時間を含まない真のエネルギー

(エネルギー[ML^2T^(-2)]との違いについて)


1. まえがき


これまで、数学者岡潔の言葉「自然科学は間違っている」を参考に自然科学は「近似」であろうと考察した。結論として自然科学において用いている「時間」が問題であることを理解した。(01.時間とは何か)(02.五感でわかるもの) 基本物理量である「時間」を用いることが出来ないならば、最も関心の深いエネルギーとは何であるか、どう定義すればよいのかを、ある科学者の言葉から考察する。

なお、本論は、拙ブログに記した「エネルギーとは何なのか」に関する複数の考察をまとめたものである。



2. エネルギーの定義


物理学において定義されるエネルギーの次元は、

  [ML2T-2]

である。Mは質量、Lは長さ、Tは時間であるから、T-2は「毎秒毎秒」という加速度という意味である。 観測者から見て、ある物体(質量m)の速度(位置の時間変化)の時間変化をいう。 静止あるいは等速直線運動においては、定義されるエネルギーは存在しない。 一言で言えば、エネルギーとは、物体の運動を時間を使って表していることになる。




3. 時間を用いることができないならばどうすればよいのか?


ある科学者は、エネルギーの本質について、次のように述べているので一部引用する。

               *
君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーの簡単な同一性をまだ充分に把握していない点にある。  地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授は、ずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的にあらわした数式を発表した。  この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。  つまり物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなると言ってるが、実際は物質もエネルギーも一つの実体の異なる面にすぎないのだ。

               *    (下線、強調は引用者による)

物質とエネルギーの同一性をあらわした数式とは、アインシュタインの特殊相対性理論による式

E=mc    式1

である。ここで、Eは上記のエネルギー、mは質量、cは光速度である。 光速度cの次元は、[LT-1]であるから、式の両辺に時間[T]が入っている。 ある科学者は「数学的には正しいが誤りである」と指摘している。 この点について、数式で示される物理現象として正しいのか?かなり悩んだ。 筆者の結論としては、誤りである。 ある科学者の説明によれば、物質の速度が光速度に達した場合、質量はゼロまたは不定となるからである。
物質→エネルギー  また  エネルギー→物質 というが、本当は一つの実体の2つの側面に過ぎないと述べている。
つまり、  実体 →エネルギー   実体 →物質 ということであり、実体はエネルギーと物質(質量)の双方に振り分けられると述べている。

ある科学者の言葉を続けて引用する。

               *
二つの次元をもつ幾何的な平面を考えてみたまえ。この面があなたの視線に対して直角をなすとき、君はそれを平面と感じる。これはその実体の物質面をあらわす。つぎに君がその面を90度ほど回転させると、その面はあなたの視界から消えて一次元のみとなる。これはその実体のエネルギー面だ。君はその面を取り替えたわけではない。ただ観点を変えただけだ。技術的に言えば関係位置を変えたのだ。一定の物体に含まれていると思われるエネルギー量は、一定の観測者にとって質量エネルギー軸を中心にそれがどれぐらい回転したかにかかっているのだ。別な関係位置から同じ物体を見ている別な観測者は、全く異なる量のエネルギーを見るだろう。
               *    (下線、強調は引用者による)


             
図1

二次元平面を我々の存在する3次元物理空間と考える。(これをM面あるいはM軸と呼ぶ) M面を(1)の上から見るとき、実体の質量を見ていることになる。 視点を(2)の横に移したとき、M面と実体との隔たりを見る。ことのき実体がM面に投影された質量は見えなくなる。なぜならM面は一次元となるからである。 丁度、映画のスクリーンを舞台袖から眺めるのと同じである。
実際には、我々はM面から離れていない。だから「一定の物体に含まれていると思われるエネルギー量は、一定の観測者にとって質量エネルギー軸を中心にどれくらい回転したかにかかっている。」 
これを図示すると

   
図2

の様になる。 M面のみを見ている我々は、静止した物体の質量のみを見ている。物体が観測者に対して運動するとき質量エネルギー軸を中心に回転する。 そして回転することによりM面に投影された線分(図2における太い破線)が運動にあたる。この太い破線が前項で示した物理学で定義されたエネルギー[ML2T-2]に相当する。

ここである科学者は、「エネルギー」という言葉の定義を途中から切り替えていることに注意が必要である。赤い太字で示したエネルギーは、実体とM面との隔たりをいい、その他の「エネルギー」は、物理学で定義されたエネルギー、即ち時間[T]を含むエネルギーのことである。




4. 真のエネルギーの定義

ある科学者の説明に従えば、エネルギー軸上の実体とM面との隔たりを「時間を含まない真のエネルギー{図1の(2)による視点}」と定義できる。
そして
                  
図3

の様に、M軸に投影された線分である運動P物理学で定義される時間を含むエネルギーに相当するといえる。 ここで
、ある観測者に対して静止する物体に対応する実体が持つ真のエネルギーをE2とすると、投影角θを介して
(E2-E’)∝ であり (E2-E’)とmは反比例する関係を持っている。
観測者に対して静止時(θ=0)は、実体の持つ真のエネルギーがM軸に投影されることによって質量mを持つ物体となる。物体が運動にあるとき、実体の真のエネルギーは(E2-E’)だけ減少するというこである。投影角θがゼロのとき質量はM軸(M面)からは見えなくなる。(ゼロまたは不定) よって、「式1は数学的には正しいが物理現象を正しく説明していない」ということになる。




4. まとめ

物理学で定義された時間を含むエネルギーと真のエネルギーに関する考察を筆者は、「弧理論(Ark Theory)の考え方の基本」と呼んでいる。
弧理論の考え方(E-M軸平面)において、「投影角θがゼロのとき、質量mを観測(決定)できない」という仕組みは、深い意味を持つ。 即ち「光速度がθ=0」に対応しているとするならば、物体の質量mが不定であるというのは、量子理論の基礎である「物質は粒子であり波である」に対応していると同義であろうと推測できるからである。また、不確定性原理とも関係すると見てよいだろう。100年以上前に議論された問題を容易に理解できるモデルとして採用するにたる理由があると信じる。
ここでは割愛するが、E-M軸平面での投影は、弧理論の考え方において、「積分を伴う回転投影」であると定義している。この仕組みにより、E軸→M軸へ、M軸→E軸の実体へという複数回の投影が起きると想定している。このように定義することによってM軸平面内において、物質の最小単位は、離散値をとることが可能である。同時に投影角θが90度の静止時に安定な粒子(原子を構成する陽子・中性子・電子)以外の全ての素粒子の存在が可能となる。弧理論の考え方は、このようなことを説明可能な機構を持っていると考える。 もちろんのこと、本論が未だ不十分であることは認識している。
物理学は対称性を重んじる。しかしながら対称性を追求して複雑に至るより、遙かに簡単な機構で説明できるはずと確信している。
例えていえば
              
万華鏡の様に。



 

 

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                                                       2016/06/24 修正
                                                      2016/01/09 掲載

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