自然科学 が「分け散らかして」統一できない理由

前回の続きです。 自然科学 が自然を分類して、一向に統一できない理由を書き忘れました。これの理由も至極簡単です。

  • 物事は「対」となって現れ
  • 必ず繰り返しになっているから
  • 物と事の区別がないから気づかない

つまり、分けたとしても必ず某かの余りあるいは例外が出てきます。これがいろいろな場面で出てくるようです。

例を挙げます。過去記事です。

2つの過去記事は、難しいですけれども要約します。

  • 2つの現象AとBがある。
  • AはCを生じる
  • BはCを生じる
  • なぜ、同じCを生じる現象にまったく異なる2つの説明が必要なのか
  • ファインマンは「他には例を知らない」と記した

これが何故だか130年程もわからなかったというお話です。

この問題を筑波大学の論文では、次のように置き換えられます。

  • AとBをそれぞれ波動関数DとEに置き換える
  • 異なるAとBの現象は、DとEの位相因子の2重性により繋がっていた結果である

一見、わかったような気がしますけれども、単に2つ現象を2つの数式に置き換えただけです。実は何も解決していません。このような置き換えは結果として、事をもっと複雑にして、抽象化します。

 

追記2026/02/02

もっと本質的なことがありました。繰り返しで、更にだからです。

  • ヒト=タマ+シヰ+ウ
  • ウは渦(物と事)
  • 物=基本粒子(陽子中性子電子)
  • 事=動き:回転運動

弧理論では物は回転運動として扱います。渦には左右と凸凹の4種類あります。

例えば、右手の向きを変えても左手に重なりません。遺伝子の螺旋もオリゴ糖などの糖類も右手系と左手系の違いがあります。人の手足や指、目や耳は対称ですけれども、内臓は非対称です。

こう言った、原子を回転運動として捉えると余り(余)が常に付きまとって、例外として残ります。だから、 自然科学 は、幾ら分けても切りが無く、従って再統一もできません。ドンドン抽象化します。

因みに素粒子は波の一種で事です。物の量ではありません。しかも量的質的にない空間は結果です。

 

以下は無視してください。気になることがあったのでAIとのやり取りをメモします。 続きを読む

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なぜ 世界は混迷 するのか

なぜ社会はこれほどまでに混乱し、混迷を深めているのでしょうか。なぜ 世界は混迷 するのでしょうか。

答えは至極簡単

  • 分けることによって(わかる)と信じて疑わない

からです。

この(わかる)を理解、あるいは物の理と言います。(わかる)の語源は「わける」です。

  • 「わける」ことによって、(わかる)と思っている

だけで、本当にそうなのか誰も検証していません

岡潔講演録【5】自然科学の無知※解説6より引用します。

医学について。現代医学は自然科学の一種ですが、岡はその医学について別のところで次のようにいっている。

「例えば医学に付いても、大体医者と云うのは薬で直すのが一番多いでしょう。それで、ある身近な医者に『薬はどうして効くのですか?』と質問した。薬が効くと云う事は考えてみれば実に不思議なんですよ。それで質問した。そうすると『何故効くのだか分りません』と云う事でした。それが人知の現状です。医者は薬が何故効くか分らないんだけど、こう云う症状の時には、こういう薬を飲ませると効くと云う経験を沢山持っている。それだけなんです。」

医学は自然科学の内にあります。医者が行うのは、次です。 続きを読む

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昔あったELIZA( イライザ )より、お前は何がどう違うのか

面白いので、Google AIに訊いてみました。意外な方向へチャットは進みました。

AIが出した外部リンクはそのままにしてあります。(人工無能 VS 人工知能)

 

Q: 昔あった イライザ より、お前は何がどう違うのか。 続きを読む

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知的エリート の誤解

知的エリート の進歩に対する誤解があります。このことについては、これまでに何度か書いてきましたが、再度、異なる書き方をします。

知的エリート

  • 知的エリート(知的指導者層)とは、高い知的能力、専門的な知識、教養を持ち、政治、経済、学術分野で指導的な役割を果たす社会的な上位層です。高学歴(名門大学卒など)や専門職(弁護士、役員クラス)に多く、知識と能力で富や影響力を得て、社会の方向性を決める存在

数学者の岡潔は、次のように述べています。

講演録より「五感でわかるもの」を引用します。

物質は、途中はいろいろ工夫してもよろしい。たとえば赤外線写真に撮るとか、たとえば電子顕微鏡で見るとか、そういう工夫をしても良い。しかし、最後は肉体に備わった五感でわかるのでなければいけない。こう思ってます。

それじゃあ、どんなに工夫しても五感でわからないものはどうなのかというと、そういうものはない思っている。「ない」といってるんじゃありません、「ない」としか思えないのです。だから、仮定とも何とも思ってやしませんから、それについて検討するということはしない

五感でわからないものはないというのは、既に原始人的無知です。しかも、自分がそう仮定してるということにさえ気付かないそれについて考えるということができないというのは、実にひどい無知という外はありません。そう感じます。

で、そういう物質が自然を作っている。その一部分が自分の肉体である。

強調と下線は管理人による。これを引用したのは、2015年でした。要約すると、

  • 五感でわからないものは、ない思っている。「ない」としか思えない。自分がそう仮定してるということにさえ気付かない。それについて考えるということができないというのは、実にひどい無知だ。

この言葉は、明らかに 知的エリート のことを指しています。 続きを読む

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A先生へのメール まず「 気 づく」ところから始まる

最近も恩師であるA先生と情報交換しています。その一部を引用します。

まず気づく

人はまず、 づくところから始まると言う内容です。

A先生に、古くは2013年頃よりメールでお伝えしたことは、自然科学とかけ離れていますので、入りにくいと思います。
は根幹をなすもので、その起源は3次元にありません。
しかし、 気 は、岡潔が懸命に伝えようとした「情」と同じものです。
当時、AIはありませんでしたから、無理な面もありました。しかし、誰でもAIが使える時代になりましたので、人との違いがわかりやすくなってきました。AI発見や創造が起きる仕組みはありません。少しずつ理解は進むと思います。

社会学者の宮台真司氏は、YouTubeで、最近の物理学者は仏教に関心を寄せていると述べていました。自然科学では何もわからないままです。
理由は簡単です。
言語は、有限の要素(母音子音、記号等)の組み合わせに過ぎません。要素は互いに規定し合って成り立つ繰り返し、循環、ネットワークです。
どのような理論もこれを超えることはありません。国語の辞書も、国会図書館もインターネット網も必ず有限で閉じています
人の思考は必ず循環ですから、まず、「づいて」、意味がわかり、価値がわかります。最後に意識してわかります。
要は、人は物事を言葉でわかっているのではありません。この絶対的事実を殆どの人は知りません。

以上の内容は、岡潔と同じです。岡潔の言葉の要約を載せます。

 

岡潔の情

  • 情的に”わかる”というのがなければ、一切は存在しない
  • 情的に”わかる”ものを知的に言い表すことで文化は出来てくる
  • 情的に”わかる”から言葉というものが有り得た、形式というものが有り得た
  • 大宇宙の中心は情である
  • 情的に”わかる”というのがなければ、意識を通さない

これらの言葉は、すべて「気」にも当てはまります。

  • 「気づく」と”わかる”は同じ

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如来 は事であり、その型は3つある

如来 は仕組み

昨年、仏教の 如来 仕組みであって、それにはもう一つの型があると記しました。

その発想は、相対性理論であり、超ひも理論でした。その原点にあるのは、「匙とスプーン」にあります。

  • 国語辞書で確かめてください(スプーンは洋風の匙、匙はスプーン)

上の各赤丸をA、B、Cとしますと、その型は、次のように言えます。

  1. AとBを往復、振動運動する繰り返し。(A←→B)
  2. AとBとCを循環、ループ、回転運動する繰り返し。右回転と左回転(A→B→C→A→B  or  A→C→B→A)

それから、幾つかの記事を書いて今に至ります。

 

人が”わかる”物と事

ヒトがわかるのは物と事です。これまでの考察によって、如来はだとわかってきました。事とは動き:運動、出来事です。

事実、上に示した如来の2つの類型は振動であったり回転です。2つは何れも事です。万物の動きは2つの類型の組み合わせに過ぎないとわかります。 続きを読む

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素粒子 「GeV」は質量ではない

正確には素粒子質量として扱われるGeV/c2は、質量を意味する「数」ではありません。では、何を意味しているかを考えましょう。

前置きが長いですが、日常の出来事と対比させて詳しくご説明します。

電子ボルト

まず、電子ボルト(eV)とは何かをAIに訊きます。

Q:電子ボルトとは?

A:電子ボルト(eV)とは、エネルギーの大きさを表す単位の一つです。主に原子や素粒子といった非常にミクロな世界のエネルギーを測る際に使われます。
定義
1電子ボルトは、「1個の電子が、1ボルト(V)の電位差の中で加速されたときに得るエネルギー」と定義されています。
主な特徴
・非常に小さい単位: 私たちの日常生活で使われる「ジュール(J)」に換算すると、1 eV ≒ 1.602 × 10?1? J という極めて小さな値になります。
・計算の利便性: 原子物理学の世界では、ジュールを使うと桁数が多すぎて不便なため、この「電子ボルト」という単位を使うことで数値を扱いやすくしています。
具体的な使用例
・可視光のエネルギー: およそ 1.6 ? 3.1 eV
・水素原子の電離エネルギー: 13.6 eV
・医療用X線のエネルギー: 数十k(キロ)~数M(メガ)eV
さらに詳しく知りたい場合は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の用語解説や、ブリタニカ国際大百科事典(コトバンク)などで正確な定義を確認できます。

Q:正確にはGeV/c2ではないか

A:ご指摘の通り、素粒子の物理学において「質量」を表す厳密な単位は GeV/c2(またはeV/c2)です。

混同を避けるために整理すると、以下のようになります。

1. 物理的な定義の違い

・eV(電子ボルト): 本来はエネルギーの単位です。

GeV/c2: アインシュタインの式 E=mc2(エネルギー=質量 × 光速の2乗)に基づいた質量の単位です。

・式を変形するとm=E/c2 となるため、エネルギー(GeV)を光速の2乗(c2)で割ったものが質量の単位として使われます。

2. なぜ「GeV」だけで呼ばれることが多いのか

専門家の間や論文などでは、しばしば単に「質量は~GeV」のように表現されます。これには以下の理由があります。

・自然単位系の使用: 高エネルギー物理学では、計算を簡略化するために光速 cを1 と置く「自然単位系」が一般的に使われます。c=1 の世界では、E=m となるため、エネルギーと質量の単位を区別せずにeV や GeV で表記します。

・慣習的な略称: 文脈上「質量」の話をしていることが明らかな場合、分母の c2 を省略して呼ぶのが通例となっています。

まとめ

・厳密(SI単位系との整合性)に言うなら: 質量はGeV/c2 です。

・物理学の慣習(自然単位系)では: 質量もエネルギーも GeV で表します。

例えば、陽子の質量は厳密には約0.938 GeV/c2 ですが、物理学の文脈では「約 1 GeV」と表現されるのが一般的です。

要は、電子ボルト(GeV)は、「1個の電子が、1ボルト(V)の電位差の中で加速されたときに得るエネルギー」として使われるが、正確には(GeV/c2)であるとの説明です。

(光速度の二乗)ここが問題です。後に説明します。

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素粒子と 重力 は無関係

ヒトがわかるのは、物と事です。

物と事

素粒子と 重力 をに分けて考えます。

  • とは基本粒子(陽子、中性子、電子)
  • 重力=引力と地球の自転による遠心力の合力
  • 素粒子=物質をこれ以上分割できない最小の単位と考えられている粒子

但し、事とは、動き、運動、出来事です。当サイトでは、物事を次のように説明しています。

  • 物にはがある
  • 事にはがある
  • 何れもで表せる
  • 物の量にかかる数
  • 事の質にかかる数

 

標準理論?

物理学では、物質粒子と力を媒介する粒子、それと質量を与えるヒッグス粒子(注)に分けています。これを標準理論と言います。

図1 ノーベル物理学賞でたどる標準理論100年の歴史

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空間 はなぜ3次元なのか

前提が長いです。

物と事のわかり方

ヒトが(わかる)のは、です。この(わかる)を理解とか物の理と言います。このわかり方には順番があります。

  1. 物が”わかる”・・・・心の本体。Buddha、覚、情、ナサケヱダあるいは気、他力(気づかされる)などとも言う
  2. 事が「わかる」・・・・動き、運動、出来事と言う。また、アワレヱダとも言う
  3. 物と事が揃い、音韻に割り当てたのが言葉物事が揃って初めて言葉で言える
  4. 物事の意味が(わかる)
  5. 物事の価値が(わかる)
  6. 最後に、物事を意識して(わかる)
  7. 物と事が揃わない何かは、決して(わからない)
  8. この(わかる)を外のない内と言う

私たちが意識して理解できるのには、順と条件があると言うことです。

  • (わかる)=”わかる”+「わかる」

言い換えますと、人の物事に対する意味や価値、あるいは意識には限界があるというのを外のない内と言う訳です。ここで、注意すべき点があります。

  • 岡潔「情的に”わかる”というのがなければ、一切は存在しない」
  • 岡潔「大宇宙の中心は情である」

 

空間 はない

一方で、数学者の岡潔は 空間 について、次のように述べています。

  • 空間は量的質的にない

それでは、量的に質的にない空間が、どうして(わかる)のでしょうか。弧理論の骨子は以下です。 続きを読む

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感想 いつも 部外者

少し感想を書きます。管理人が調べたり、接触する方々、あるいは資料はいずれも専門家とされる方が述べた、あるいは書いたものです。それで感じるのは、

  • いつも 部外者 。専門外

と言う疎外感です。過去に似たような記事がありました。

管理人が参考にしている資料は、それらの内には研究者がいて、長きにわたって深く探求されてきたことは承知しています。

当然のことながら、彼らの視点、あるいは原点は研究対象である資料しかありません。そのことがどうも引っ掛かってきました。

何々の研究者、何々の学者、何々の僧侶等です。例えば、僧侶は帰依する宗教の教理、経典が伝える内容からしか話をすることはできません。例え、個人の考えがあってもです。

  • 職業、僧侶という範囲を超えることは決して出来ない
  • 職業、物理学者という範囲を超えることは決して出来ない

 

管理人が15年間を通じて、参考にした各資料の内には素晴らしいものを含んでいると感じます。それら資料に拘るのも当然です。それが専門家だからです。

  • 専門家という限界
  • 先端は末端でもある

どうしても、そう感じます。

 

ヲシテ文献といつも引用するある科学者の言葉から、何故か全てが論理的に、かつ演繹的に出てきます。その理由は、

  • ヲシテのカミと「ある科学者の言葉」は同一だから

に尽きます。

 

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