた単極誘導モーターの様に「力は接点で生じる」と簡単に片付けることができないことも理解しました。

これらのことから、管理人は物と物が「接するとは何か」「接触する点」あるいは「面」に何が起きているのか考えてきました。 やがて実験で「単極誘導は、磁石近傍に位置する電子間に相互作用を起こす遠隔的能力」であるという「考え方」に到達しました。 同時に、この考え方は「触媒」に似ていて、単極誘導の現象は、電磁気現象というよりむしろ「化学」に近い電磁気現象の範囲を越えたものだという考えに至りました。 もっといえば「弧理論の考え方からすれば、磁石の原子核近傍電子間に相互作用を生じさせる遠隔的能力」、つまりある種の原子力ではないかということです。

化学反応は、例えばionfig23

図1 (大型放射光施設Spring8:「イオン結合と共有結合」より引用)

の様に原子が殻電子の過不足により安定すべく結合することです。  同時に安定な物質どうしの接触とは、図1右のような結合は起きないけれど、電磁気的な起因により「摩擦」などの現象が生じると考えられます。(この説明は、ネット上にあった記憶があります。) マクロにおける物体の力学的作用と反作用は、ミクロでは、「物体を構成する原子どうしが、電磁気的な力のやりとりをしている結果である、ということです。

上記の考え方を、写真1~写真3に適用するならば、磁石が持つ遠隔的能力によって、電極である銅板接する電解液や液体である水銀の分子・原子のみならず、電極に触れない水銀間に相互作用を生じ、その反作用は水銀間を伝搬して、最終的には電極に達するのではないかと考えました。 そのように考えなければ

.

動画1

の実験において、固定された(+)外電極に対して、吊された銅円板が放電によって反作用を受けるということ、あるいは

.

動画2

homopolar motor

homopolar motor

写真4

の様に、内外両方の電極を固定すれば放電が回転するということの理由がつきません。 理解しにくいことですが、物体同士が接するとか電子同士が力をやりとりするということは、そういうことだと思います。


 

さて、

ad04図2

スカウトシップは、底部に三重反転機構を持っていて、恐らく

.

動画3

単極誘導モーターの一種だろうと推測します。

動画3で、最外周の水銀の回転が極端に遅いのは、磁石から遠いからではなく、内側2つの反転による反作用が打ち消し合っているからだと考えられます。この点については、もう少し深い事情がありそうです。 といいますのも1960年代にバシル・バン・デン・バーグが残した資料

CIMG1773写真5

によりますと、写真は不鮮明ですけれど最外周のリングとフランジについて、断面図を示して次のように説明しています。

上『エンジンとそれと同一の推進原理が スカウトシップに使用される。 』

左『ゼリー状物質はプラスチック・ガラス材料に対して回転し摩擦する、そして静電気を発生させる原因となる。』

右『回転するゼリーは大きな圧力を発生させる遠心力のために濃縮され、そしてフランジに対して静電気力を増加させながら広い範囲に広がる。』

左下『他のパワー要素と結合された静電気は、宇宙船の推進を完全にする。』

Adamski Network  SCOUT SHIP No.4 1994.12.5 p9より引用

これだけからは、何もわかりませんけれど、スカウトシップに用いられる機構は「化学的」あるいは「古典力学的」な何かであるとの印象を受けます。 写真4の黒い部分はバーグが残した

bergsmotor写真6

のモーターで、単極誘導モーターの部品だと考えられます。 荒唐無稽な話と思われるかも知れませんけれど、回転モーメントを直に生じる現象は単極誘導が唯一のようです。例え現象が微弱でも宇宙の根幹にかかわる現象であるらしいならば、非常に重要であるはずです。

時間はかかりますが、少しずつ理解できるようです。

 

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食塩水による二重反転型の単極誘導モーター

調べ物をしていましたところ、色を付けた食塩水を用いた二重反転型の単極誘導モーターを実験されている方がおられましたのでメモします。 サイト管理人の中島氏は当方の実験動画に何度かコメントをくださった方です。

ファラデーの単極モーター のページの中程です。

vlcsnap-2015-06-13-17h25m49s746写真1

2014年10月にされた実験のようです。リング状ネオジム磁石の中央に置いた金属球を(+)電極にされています。磁石の外側の丸い金属は電解液の仕切りです。(-)電極はさらに外側に設けられています。電流は0.6Aほどのようで、管理人が食酢を用いた場合の電流とほぼ同値ですので、電圧の記載はありませんけれど、たぶん30V程度かと思われます。

食酢で二重反転や三重反転の確認はムリだと勝手に思い込んでいました。 この時点で、反作用をどの部分が受けているかは確かめておられないようです。

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”電磁誘導” と ”単極誘導” は異なる現象である。 (より高い対称性について)

前回の記事の追記についてです。過去記事の再掲を含みます。
2013年7月に行った実験をまとめた

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動画1 単極誘導モーター実験4-2

の装置は

CIMG0338写真1

で示す銅線と銅板の小片で作った接点を持つ装置で、アルニコ磁石がアクリル台の上を磁極の方向へスライドするものです。 電位がかかった銅片との接触により細い銅線は、接点に生じる力に比例して弾かれます。弾かれる大きさは

vlcsnap-2014-10-02-10h02m13s141写真2

に示す、目盛りで数値化します。  実験は

CIMG0192写真3

S極とN極の両磁極の位置(ア)(ウ)及び

CIMG0195写真4

磁石中央部(イ)の3カ所を含む9カ所で測定しました。 その結果得られたのが

図03実験4グラフグラフ1

です。(ア)(イ)(ウ)の3カ所の位置付近でピークを持ちます。動画1での3カ所において、銅線の弾かれる様子には次の特徴があります。

  1.  磁極付近(ア)と(ウ)において、弾かれるときに銅線が”たわむ”。
  2.  磁石中央部(イ)において、銅線が弾かれるときに、直線的に弾かれる様子がある。(たわみが少ない)
  3.  (イ)において、弾かれる際、接点に火花放電が生じないときに限って、大きく弾かれる
  4.  逆に(ア)及び(ウ)において、銅線が弾かれる大きさは火花放電の有無に関係ない。

電磁誘導の応用であるLC回路において、力は経路であるコイルに生じますから、(ア)と(ウ)のとき接点に銅線が触れて電流が流れた瞬間、銅線全体に力が生じて弾かれます。そのため、銅線がたわむと考えられます。このとき、銅線に生じる力の反作用は(磁場を介して)アルニコ磁石が受けています。

単極誘導モーターとして機能する(イ)では、銅線が接点に触れて電流が流れた瞬間、接点のみに力が生じ、銅線のたわみが少ないのではないでしょうか。このとき、銅線の接点に生じる力の反作用は、接点を構成する銅片が受けています

3.について、エーテルエンジンの装置で報告されている現象に似ています。

 「コイルから機械的エネルギーを引きだした時の方が、機械出力がゼロの場合よりもコンデンサーの逆充電電圧が上昇するのである。   一部省略   さら に奇妙なことに、この逆転現象が起こる時に限って、スイッチSの接点で生じる火花放電の音が異様に低い音となる。」    (共振回路とフリーエネルギー 井出治:未知のエネルギーフィールドp109:世論時報社刊より引用)

逆に(ア)と(ウ)の位置においては、銅線が弾かれる大きさは、放電の有無に関係ないように見受けられます。

単極誘導の現象にかかる特徴は、他にもありますけれど、管理人の結論として、電磁誘導と単極誘導は、異なる現象だと思います。磁場により一括で説明するにはムリがありすぎます。 上記の特徴は、観察者により印象が異なるでしょうから、説得力に欠ける面はあります。

先日、ご紹介した中川雅仁氏(北海道教育大学 教育学部釧路校)の論文、「単極モーターの動作原理pdf 物理教育 第55巻第2号(2007年)のp141~p144に掲載 において

単極モーターの反作用は磁石に働くとい う誤解を解き,その上に立っ た解釈 を与えた。すなわち,磁石(と流れる電流)の磁場によ り単極モーターの金属板部分に回転軸まわりの力のモーメ ントが働き,それによって回転するが,磁石には,金属板や導線に流れる電流からの力のモーメ ントは働かない 。導線部分には金属板部分に働く回転軸まわりの力のモーメ ントと,大きさは同じで向きが反対の回転軸まわりの力のモーメ ントが働く。

とされています。 理論展開や計算はさておき、単極誘導モーターの現象が接点に生じ、磁石は力学的に無関係にあるということを論文で認めていることで、管理人が2年ほどかけて確認したことに自信を持つことができました。 管理人が実験で確認したことを、中川氏は2007年の時点でご理解だったとしても、より以上の知見を実験で得たことに満足しています。

 


 

さて、多くの教科書や参考書は、単極誘導あるいは単極誘導モーターについて、苦労を重ねつつ磁場(磁界あるいは磁束密度)により説明されてきました。 そこではどうしても、磁場は空間に固定されているのか、それとも磁石にくっついて一緒に運動しているのかが問題になります。  しかし、実験を行った管理人としては、単極誘導は、磁場は関係ないという結論になりました。 それよりずっと前から、電磁気現象は、一つの実体から起きて、より高い対称性を有するものと感じていました。 何年か前、これを記述しようと試みたことがありますが、うまくいかず昨年6月に「弧の力場仮説の提唱」という論文にまとめました。しかし、これも十分でないことは明白です。(注:単極誘導の原因は”力場”ですらありません。この仮説は別のものに置き換えることを考えています。)

そこで、これまでの知見を簡単に

単極誘導と電磁誘導図1

にまとめました。解説を加えて書き出しますと、

磁石は双極単極の性質を持ち。双極は、

  1. 双極は、電磁誘導である。(電磁誘導の説明は省略)
  2. 力の働き方は、吸引と反発であって往復の運動になる。
  3. 往復運動であるから、交流になる。
  4. 働く力は、磁石の原子にあるペアを作らない殻電子と近傍電子との相互作用である。
  5. 電磁誘導は両極間に生じる。
  6. 場は力場であって、トーラスである。力線は閉じており、孤立系を作る。

単極は、単極誘導であり

  1.  回転運動であり、接線方向への斥力の一種である。
  2. 力の働き方は、斥力であり運動が回転であるから、回転方向にかかわらず直流になる。
  3. 働く力は、磁石近傍の電子間に働く相互作用である。
  4. 従って、磁石は力学的に3.の相互作用と無関係にある。
  5. 磁石は3.の相互作用を起こす遠隔的能力であり、触媒の現象に似ている
  6. 力場ではなく、形状は発散トーラスである。場の形状は無限遠に消失する開放系である。当然ポテンシャルではない。

単極の説明5.と6.は弧理論による仮説です。

clip_img166図2

双極の説明6.のトーラスは図2の左で、単極の説明6.の発散トーラスは図2の右です。

電磁誘導の4.は

電磁誘導の原子モデル図3

の様に磁石を構成する原子にある殻電子の内、磁性の元であるペアを作らない電子と導体内にある移動することができる電子との相互作用になります。磁場が介在します。

それに対して、弧理論による単極誘導のモデルは

単極誘導の原子モデル図4

の様に、磁石を構成する原子核が持つ「遠隔的能力」であって、近傍の移動することができる電子間に相互作用を誘起する能力です。この能力の分布は、図2の右側、レンズ状の発散トーラスです。大事なのは、この弧の場(Ark field)が、空間に固定されているのかどうかを気にする必要はないということです。

この発散トーラスは、赤道の半径を無限大にした形状をしており、開放系です。今はまだ詳しいことはわかりませんけれど、「超効率インバーター”デゴイチ”」に基づく第3起電力仮説を弧理論により説明した第3起電力のエネルギー源についての考察により見いだしたものです。 この場は、ポテンシャルではありません。原子核が近傍の電子間に相互作用を誘起する能力の分布です。この発散トーラスがなぜ「超効率」を生じるのか、装置に反作用を生じさせないのか、今はまだ謎です。 インバーターはLC回路を用いたトランスであって「電磁誘導」の応用ですけれど、弧理論による仮説によれば、超効率インバーター”デゴイチ” も単極誘導も同一の原理に基づく異なる現象であると理解します。 LC回路にてフリーエネルギーを実現するには急峻なパルス(躍度:加速度の時間変化)をトランスに印加するという特殊な技術が必要になりますけれど、単極誘導はパルスは必要ないと踏んでいます。時間にかかる次数が一つ低いからです。

二重反転、三重反転、反作用をどの部分が受けているかなど、疑問は幾つもあります。 どうも触媒に近い、かなり遠隔的な能力(反応?)は、いろんな場面で知らずの内に大きな影響を及ぼしているように思えてきました。 平たく言えばこの遠隔的能力は、エーテルです。 このエーテルが装置に火花の放電の有無にどう関係しているのか興味深いです。

こうやって、これまでを俯瞰すると図1に、より高い対称性があると感じていただけますでしょうか。

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