DESTINY 鎌倉ものがたり 黄泉の国からの帰りは「同軸二重反転する壺」に乗って

12月9日公開の映画「DESTINY鎌倉ものがたり」を観ました。なかなか面白かったのでメモします。

図1 出典:シネマトディより

原作は漫画作品のようです。 あらすじはこちらにあります。面白かったです。

興味を惹いたのは主人公であるミステリー作家の一色正和(堺雅人)が愛妻・亜紀子(高畑充希)を「黄泉の国」から連れ帰るシーン。movie trailerにも(瞬間)出てきます。


動画1

黄泉の国へは、江ノ電で行きます。

写真1 動画1よりのスクリーンショット 以下同じ

写真2

帰りは奇妙な乗物に乗って帰ってきます。 字幕が邪魔でちょっとわかりにくい。

写真3

一色正和と愛妻・亜紀子が灰色の壺のような乗物に乗っています。

写真4

もう一つ

写真5

静止画ではわかりにくいですけど、二人は壺?の中に立っています。 壺は、灰色をした極太の蔓のようなもので作られた3重の構造をしています。 丁度、遊園地にあるコーヒーカップのようです。大きさの異なるコーヒーカップを3段に重ねたような姿です。  へたくそながら略図です。

図2

中央に二人が立って、外側の蔓状の器が同軸で二重反転しています。 空飛ぶ壺は同軸二重反転。実に興味深いです。

 

壺と云えば、第2次世界大戦前、ナチスドイツ軍が開発したと噂される円盤形航空機ハウニブを思い出します。ハウニブは、ナチベルとも呼ばれていたようです。

図3 出展:ナチスのベル型UFO : NAZI BELL “DIE GLOCKE”

ナチベルは、空飛ぶ灰色の壺を上下逆さにしたような構造をしています。  実写版映画の制作者はどこからヒントを得たのでしょうか。原作漫画にも壺は登場したのでしょうか。読んでいませんのでわかりません。

 

管理人による水銀を用いた同軸反転型の単極誘導モーターは、次のようなものでした。

動画2 同軸二重反転型単極誘導モーター
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動画3 同軸三重反転型単極誘導モーター

管理人による一連の動画は、こちらです。 水銀を用いたのは、2015年1月からでした。

 

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物質的自然は「映像」だから「不確定性関係」が生じる

研究の発端は、ある科学者の「E=mc」についての説明からでした。

君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーの簡単な同一性をまだ充分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授は、ずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的にあらわした数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり物質はエネルギーに転換するし、逆にもなるというが、本当は一つの実体の異なる面に過ぎない。

物理学におけるエネルギーは、次元解析すると[ML2T-2]になります。一方で数学者岡潔の言葉「【2】自然科学者の時間空間」から時間[T]を使うことは誤りであることがわかっています。

引用を続けます。

二つの次元をもつ幾何的な平面を考えてみたまえ。この面が君の視線に対して直角をなすとき、君はそれを平面と感じる。これはその実体の物質面を表す。次に君がその面を九十度ほど回転させると、その面は君の視界から消えて一次元のみとなる。これはその実体のエネルギー面だ。

君はその面を取り替えたわけではない。ただ観点を変えただけだ。技術的に言えば関係位置を変えたのだ。一定の物体に含まれていると思われるエネルギーの量は、一定の観測者にとって質量エネルギー軸を中心にそれがどれぐらい回転したかにかかっているのだ。別な関係位置から同じ物体を見ている別な観測者は、全く異なる量のエネルギーを見るだろう。

図1

のような平面を考えます。上から見るとき、実体は質量として見えます。次に右横から見るとき、平面は一次元となることにより質量は見えなくなります。物質も消えて見えなくなります。 このとき実体のエネルギー面を見ていることになります。 しかし、実際は視点を変えたのではなくて、「上から物質面を見た状態のまま」質量エネルギー軸を中心に実体がどれくらい回転したかによるのです。また、回転の角度は、観測者の視点の位置によります。運動は相対的だからです。 この説明を2次元平面に落としたのが弧理論(Ark Theory)の考え方による基本図形です。

E軸上の実体が原因。物体は結果。

図2

E軸上の実体投影されることによって、M軸上に質量位置と持って現れます。これが投影による映像だと考える根拠になっています。 実際は上から見るという視点を変えずにE-M軸平面での実体の投影角が変化することによって、エネルギーとして見えるということです。それを図にしますと

図3

になります。 この図においてベクトルは、ある科学者の言葉によれば、エネルギーと表記すべきなのですが、冒頭ご説明したように物理学で使うエネルギー[ML2T-2]は、使えません。 そこで、エネルギー[ML2T-2]の表記を時間を含まない運動に置き換えました。  通常、運動量は記号Pで表しますけれども、運動量の次元は、[MLT-1]でして、時間を含むため使えません。そこで、位置と位置の変化を時間を含まない量としてアンダーバーを付けた運動と表しています。

冒頭のある科学者の言葉に出てくるエネルギー[ML2T-2]を運動量に、実体が持つ値を真のエネルギーに置き換えた上で、言い換えます。

物質は運動に転換するし逆にもなるというが、本当は真のエネルギー値を持つE軸上の実体の異なる面に過ぎない。

となります。

E軸上の実体がM軸上に投影されて映像として物質が質量と位置を伴って現れるということを示しており、これがE=mcの本当の意味になります。

図3について。図2の投影角は90度として描いています。この投影角が鋭角になるにつれて、投影された映像は運動として現れます。運動が増すにつれて、質量は次元を失い見えなくなります。投影角がゼロのとき、物質は質量を測定できななり、すべて運動となります

これまで、物質は、運動とともに質量が「見えなくなる」、あるいは「次元を失う」、または「測定不能になる」などの表現をとってきました。 そのどれもがうまく説明できているとは考えてきませんでした。 それとともに、図3について、かなり前から不確定性原理を説明しているのだと感じていました。

式1 出典:wikiより

「見えなくなる」、あるいは「次元を失う」、または「測定不能になる」などの表現は、より正しくは「ぼやける」になるようです。

物質は、運動とともに質量m位置ぼやける

この表現が最適かどうかわかりませんけれど、今は上記の通りとします。

図3について、運動3の状態とは全てが運動である状態です。このとき質量を決定することはできません。この運動3の状態が「」であろうと結論づけるのに何年も要しました。

wikipediaの運動量にある「観察者効果との混同」の項目に面白いことが書いてあるのに気付きましたの引用します。

「不確定性原理は実際には量子系の基本的特性を述べており、現代のテクノロジーにおける測定精度の到達点ついて述べたものではない」[7]。不確定性原理は全ての波のような系にもともと備わっている特性であること[5]、不確定性は単純に全ての量子物体の物質波の性質によって現われることが今日の量子力学ではわかっている。

強調は管理人による。

不確定性原理は、全ての波のような系にもともと備わっている特性だとあります。 これまでの考察によれば、物質運動の一形態が「」であって、それは「E軸上の実体が投影されることによって、M軸上に映像として現れている」という仕組みによるということです。 非常に面白い符合です。

これまでの考察によれば、「物質的自然は投影による映像だ」という仕組みは、我々をして様々な「多面性をもった映像」として映しているらしいことがわかっています。 現代の物理学の基礎は、量子論にあります。 それと時期を同じくして相対性理論が出ています。 冒頭ご紹介したE=mcの解釈にかかる誤解が現在まで続いていることになります。

そういえば、the-manuscript-of-survival-part68日本語文.pdfによれば

そのような粒子は存在します。しかし、彼らが探しているものとは全く違うのです。それは多くの点で、不可視のものを探す試みと言えます。普通の人間の目は、このようなものを見ることはできません。単にサイズが小さいせいではなく、エネルギーの量を正しく求める方法を知らないからです。

とあります。 エネルギー[ML2T-2]の定義がまずいからに他なりません。2012年ころに、この文章を読んで、この文章に凄く拘りを感じてきました。ここに漸く理解できました。やはり計算に時間を用いることは誤りです。

岡潔は、「五感でわからないものは無いとしか思えない。これを唯物主義という。」と述べました。実のところ、E軸は我々が存在している空間に直交して存在していると想定していますから、当然のこと「人の持つ感覚でわからない」存在です。計測にも引っ掛かりません。  だから存在しないのではなくて、そのような存在を想定しないと、(新の)エネルギーをしてエネルギー[ML2T-2]としか理解できないのです。真のエネルギーは、別に存在するとして、初めて「量を正しく求める」道が拓けてくると考えます。

冒頭の「物質とエネルギーの簡単な同一性をまだ充分に把握していない」ことと「量を正しく求める方法を知らない」こととは同じ意味を指しています。エネルギー[ML2T-2]を運動に置き換えるということは、結構直観的に行ったものです。拘りを持ち続けて辿り着けたと思います。

素粒子の質量をMeV/cやGeV/cで表します。E=mcを移項したものです。 よく見ると質量と運動を混同していることがわかります。 この状態が120年ほども続いていることになります。

 

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時計ウイジェットを変更「時間は運動から作る。時間とは過ぎ行く運動の(過去の)記憶。基本物理量にはならない。」

右サイドバーに表示しているウイジェットに「アナログ時計」があります。 時間については、数学者岡潔の言葉「【2】自然科学者の時間空間」を参考に約3年の間、考察を続けてきました。

自然科学者は初めに時間、空間というものがあると思っています。絵を描く時、初めに画用紙があるようなものです。そう思ってます。時間、空間とはどういうものかと少しも考えてはいない。これ、空間の方はまだ良いんですが、わかりますから。時間の方はわかりませんから。

時間というものを表わそうと思うと、人は何時も運動を使います。で、直接わかるものではない。運動は時間に比例して起こると決めてかかって、そういう時間というものがあると決めてかかって、そして、時間というものはわかると思っています。空間とは大分違う。

人は時間の中なんかに住んでやしない。時の中に住んでいる。

時には現在、過去、未来があります。各々、全く性質が違うんです。それ以外、いろいろありますが、時について一番深く考えたのは道元禅師です。

が、その時の属性のうちに、時の過去のうちには「時は過ぎ行く」という属性がある。その一つの性質を取り出して、そうして観念化したものが時間です。非常に問題になる。

下線は管理人による。

漸く、理解できたような気がします。今回、アナログ時計の上に表示している文言を次のように変更しました。

時間は運動から作る。時間とは過ぎ行く運動の(過去の)記憶。基本物理量にはならない。

最初の文言はもっと長かったのですが、段々と短くできました。 時間(日本標準時)はNICTで作られます。時計は運動する機械(または電子機器)です。過ぎてからしか知らせることはできません。時の現在ではないということです。 続きを読む

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フトマニ図の中央「アウワ」の「ウ」は、ウズ(渦)の「ウ」ではないか?

弧理論(Ark Theory)の骨格は次の図で表します。

図1

元々は、G・アダムスキーが遺したネガに示された紡錘図形でした。図2 弧理論による原子模型

図2に書き加えた補助線は、図1に気付く遙か以前に清書したものです。確か2011年頃のこと。 図1に気付いたのは2016年11月でした。 E軸(エネルギー軸)というのは、真のエネルギーを持つ実体が存在する別の次元軸を想定しています。我々の存在する空間(物質的自然、あるいは物質空間)に直交する4つめの次元軸です。 この発想の切っ掛けはE=mcについてのある科学者の言葉でした。 続きを読む

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時代の最先端からは、次の文明は生まれない

アイザック・ニュートンはリンゴが樹から落ちるのを観て、「万有引力の法則」を発見しました。

 

図1 出典:りんごが落ちるのを見て万有引力の法則を発見したニュートン

しかし、当たり前の事ながら人類が誕生する以前から万有引力はありました。 惑星探査機はやぶさもニュートン力学を用いて軌道計算を行っています。今も変わりません。

「惑星探査機 はやぶさ」の画像検索結果写真1 出典:JAXA

面白いことに、ニュートンの偉業は、最先端ではないことに気付きます。より基礎的な、誰もが見過ごしていた物や事の中に、新しい文明の礎となるものがあると確信します。 岡潔が云ったように自然科学で当然(自明)のこととして扱われている時間について、もっと真剣に検討すべきだと思います。

 

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宇宙という入れ物が膨張しているのではなく「空間が曲がっている」

紡錘図形を長く見続けていると「空間は曲がっている」らしいことに気付きます。 それも2種類あることがわかります。

  1. 遠くの天体が加速度的に遠ざかる運動をしていること。
  2. 微少な物質が互いに高速で運動していること。

1.は、よく知られているようにビッグバン理論の根拠としているところです。2.もよく知られています。 そのいずれもが「空間が曲がっている」ことによるのではないかと考えています。

 

今回書きたいことは、次の3つです。

  • 空間が曲がっていることによって、遠くの天体が加速度的に運動していること。並びに極小の物質は、その距離(にかかる空間の曲がり)故に互いに運動していること
  • 空間が曲がっていることによって、時間空間という自然科学は、その適用に限界があること。
  • 天文学的な距離があることによって、2つの物体における同時ということの意味は無くなること。同じ理由によって、量子もつれの突然死は起きること。

 

(1) 2016年11月30日 「宇宙が等しく膨張しているとするならば、ビッグバンはあり得ない」と書きました。 この記事の概要は次のようです。 続きを読む

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素粒子の周期律表

本題に入る前に、いつものようにおさらいです。

研究の出発点は、ある科学者の言葉からでした。 アインシュタインの特殊相対性理論による「E=mc」について、ある科学者は次のように述べています。

物質はエネルギーに転換するし、逆にもなるというが、本当は一つの実体の異なる面に過ぎない。

一つの二次元平面を考えます。

図1

のように、実体を上から見るとき、我々は物質面(M軸と呼びます。)を見ます。 次に二次元平面を右横から見ると、実体のエネルギー面(E軸と呼びます。)を見ていることになります。  実際は、視線の位置を変えずに「実体が面に対してどれだけ回転したか」よります。 これをE-M軸平面に置き換えたのが、弧理論の考え方の基本図形

E軸上の実体が原因。物体は結果。

図2

でした。 E軸上の実体が投影されることによって、M軸上に質量と位置と持って現れます。 我々の存在するM軸を物質空間あるいは物質的自然と呼びます。 物質が運動するときE軸上の実体は、M軸に対して投影角θが変化します。 続きを読む

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自然科学のいう「非科学的」とはどういうことか?

前回のおさらいと続きです。

まずは、おさらいです。 数学者の岡潔は、彼の講演「【3】西洋の唯物主義」と「【2】自然科学者の時間空間」において、次のように述べています。

  1. 西洋人は五感で分からないものは無いとしか思えない。これを唯物主義という。
  2. 自然科学では、自然は存在ではないことがわかっている。
  3. 素粒子物理学において、不安定な素粒子について、「少なくとも、一部は映像と云ってよい。」
  4. 自然科学者は、時間・空間とはどういうものかと少しも考えていない。
  5. 人は(現在・過去・未来)という時の中に住む
  6. 時間を表すに運動を使う。直接わからない。
  7. 時の過去の属性の一つを取り出して、それを観念化したものが時間である。

岡潔は、自然を物質的自然と呼んで、2.と3.で自然は存在ではなくて一部は映像だと云いました。

管理人は、安定な陽子について次のように考えます。

  1. 陽子衝突 → 陽子崩壊 → 素粒子群発生
  2. 陽子衝突 → 陽子消滅 → 素粒子群発生

1.と2.のそれぞれについて、衝突の前後において原因と結果は同じではないかと云われますけれども、過程が違います。 2.においては、陽子は内部構造を持たないことがわかります。そして、1.では、陽子はクオークによって出来ているとされますが、クオークはクオークの閉じ込めによって外に出てこないとされます。 単独で取り出せない物質など物質と云えるのでしょうか。  むしろ2.が正解で陽子は映像だと考えると辻褄が合います。 同じく陽子によく似た中性子も映像だと考えます。そして電子もその様々な状態を持つ映像だと考えます。  これら安定な陽子・中性子・電子を当サイトでは基本粒子と呼びます。

映像であると考える根拠は、ある科学者の言葉によります。

物質はエネルギーに転換するし、逆にもなるというが、本当は一つの実体の異なる面に過ぎない。

図1

の様に、上から見た場合、実体は質量を持った物質として認識できます。次に視点を右方向からの面に平行に観ますと、実体が持つエネルギー面と認識できます。 実際は面を取り替えたのではなくて、物質面に対して実体がどれだけ回転したかによって、見え方が違ってくるといいます。 それで得たのが

E軸上の実体が原因。物体は結果。

図2

です。 E軸上に実体が存在します。そして、実体はM軸に投影されることによって位置を伴う質量が現れます。 また、投影の角度が変化しますと

図3

のようにエネルギー(ベクトル)として認識できます。(※当サイトではエネルギーのことを運動1や運動2表しています。)

図3の解説:エネルギーを次元解析すると[ML2T-2]となります。つまり次元に時間[T]が入っています。 岡潔の云うとおり時間は運動から作ります。ですから、M軸方向での見え方(ベクトル1、2)を表すにエネルギー[ML2T-2]という用語を使えません。時間は問題が多いです。その代わりに運動を用いています。 (※E=mcの光速度cの二乗の内に時間[T]が入っています。つまり、相対性理論が循環論であることがわかります。両辺に時間[T]が入っているということです。杉岡氏の相対論物理学者に捧ぐ その4、または、過去記事を参照ください。)

E軸のことをエネルギー軸と呼びます。そして、実体が持つ値を真のエネルギーと呼び、物理学でいうところのエネルギー[ML2T-2]と区別しています。  上記のある科学者の言葉を読み替えますと次のようになります。

物質は運動に転換するし逆にもなるというが、本当は真のエネルギーを持つE軸上の実体の異なる面に過ぎない。

これが投影映像の仕組みを考える根拠です。

そして、この考え方を推し進めた結果得られたのが宇宙の仕組みを表す

図4 (カミの仕組み)

です。そして、図4に

表1

に示す大きさをスケールを織り込んだのが

図5

です。 ここから本題です。

 

図2~図5はいずれも開放系のモデルです。 一方で自然科学は孤立系のモデルです。熱力学を観ればよくわかりますし、孤立系をイメージするのは容易いです。 ところが開放系の方はイメージが困難です。

上記、岡潔の言葉「【3】西洋の唯物主義」に語られる山崎弁栄上人について、先般、山崎弁栄上人記念館を訪ねました。その資料の中に開放系をとても理解しやすい言葉がありました。これを使って説明します。山崎弁栄記念館のサイトの「山崎弁栄について その生涯と宗教芸術」の文章の中程にある言葉です。 それが「外のない内」です。図に示しますと

図6

です。 図6に図4と図5を考慮して、入れ込みますと次のようになります。

図7

は「外の無い内」です。 勿論、内側は「内」ですし、「外」を示す境界線はありません。この図は開放系だということです。 その内に、孤立系である自然科学があります。 自然科学の対象は、岡潔の云う物質的自然です。その取り組み方が唯物主義だということです。つまり、自然科学の対象となるのは、五感でわかる領域です。 一般的に、多くの自然科学者は唯物主義です。それは、五感で分からないものは無いとしか思えないのですから物質的自然と重なるのです。 ここで、前回述べたように、岡潔の云った「第1の心」と領域は重なります。美味しい、嬉しい、楽しい、哀しいの「シヰ」に同じく、生命維持の欲求の領域に等しいと考えられます。

自然科学の云う「非科学的」というのは、図7の内、そのほとんどの領域を否定するということです。岡潔は「自然科学は間違っている【3】五感でわかるもの」において、

五感でわからないものはないというのは、既に原始人的無知です。しかも、自分がそう仮定してるということにさえ気付かない。それについて考えるということができないというのは、実にひどい無知という外はありません。

と述べています。 図7を考慮すると、西洋人の原始人的無知という意味がよく分かります。

 

1950年代初頭、G・アダムスキーが得たネガフィルム

写真1

の下部に写っていた図は、図4左図にある2つの円の重なった部分(紡錘図形)です。この紡錘図形は弧理論の骨子となる原子模型です。

図8

2つの円は2つある宇宙の中心「ア」と「ワ」のことです。この2つの円がつながることによってM軸(物質空間)をもたらしています。このM軸が図7に示した「外の無い内」という開放系を形成しているということです。

このM軸(物質空間)は例えると、

図8

2台の映写機を持つ、スクリーンのようなものです。M軸を中心に据えて考えるならば、(言い換えると、我々観測者を中心に考えるならば)物質空間は、「外の無い内」であって、しかもそれは2つあることになります。 それがG・アダムスキーが遺した足跡です。

図9

「五感でわからないものはないとしか思えない」という西洋人が写真1と図9の意味に気付き、その謎を解き明かすことは、到底出来そうもありません。

素粒子物理学者たちは、素粒子に宇宙の本質を見つけようとしています。しかし映画は、画素にはありません。物質空間あるいは物質的自然が投影による映像であるならば、当たり前のことです。

写真2 DMD(デジタル・マイクロミラー・デバイス)

 

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物質的自然が映像ならば、「投影と映像」による「時制と記憶」の仕組みはどのようなものなのか? 弧理論(Ark Theory)による仕組みについて

11月8日の記事「人間とは何か 人の「創造性」と人の思考における「時制」について」の続きです。

前回のおさらいです。前回は、数学者の岡潔の言葉「【1】 2つの心」を元に「心の時制」について考えました。

第1の心」は、「意識を通し」、「わたくしというものを入れなければ金輪際動かない」がしかし、一旦、私わたくしというものを入れたら、「私は悲しい、私は嬉しい、私は愛する、私は憎む、私は意欲する」という心でした。

第1の心は、ヲシテ文献にある縄文哲学に示されるタマ+シヰのシヰに近いものでした。 シヰとは「強いる」のシヰであり、生命維持の欲求(喜怒哀楽)です。 は、嬉しい・哀しい・楽しい・美味しい・悔しい・腹立たしい・貧しい・・などのことです。 そして、この第1の心=「シヰ」は、時制で云うところの

図1

現在」です。 第1の心は、「私の心」、「意識を通す心」、「生命維持の欲求の心」、「現在の心」ということです。そして、岡潔によれば、第1の心は前頭葉に宿っていると云います。

次に、「第2の心」はというと「無私の心」です。私のない心です。いくら入れようと思っても私というものは入れようのない心です。それから、この心のわかり方は意識を通さない(じか)にわかる心です。そして、岡潔によれば、第2の心は頭頂葉に宿っていると云います。

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当サイトは kodenjiki.com からの移行サイトです

当サイトは2011年11月に開設した kodenjiki.com「弧理論(旧弧電磁気論)」 からの移行サイトです。

弧電磁気論 → 弧理論(Ark Theory) と名称変更後も、ドメイン kodenjiki.com を使ってきました。 先般、レンタルサーバーの更新があってから、kodenjiki.com の配下にあるブログソフトに関する設定が現状に合わなくなってきました。また、サーバー会社による関連ソフトのサポートも近く終了する見込みとのことを鑑み、今回、新たなドメイン名 arktheory.com を取得しました。新ドメインにより、当サイトもSSLに対応しました。 ただホームページは単にコピーしただけですので、近く整理したいと思います。

今後、こちらに引っ越した上で、旧サイトを閉じる見込みです。今後ともよろしくお願い申し上げます。

追記 11月20日

新サイトへの移行にかかる経緯を備忘としてメモします。(詳しくはないので、間違いがあるかも)

  1. レンタルサーバーは当初PHP5.3のセイフモードであったため、弧電磁気論のブログソフトであるWordPressをcgiにて稼働していた。このため負荷が大きく遅かった。一応動作したのでこれまで放置してきた。
  2. 10月下旬レンタルサーバー増強に伴い、動作環境はPHP7.1推奨になった。
  3. 今回10月28日頃からの障害
  4. 対策として.htaccessからcgiの記述を外した。サポート情報を元にPHP5.3からPHP7.1に対応するため、ポートの変更を行った。11月2日頃復旧。
  5. しかし、4.(ポートの変更)での対応は暫定でサポートは来年3月末で終わるとのこと。セキュリティ上も不安が残る。
  6. 暫く稼働していたが、11月14日頃から2回目の障害。何故か(旧)ブログ用データーベースの一部が壊れたようでサポートの方で修復した(同17日)との連絡があった。(旧)ブログでの記事件数435件、掲示板を含めてのコメント数790件であった。
  7. WordPressのデーターベースを新しい形式に対応させる方法が分からないのと、バックアップを元にきちんと復元できるか自信がない。
  8. そこで、懸案であった、もう一つのドメインarktheory.comを取得した上で、配下に新データベースを用意、バックアップを元に移行を実施した。同時にレンタルサーバー提供の無料SSLを利用した。(幸い、.comは、まだ使われてなかった上に手頃な価格だった。.jpは高い。 arkという主なドメインは既に使われていた。)

一応は動いていますが、リンク切れがあるので、外観なども併せて修正しながら様子を観ます。

 

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