ベクトルポテンシャル は「別の次元軸」の存在を示している

外村彰氏による実験「電子波で見る電磁界分布」は、 ベクトルポテンシャル が物理量であることを示しました。では、ベクトルポテンシャルとは何なのかです。

数学者の岡潔は、自然科学者が考える自然を物質的自然と名付けました。自然科学者は物質的自然を研究するに時間・空間といいました。この時間・空間は簡単なモデルであり自然そのものではありません。(残念なことに、これをきちんと理解している人が少ないです。物質的自然は第1の心の特性から来るものであって、第1の心は「外のない内」です。)

自然>物質的自然

そして、角度から作った時間は量ではないことがわかっています。

では、空間とは何かということについて、岡潔は「空間は量的、質的にありません。」と述べました。「【5】 情の特色」を参照ください。 言い換えるとエーテルはないがポテンシャルはあるという状態です。管理人がこれをモデル化したのが「境界空間」です。別の次元軸上に混ざり合うことのない2種の何かが接することによってできる境界が空間として表れているという考えです。これが境界空間です。

参考記事。2020年9月28日『空間 とは境界であり、そのまま「場」である。』2020年10月16日『12進数による 素粒子の周期律表 (アイディア) 』2020年10月19日『2つの 発見

一番理解しやすいモデルが次です。

写真1 人の感覚でわかる境界面は何もないがポテンシャルはある。

このモデルが示す「エーテルはないがポテンシャルはある」状態は冒頭の外村彰氏による実験を想起します。 続きを読む

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日月神示 で気になること

これまでに、 日月神示 の記事は45件あります。弧理論の考え方と、結構合致する部分があります。2018年6月14日「日月神示 ひふみ神示は、なぜ弧理論の参考になるのか?

面白いことに「ひふみ神示全文」を検索すると『気』は394カ所もあります。このことについて、研究者の方であってもほとんど注意を払いません。用例を幾つかあげると以下です。

『 気付け 気楽 気の毒 気づかん 気を失ふ 気をつけて 気もない 気が短い 気長く 気持ちよい 気配れ まぢり気(け) 』

このことは過去記事に書いているように岡潔の云った「わからないものに関心を集め続ける」ことで、「情的にわかるものを知的に言い表すことにより文化はできる」という過程、即ち、『情・知・意』の順に働くことをわかりやすく言った言葉です。それが「気(キ)付く」です。「【5】 情的にわかる、知的にわかる続きを読む

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2つの 発見

2020年を締めくくるには早いのですが、今年は2つの 発見 がありました。ついでなので、2010年に研究を始めてからここまでに気づいたことや発見をあげます。

  1. 発散トーラス・・・・井出治氏による第3起電力仮説を別の次元軸上にある実体の位相により電磁気現象として表れるとの考えの基、位相変換を行うことにより空間に表れる”力線”の形状を特定、「第3起電力のエネルギー源について」としてまとめました。基本は双極ながら片方の極が無限遠に消失しています。渦ありなのに発散ありで単極のように振る舞う距離の7乗に逆比例する力です。2011年。
  2. カミの仕組み・・・・ヲシテ文献と紡錘図形からわかりました。わかりやすく言うと、自然は別の次元軸からの投影による映像だということです。宇宙の中心は、別の次元軸上に2つあり、ここから2つの心(タマ+シヰ)が来ています。精神科学の根幹です。2016年11月8日『縄文哲学の「カミ」と弧(Ark)の関係について
  3. 自然科学は循環・・・・量ではない時間を用いた循環です。岐阜にある山崎弁栄記念館の資料から「外のない内」を知りました。自然科学は循環・ループ・ネットワークであり、外のない内です。2018年9月3日『「 わかる 」の方向性について
  4. 岡潔による第1の心は循環・・・・「意識を通し言葉で言える」という言葉自体が循環・ループ・ネットワークであり、外のない内です。これにより自然科学だけが問題なのではなくて、如何なる思想も科学も宗教も説明すればするほど抽象に至ることがわかりました。循環だから第1の心では何も説明し得ないということです。弧理論による社会科学の根幹で、2019年にわかりました。人類は、物事をより詳しくすることが文明の発達だと勘違いしています。単に抽象化しているに過ぎないことに気づいていません。2つの心の乖離が問題です。 2019年11月20日『数学者岡潔「 2つの心 」・・・頑としてわからぬ人たちが居る
  5. は一つの実体の異なる面に過ぎない。・・・・自然は映像でして、別の次元軸上にある実体の異なる面が人の感覚でわかる物と事として表れています。2020年春頃。自然科学は物と事の区別がついていません。混同しています。自然科学のわかりにくさはこれです。
  6. 境界空間・・・・混ざり合わない2種の液体(ex.灯油と水)の境界である2次元平面には物の量も事の質もありません。だからといってポテンシャルはあります。この境界は「エーテルはないがポテンシャルはある」という状態です。この境界平面を拡張すると境界空間になります。2020年9月28日『空間 とは境界であり、そのまま「場」である。

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12進数による 素粒子の周期律表 (アイディア)

 素粒子の周期律表 に関するアイディアは、2017年12月1日の記事「 素粒子の周期律表 」にあります。その後の研究で、次のようなことがわかりました。

  1. 自然科学は、量ではない時間並びに時間を含む光速度を用いたため物と事の区別がない
  2. 人の感覚でわかるのはである。
  3. 時間は物の量ではなく、事の質である。
  4. 物質的自然は別の次元軸からの投影による映像のようだ。
  5. 物と事は、別の次元軸上にある実体の投影による映像だと考えられる。
  6. 「物は量」としてで表せる。同じく、「事は質」として数で表せる。
  7. 自然科学において、物の起源を量子場に求めた。
  8. カルロ・ロヴェッリの著書「時間は存在しない」において、「量子場は相互作用や出来事について語るための言語規範に過ぎない。」と述べている。
  9. 岡潔は「自然数の1は決してわからない」と言ったが、言語規範と同じ意味を持つ。
  10. つまり、数学を含む言葉も、素粒子を生じる量子場互いに規定し合うことにより成り立つ循環・ループ・ネットワークである。

例えば、0と1を使う2進数により「一対の粒子」を表せます。 2020年9月28日『空間 とは境界であり、そのまま「場」である。』を参照ください。

写真1

互いに規定し合うことにより成り立ちますから、「粒子の1は決してわからない」のです。つまり、1は0でない粒子であり、0は1ではない粒子です。


一方、物理学者は物の起源を量子場に求め、近接作用として物質粒子12種類と力を媒介する粒子4つ、それと質量を与える粒子1つを求めました。 続きを読む

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ノーベル物理学賞 ブラックホール研究 について

「2020年 ノーベル物理学賞 をブラックホール研究の3氏が受賞」というニュースが流れました。

イベント・ホライズン・テレスコープで撮影された、銀河M87中心の巨大ブラックホールシャドウ写真1 出展:EHT Collaboration

どうもダメです。管理人にはある疑念が常にあります。大体、次のような疑問です。

  1. 自然科学は量ではない時間を変数とした循環・ループ・ネットワークである。相対論は時間を光速度に置き換えたに過ぎない。
  2. 人が持つ2つの心の内、第1の心は、「意識を通し言葉で言える」というものである。そもそも言葉は、互いに規定し合うことにより成り立つ循環・ループ・ネットワークである。第1の心は「外のない内」である。従って、自然科学を含む如何なる科学も本質的に循環にならざるを得ない。これは第1の心の特性である。     過去記事および動画を参照のこと。:【6】数学の使えない世界より。岡潔が「自然数の1は決してわからない」と言ったのはこのこと。※↓動画2を参照。
  3. 数学は言葉と同じ、第1の心の表れであるから、数学もまた本質的に循環・外のない内である。
  4. 数学には級数がある。(発散、あるいは∞も「外のない内」であることに注意。) 級数の一つに再帰がある。その一つにフラクタルがある。
  5. つまりは、あらゆる物質的自然についての実験や観測も第1の心の内にあるとともに、自然科学の一分野である物理学理論(数学理論)もまた、第1の心の表れである。

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足踏み式脱穀機 練炭を自作する道具など

倉庫を整理したら古い農機具、道具が出てきましたので写真を撮った上で廃棄しました。

足踏み式脱穀機。ドラムの向こう側に幌を付けた状態で使います。

写真1

銘板に『最新式 全国農具共進会 最高賞杯受領 一人用 実用新案登録 登録商標 改良ロット付  チヨダ式 新国光号 株式会社 埼玉県 木屋製作所 川越市』とあります。

写真2

写真3

gif1

手前のバーを踏みながらドラムに穂をあてがって脱穀します。大豆の脱穀にも使います。通称、”ガーコン”と呼んでました。

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なぜ 唯物主義者 は共産主義になるのか

この何年か自然科学の問題点を検討してきました。自然科学は2つの手段で組み立てられています。

  • 還元主義:わけることによりわかるわかるの語源はわける
  •  唯物主義 :五感でわからないものは無いとしか思えない

顕微鏡や天体望遠鏡などあらゆる方法を使ってわかる範囲を次表で示します。

表1

岡潔は心が2つあるとして、これを第1の心と第2の心としました。

  1. 第1の心:意識を通し言葉で言える。理解、物の理。
  2. 第2の心:意識を通さず言葉で言えないが、しかし、何となくその趣が直にわかる。

自然科学は第1の心によります。その手法が還元主義と 唯物主義 です。還元主義によって、表1についてわかるのは、極大は宇宙の大規模構造でした。極小の領域は量子の”場”でした。参考→2020年9月15日「宇宙 は外のない内であり、総量は保存しない。」、2020年9月28日『空間 とは境界であり、そのまま「場」である。

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物理学者は 自然科学 を捨てられない

前回の記事『岡潔「 自然は映像 」だからこそ、別の次元軸を考える。』において、井口和基氏のブログで「物理学は物質=モノ=素粒子だけではダメ」で「精神世界=スピリチュアル世界=霊性世界=霊界を含めるようなものであるべきだ。」と述べていることをご紹介しました。 しかし、数学者岡潔が指摘した 自然科学 が間違っている点について、遡って検討し問題点を洗い出した上で、やり直すべきと記しました。

井口氏の主張だと次の科学は、「3次元空間+時間+精神世界」だということになります。これだと岡潔の云った点が考慮されていません。

ここで、管理人がこれまで考察したことをまとめます。ただし、岡潔の云ったことと、管理人によるその後の考察を交えています。 自然科学 の問題点は、以下の箇条書きのとおりです。

  1. 岡潔は自然科学者の研究する自然物質的自然と名付けた。
  2. 自然科学者は、空間に物質があり、物質の運動につれて時間が経過すると考えている。
  3. 自然科学者は、これを時間・空間と云った。
  4. 時間空間は簡単な模型であって、自然そのものではない。「自然>時間空間」であることは考察済み。物質的自然の全部を覆っているが、外へは決して出ない。第1の心の特性による。過去記事を参照。
  5. 岡潔「時間という計量的なものはない。」参考「【5】 情の特色
  6. 時間は10進数による12の倍数である。
  7. では、時間とはどういう”数”なのか。
  8. 岡潔「時間は運動から作る。」参考「【 2】 自然科学者の時間空間
  9. 時間は、太陽の光が地上に作る影の角度から作る。
  10. 角度は量ではない。従って、時間は物理量ではない。
  11. 人の感覚でわかるのはである。

  12. 岡潔「数は量のかげ」参考「【6】 数学の使えない世界
  13. 物は量としてわかる。これが物理量。
  14. 事はとしてわかる。これが情報。(現在までの一応の結論。熱力学的エントロピーと情報エントロピーは同じ。もう少し突っ込んだ考察が必要のようだ。)
  15. 管理人「数は質のかげ
  16. 管理人「時間は、過ぎゆく運動の記憶に基づく観念であり、事の質である角度を元に作る数である。」だから、上記6.となる。
  17. 都合、自然科学は、物の量量ではない時間を変数とする科学であって、物と事を混同した間違った科学である。
  18. これまでの考察によれば、自然科学の内、残るのは「場」の考え方だけだと思われる。参考『空間 とは境界であり、そのまま「場」である。

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岡潔「 自然は映像 」だからこそ、別の次元軸を考える。

たま井口和基氏のブログを拝見します。興味をひく記事があったのでメモします。

  1. 【大霊界=一なるものの法則】「これは陰謀なのか?仮想現実なのか?」→俺「すべては大霊界の一部だった!?」
  2. 唯心論物理学】世界の物理学は「霊界物理学」「神の物理学」の時代に近づいてきた!

2本ともわかりにくいのですが、要は「現代物理学では、何もわからなかった。だから唯心論物理学を模索すべき」との主張です。 管理人はこの考えに同意です。2番目の記事から一部引用します。

そういうわけで、物理学では、物質空間の次元を10次元に上げたのだが、その結果何も産まなかった。せいぜい超ひも理論くらいで、もはや数学以外になく、現実の実験を全く説明できない。

ということは、

空間次元を単純に上げるのは間違い。

だったら空間次元を上げるのではなく、物質空間+非物質空間というふうに、別の次元の上げ方をしたほうが良くないか?

まさに、次元上昇。

とまあ、そんなふうな主張である。

非物質空間というのは、精神世界。

こうなれば、物理学は物質=モノ=素粒子だけではダメだということになるから、精神世界=スピリチュアル世界=霊性世界=霊界を含めるようなものであるべきだ。

とまあ、そういう結論になった。

下線は管理人による。

「物理学では、物質空間の次元を10次元に上げたのだが、その結果何も産まなかった。」として、「もはや数学以外になく、現実の実験を全く説明できない。」という結論に至ったということです。

これは管理人が云う「第1の心の特性により、すべては抽象へ向かう。」ということの証左です。 続きを読む

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空間 とは境界であり、そのまま「場」である。

空間 とは何かというお話しです。自然科学の物理学者が行き着いた素なる領域だとか泡だとか閉じたひもだとかでは決してありません。何故なら、これらの理論は抽象だからです。いくら緻密で正確であっても抽象ですからダメです。空間は、当たり前に人の感覚でわかります

量ではない時間を変数に持つ自然科学は循環ですから、その最小単位として、ひもとか泡とかネットワークとかという概念に結びつくと考えます。そもそも人が「物や事をわかる」というのは、わけることによりわかっているのではありません。物の理ことわりとか理解ではありません。これがわかっていない人が大多数です。「【4】情のメカニズム」を参照ください。

 

数学者の岡潔は、自然科学者の研究対象とする自然を物質的自然と呼びました。そして、自然科学者は物質的自然を時間 空間 と云いました。時間 空間 は、簡単な模型であり自然そのものではありません。

自然 > 物質的自然

自然科学者によれば、物質的自然は空間という入れ物があり、その中に物質がある。物質は時間とともに運動するというものです。自然科学者は、運動は時間に比例して起こり、そういう時間があると思って、そういう時間はわかると思っています。しかし、これまでの考察により、角度から作る時間は量ではありません

写真1 携帯用日時計

時間とは、過ぎゆく運動に対して人が抱く観念です。時間は時の過去で、現在を含みなせん。過去ですから記憶と関係しています。運動を記憶していなければ経過がわかりませんし、観念も持てません。人の感覚でわかるのは物と事です。時間は事の質であって、物の量ではありません。

 

本題です。では、 空間 とはどういうものかというと入れ物ではありません。強いていうならば、スクリーンに似ています。でも同じではありません

図1 続きを読む

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