時間 とは、E-M軸からの投影の角度の表れである

この 時間 に関する記事には、かなりな前提があります。


数学者の岡潔は 時間 について、おおむね次のように述べています。

  1.  時間 という計量的なものはない。
  2. (自然科学者は)運動に比例して起きると勝手に決めてかかって、そういう時間はあると思って、時間はわかると思っている。
  3. 時には現在と過去がある。
  4. 現在は次の現在に置き換わり過去となる。次々と過去に置き換わり、そういう意味では未来はない。
  5. 時は過ぎゆくという属性があり、その性質を観念化したのが時間である。

これらをまとめると次になります。ただし、以下は岡潔による時間に関する以外の言葉も含んで考察したものです。

  • 時間は太陽が地上にさす光の角度から作る。
  • あるいは、物質の運動、例えばセシウム原子の振動を数えることにより時間を作る。
  • 角度は量ではない。
  • 従って時間は量ではない。
  • だから、時間は10進数による12の倍数。
  • 時間は数で表される”知”であるから「情・知・意」のうち、知識と意識に属する。
  • 時間は時の現在を含まない。
  • 従って、時報は過ぎてからしか知り得ない。
  • つまり、時間は意識を通し、言葉で言えるから第1の心の表れである。

そのほかに岡潔は山崎弁栄上人の言葉を引用し、自然が映像であることを認めています。

  • 自然は心があるために映写される映像に過ぎない。
  • (自然科学は)無から有はなく、有は無へ帰さないという前提でやってきた。
  • ここへきてこの前提を見直す時期にはいってきた。少なくとも幾つかの素粒子は映像と言ってよい

しかしながら、岡潔は「自然は映像」と認めながら、映像の仕組みまで考えていなかったようです。


 

自然が別の次元軸からの投影による映像だということを指摘した科学者がいます。

アインシュタインの特殊相対性理論について、ある科学者が次のように述べています。

君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない

数式とはE=mcのことです。この数式の説明に”映像”という言葉は使っていませんけれども、映像の仕組みについて次のように述べています。 続きを読む

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新型コロナ ウイルス感染症(COVID-19)による世界のイスラム化について

2019年末、中国の武漢に発する 新型コロナ (COVID-19)の感染拡大として、2020年から2021年の秋まで、世界中で様々な影響が及んでいます。

写真1 緊急事態宣言延長 9月30日の解除目指す 政府

写真2 新型コロナウイルス感染拡大の中、新宿駅に向かうマスク姿のサラリーマンら=東京都新宿区

新型コロナの情報に関しては、いろいろ感じるところはあるのですが、さておいて。

どうも世界は新型コロナを契機として、イスラム化しているように思えて仕方がありません。

写真3 2007年8月12日、インドネシアのジャカルタ(Jakarta)で、イスラム過激派組織ヒズブ・タフリール(Hizbut Tahrir)が開いた集会に参加する女性たち。(c)AFP/Bay ISMOYO

 

何も世界中の人々にイスラムの戒律を守れと強制しているわけではありません。マスクで顔の殆どを隠して通勤する人々の姿がイスラム教徒の女性達の姿に重なって見えるのです。 続きを読む

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場の 量子論 と如来

「場の 量子論」 と仏教の如来。一見、無関係な言葉ですが、しっかり結びついています。

”について、wikiによると以下です。

物理学で言うとは、場(ば、英: field、工学分野では電界・磁界など界とも)とは、物理量を持つものの存在が、その近傍・周囲に連続的に影響を与えること、あるいはその影響を受けている状態にある空間のこと。

つまり、場とは空間の部分であるということです。(実のところ、”近傍・周囲に連続的に影響を与える”というのには疑問があります。→これまでの考察によれば近接作用はあり得ません。サイト内を”近接作用”で検索ください。)

次に量子についてです。文科省の”量子ってなあに?”からです。

量子とは、粒子と波の性質をあわせ持った、とても小さな物質やエネルギーの単位のことです。物質を形作っている原子そのものや、原子を形作っているさらに小さな電子・中性子・陽子といったものが代表選手です。光を粒子としてみたときの光子やニュートリノやクォーク、ミュオンなどといった素粒子も量子に含まれます。
 量子の世界は、原子や分子といったナノサイズ(1メートルの10億分の1)あるいはそれよりも小さな世界です。このような極めて小さな世界では、私たちの身の回りにある物理法則(ニュートン力学や電磁気学)は通用せず、「量子力学」というとても不思議な法則に従っています。

物質とエネルギーは等価だとされていますから、量子とは粒子と波の性質を併せ持ったエネルギーの単位であるということです。

2つの言葉を合わせて考えると「量子とは、空間の部分における粒子であり、かつ波であるエネルギーの単位」ということになります。


注)しかし、一部間違いがあります。E=mcについて、物質mはエネルギーEに転換するし逆にもなるというが、本当は別の次元軸上(真のエネルギー値と呼ぶ。)にある一つの実体の異なる面に過ぎません。時間は量ではありませんので、Eを時間[T]を含まない運動としますと、

「物質mは運動に転換するし逆にもなるというが、本当は真のエネルギー値を持つ一つの実体の異なる面に過ぎない」のです。

言い換えると、物質mと運動はサイコロの面の様なものです。

写真1 
サイコロを上から眺めると、1が見えます。2が出たとすると1は見えません。だからといって、1が2に転換したわけではなくて、1が見えなくなっただけです。

図にすると次になります。 続きを読む

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真の 科学 は「ヒトに心が2つある」ところから始まる

科学 ブログでありながら、なぜ心の仕組みと働きについて探求するのかについて説明します。 現在の自然 科学 には私わたくしというものが含まれていません。貴方も含まれていません。

ビッグバン宇宙論の説明に使われる次図で感じることがあります。

図1

加速度的に膨張する宇宙を表す際に使われる図ですが、視点が宇宙の外にあります。これではダメです。いわゆる神の視点に立った図ですから、どこか傲慢になっています。

描くならば、外のない内であることを示すようにする必要があります。外のない内ならば、私も貴方も含まれます。言い換えると、 科学 にヒトの心の仕組みと働きを組み込んでいる必要があると言うことです。

 

で、科学に心を含んでいるためには、”ヒトには心が2つある”とわかることが最低条件になると考えます。

私も貴方も含む科学です。この条件を満たす科学を見いだすために、ヒトの心の仕組みと働きについて考察を続けてきたのです。

そして、不思議なことに日月神示(ひふみ神示)が参考になったりします。因みに日月神示は、ヲシテ文献にあるフトマニの流れを汲みます。

ヲシテ文献において、ヒトとは、数を数える「・フ・ミ・ヨ・イ・ム・ナナ・ヤ・ココ・」のヒ・トですから、「ヒトとは段階的に成長する存在」ということになります。だから、日月神示において、一二三(ひふみ)、三四五(みよいず)、五六七(みろく)』と表現されるのです。

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2021年9月18日(土) 弧理論 研究会の開催 参加者募集について

8月に予定していた 弧理論 研究会は、新型コロナの影響を考慮し中止しました。つきましては改めて次の通り「 弧理論 研究会」を開催します。

前回、予定していた内容に加えて弧理論によるフリーエネルギーの概念模型を示します。ご興味のある方で参加をご希望の方は下記宛てご連絡ください。

日時 令和3年(2021年)9月18日(土) 13時00分~17時
場所 滋賀県立文化産業交流会館
〒521-0016 米原市下多良二丁目137 TEL 0749-52-5111
第3会議室
催物名 弧理論研究会
アクセス  JR米原駅 西口徒歩10分くらい

アクセスマップ
研究テーマ

  1. 研究の発端・・・・(弧理論→着想から第3起電力の説明~発散トーラス~楕円磁場~惑星間航行の原理)
  2. 歪められた電磁気学の発達・・・・加速度を区別できないが種類がある。遠心力による加速度と重力加速度が加減できるのはなぜか?
  3. 解釈を誤った相対性理論(運動物体の電気力学)・・・・自然科学の体系が「量ではない時間による循環」となった原因は相対性理論にある
  4. 説明に無理がある量子力学・・・・離散的に現れる粒子であり波でもあるという観測の結果を確率波(波動関数)として表したことは間違いだった(物質と波は一つの実体の異なる面に過ぎない。近接作用はあり得ない。10-50mは接しているか)
  5. 弧理論の原子模型に基づくフリーエネルギーの原理模型の展示、解説

自然科学の現在の状況(物理学における2つのテーマが100年以上統一できない現状)の原因を歴史を振り返りながら考察し、より深い理解を目指します。テーマの内、どれか一つでも興味をお持ちならば、ぜひご参加ください。

 

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単極誘導 は中性子との相互作用かも知れない

マイケル・ファラデーが発見した 単極誘導 の現象について、以前から「単極誘導は原子力の一種かも知れない」と書いてきました。

 

最近、弧理論の原子模型に基づくフリーエネルギーの原理を示す模型を製作中なのですが、原子模型でこのようなアイディアを実現するには、 単極誘導 の現象が原子核の内の中性子との相互作用であればあり得るようにも思えました。

詳しいことはまだわかりませんけれども、どうも物質(陽子・中性子・電子)は互いに寄り合う三つ巴の構造をしているようです。(確信はありませんが。)

図1

原子の構造が明らかになったのは20世紀に入ってからです。

図2 電磁気学の内、単極誘導だけが別枠か?

 

歴史的に見て、金融資本家たちは、単極誘導の現象はなかったことにしたかったようです。 まったく異なる原理で区別できない起電力を生じる現象が複数あることをできるだけ隠したかったようです。

例えば、0.5Vの電圧は、電磁誘導によるか、単極誘導によるか、あるいはその両方を加算した物か、はたまた、2つを減算した結果の電圧なのか区別はつきません。管理人は、この問題は現在も謎のままと認識しています。(どなたかご存じでしたらご教示ください。)

何故このようなことが起きるのかについて。 続きを読む

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10進法 の起源と12進法「我々の祖先は君たちと同様に最初に計算法を学んだ時に十本の指を使った」

数はどのように生まれたのかについて、面白い動画がありましたのでメモします。

動画1 10進法が生まれた究極の原因は「石川啄木」【数の発明2】#47

動画2 数と言葉はどちらも「身体ハック」から生まれた【数の発明3】#48

動画では 10進法 が生まれた経緯を推測しています。面白いことに、当サイトで探求している12進法について言及しています。

 

いつも引用するある科学者の言葉は研究の発端の一部になっています。次にご紹介します。

我々のさんすうはいくつかの重要な関係で君たちのものと違っているからなんだ。我々の祖先は君たちと同様に最初に計算法を学んだときに十本の指を使ったんだ。

我々が君たちがやっているのと同じ十進法を基礎とした計算システムを開発したのはおきまりの結果だった。長い習慣から、その後数世代の間このシステムが使用され続けたが、十二進法を基礎としたシステムがもっとかんたんで有用で、本質的により可分性あるとわかったんだ。知ってのとおり、十二は、二、三、四、六で割り切れるが十は二と五でしか割れないんだ。

ある科学者の祖先も最初は10本の指を使って数を数えたことから 10進法 の計算システムに至ったということです。これは、動画1と2で解説されていることと同じです。

しかし、その次が異なります。「十二進法を基礎としたシステムがもっとかんたんで有用で、本質的により可分性ある」としています。その理由として素数について述べていることです。ある科学者は素数とは言わないながらも12進法によるシステムの方がより少ない素数で、有用でより可分性があると述べています。 続きを読む

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不確定性原理の解釈「ΔxとΔp_は一つの実体の異なる面か?」

最近、 不確定性原理 について考えることが多いです。 不確定性原理 に思い至る切っ掛けは、ある科学者の言葉からです。

君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギー※1の同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギー※1に転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギー※1も一つの実体の異なる側面に過ぎない

二つの次元を持つ幾何的な平面を考えてみたまえ。この面が君の視線に対して直角をなすとき、君はそれを平面と感じる。これはその実体の物質面をあらわす。次に君がその面を九十度ほど回転させると、その面は君の視界から消えて一次元のみとなる。これはその実体のエネルギー※2面だ。君はその面をとり変えたわけではない。ただ観点を変えただけだ。技術的に言えば関係位置を変えたのだ。一定の物体に含まれていると思われるエネルギー※2の量は、一定の観測者にとって質量エネルギー※2軸を中心にそれがどれくらい回転したかにかかっているのだ。別な関係位置から同じ物体を見ている別な観測者は、まったく異なる量のエネルギー※1を見るだろう。

彼のこの言葉は、2010年に研究を始めてからずっと考え続けてきたテーマです。ここでエネルギーという言葉は、2つの意味で使われています。※1は、物理学で言うエネルギー[ML2T-2]で時間を含んでいます。※2でのエネルギーは別の次元軸上にあるという実体が持つエネルギーのことで、これを真のエネルギー(E)と呼んでいます。

時間は量ではありませんので、※1のエネルギーを時間を含まない運動と名付けています。下線部分を言い換えると次になります。 続きを読む

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岡潔 の伝えたかった「創造」

とても興味深い動画がありましたので、メモします。

動画1 小林秀雄入門!文系の天才と理系の天才による歴史的対談!二人が語る人生の極意とは?【人間の建設】【小林秀雄】【 岡潔 】【スケザネ図書館】【書庫】

G・アダムスキーが「弛緩と関心」と呼んだことと同じ事を、 岡潔 は次のように述べています。

【4】 禅の非思量より。

わからないものに、まだわかってないものに、関心を集め続ける。

 『Xに関心を集めつづける』

 そうすると『Xの内容が段々明らかになって来る』。Xと云うのは、わからないけれども心の中の1つの地点です。「あれっ」て云う。そこに関心を集め続けるということは、これは『妙観察智』の働きとされている。そうすると内容がだんだんわかって来る。これも妙観察智の働き。

 このあとの方の働きを指して弁栄上人は、この智力は『内容を啓示』する働きがあると云ってる。

【27】 西洋人の創造の解説27より。

「精神集中をつづけていると、いつしか努力感を感じない精神統一になっている」

【5】 情的にわかる、知的にわかるより。

これが創造の形式ですね。数学における『創造』の形式。-略-

が、全然わからんものだったら、それを捜し求めると云うより、関心をXに集めると云った方がよいでしょう。わからんものに関心を集めるということはナンセンスです。出来やしません。これはね、そういうものと云う時には『情的にわかってる』。発見されると云うのは、それが『知的にわかる』。

 だから情的にわかると云うのは、普通わかるというのは知的にわかると云う意味ですが、その基礎に、情的にわかると云うことがある。わからなくてわかる、わかってわからない。わかつてわからないと云うのは、わからなくてわかる。しかしそれを言葉に云うこともなにも出来ないから、わかってわからない。そういうわかり方をする。そういうわかり方を人がするから創造ということが有り得る。これが情というもの、あるいはその情を心と云ってもよろしい。

文字の強調は管理人による。

岡潔の一連の講演をまとめると、次のようになります。 続きを読む

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岡潔 の言葉 「(第1の)心は物質的自然界の全部を覆うている。しかし、それより外へは決して出てない。」

岡潔 による次の言葉は一見したところ、矛盾しているように見受けられます。 岡潔 講演録での言葉、【1】2つの心より。

人には、ここから何時も言わなきゃ仕方ない、心が2つある。心理学が対象としている心を第1の心ということにしますと、この心は前頭葉に宿っている。それから、この心はわたくしというものを入れなければ金輪際動かん心です。その代り、一旦、私というものを入れたら、「私は悲しい、私は嬉しい、私は愛する、私は憎む、私は意欲する」と、丸で笑いカワセミのようにうるさい。

 それから、この心のわかり方は意識を通さなければ決してわからない。それから、ここまで来ればもう心理学は知らないんだけど、この心は物質的自然界の全部を覆うている。しかし、それより外へは決して出てない。物質的自然界というのは、自然科学者が研究の対象としている自然です。

「この心は物質的自然界の全部を覆うている。しかし、それより外へは決して出てない。」という言葉について、山崎弁栄記念館のサイトから「外のない内」と同義だとわかりました。

言葉は互いに規定し合うことにより成り立つ循環・ネットワークです。例えば次図がそうです。

図1 わからないXに関心を集め続ける→Xを既知の言葉で言い表すことで発見がなされる。

第1の心の特性は言葉で言い表せるということです。

言葉で言い表すとは、図1の様であって全部を覆っていますが、そこから一切出ていません。数学を含む如何なる言語も同じです。最近では唯識論にも繰り返しが表れるとのお話しを聞きました。ですから、如何なる理論も「全部を覆っていますが、そこから一切出てない」のです。如何なる理論も基本は複雑な構造を持つ繰り返しに過ぎません。その行き着く先は抽象です。

 

「五感でわからないものはないとしか思えない」というのが唯物主義です。【3】西洋の唯物主義が参考になります。 しかし、人には心が2つあります。それが言葉でわかっている以外の「わかる」です。

で、2つの心が何処にあるかが問題です。

これまでの脳とAI(人工知能)の比較から、2つの心は脳の構造の内にはないことがわかっています。(脳は処理系であるとともにプラグ、もしくはターミナルであるようです。過去記事を参照ください。)すると第1の心の特性である「言葉でわかり、かつ生命維持の欲求がある(注↓)」ととともに第2の心を満たすには、別の次元軸の存在を想定する以外に矛盾を解消する方法はないと考えます。

つまり、2つの心は別の次元軸上にあり、自然(宇宙:空間)は2つの心があるために映写される映像であるということです。サイト内を”人工知能”で検索ください。関連記事が出ます。

別の次元軸上にある2つの心が映写されることにより自然ができあがっていると仮定するならば、岡潔の言葉「(第1の心は)物質的自然界の全部を覆うている。しかし、それより外へは決して出てない。(かつ、第2の心が在る。)」を満たします。

2つ心について、別の次元軸の存在を仮定するならば、矛盾しないと考えます。

(注)生命維持の欲求 =岡潔の言葉『私は悲しい、私は嬉しい、私は愛する、私は憎む、私は意欲する」と、丸で笑いカワセミのようにうるさい。』 ヲシテ文献で言うところのタマ+シヰのシヰです。シヰ欲し欲しいのシヰです。強いるのシヰです。

 

角度から作った時間は量ではない。なぜなら角度は量ではないから。

 

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