如来 に精神性は含まれていない

仏教の 如来 に精神性(spirituality)はないとわかりましたのでメモします。

注:人は自ら信じたいものを信じますので、これを阻むものではありません。

仏教の核

仏教については以下の2つでした。

  1. ”わかる”という働きという。岡潔の言う情、釈迦のBuddha、善導の覚、ヲシテのナサケヱダ、キ(気)に同じ。あるいはソウルマインドとも言う
  2. そのわかり方がtathāgata(如来)。如来は仕組みであって、わかり方には2つのがある

ヒトの心で何が”わかる”かというと、心以外の全てです。これを自然、あるいは宇宙と言います。

如来にある2つの類型

そのわかり方、即ち如来には類型が2つあります。

図1

3つの例を挙げました。上から相対性理論量子論と相対論を統合しようと試みて得られた超ひも理論(superstring theory)の数式からのイメージ、それと管理人が中学生向けの国語辞典から引用し作成した図です。

何れもパターンは2つあって、これが 如来 です。一番下を解釈すると次です。

  • スプーンは洋風の匙であり、匙はスプーン

と言う「往復、振動」あるいは「循環、ループ」という繰り返しです。そのパターンは2つあって、左側がこれまで言われてきた如来(往復、振動)です。

  • 互いに規定し合って成り立つ関係性によってのみ意味づけでき、言葉で言える。だから価値がわかり、意識できる。だから、如来は量れない

ですから、如来は2つの類型を持った仕組みであって、精神性は微塵もありません。勿論、如来に人格性はありません。擬人化したのは方便だろうと考えます。

興味深いのは、この類型が物質科学の基本となる点です。

 

三体問題

図1に示した類型について、気づいたことがあります。それは三体問題です。弧理論においては、物(物質)は基本粒子の3つのみです。

  • 基本粒子 陽子、中性子、電子
  • この3つは図1右の結節点に同じ

注:右の検索窓にて「三体問題」を検索すると過去記事は13件あります。

tathāgata(如来)のこれまでに知られていない類型である三体問題の良い動画がありますので貼ります。

動画1 三体問題と二重振り子の不思議な世界 | 鑑賞して楽しむカオスと調和の美 | VISUALIUM

丁度6:30辺りからのスクリーンショットを挙げます。

写真1

赤く囲った部分が基本粒子で構成される原子の運動に近いです。正に如来の仕組み、2つめの類型に近いです。また、水素原子のみが従前の如来(往復、振動)の形をしているとわかります。

 

ブラックボックス

ところで、物とは何かです。それは図1に示した赤い○、結節点です。これは過去に考察したとおり、ブラックボックスです。

弧理論においては、基本粒子である陽子、中性子、電子は内部構造を持たないブラックボックスだと解釈しました。この場合のブラックボックスは以下です。

  • 周囲の状況によって、状態を変える

内部構造は無いけれども、周囲にある2つの物の状況によって自らの状態を変化させるブラックボックスだと考えます。陽子、中性子は崩壊すると認められていますが、崩壊では無いと考えます。それは消滅、生成です。

  • 衝突 → 崩壊 → 観測できないクオーク? → 素粒子群の生成

ではなくて

  • 衝突 → 消滅 → 素粒子群の生成

の様です。そして、素粒子は粒子と名付けられていますが、波の一種である孤立波(ソリトン)です。波はではなくて、動き、運動、出来事、です。

そういう訳で、基本粒子は3つあって、それぞれが周囲にある2つの物(陽子、中性子、電子の内の1つを除く他の2つ)の状況(動き)に応じて自らの状態を変化させるブラックボックスだと考えます。

その類型が如来の仕組みだと言うことです。如来を言い換えますと二体問題、三体問題という2つの類型にまとめることが出来ます。

 

  • 古代インドの人たちは途轍もなく、論理的思考の持ち主だったとわかる。後に続く人々は、論理的思考に追いつけなくて、あるいは上手く説明できなくて、情緒的な内に閉じ込めてしまった。仏教において、純粋に信仰の対象となり得るのはBuddhaのみ。

それ以外にも、人の脳の構造やAIの仕組みも同じ如来の仕組みを持っています。

 

脳とAI、インターネット網

や脳を模して造られた人工知能(Artificial Intelligence)も如来の仕組みの内であるとわかります。図に示します。

図2 インターネット網

 

図3 脳神経とAI

何れも結節点(ブラックボックス)を結んだ繰り返し、循環だとわかります。

  • インターネット網
  • 脳細胞
  • ニューラルネットワーク

これで、脳細胞、FET等のトランジスタを大規模に集積した上で構築されたAIもインターネット網も図1に示した如来の類型に還元できることをおわかり頂けるかと思います。

 

まとめ

如来の仕組みという観点から、物質科学の基本となる三体問題のみならず、脳や、AI等からインターネット網の仕組みまで統一的に考えることができます。

そして、物理学者の目的である「物質とは何か」という問いに対する究極の答えを得ます。

  • 物とは何かわからないし、量れない。意味づけ出来ないし、価値もわからない。動き、運動、出来事、事と対となって、初めて意味を持つ
  • 物の量と関係が希薄な量子論は抽象である。何せ統計、確率は結果に過ぎない抽象だから

この事実がわかると物質科学の方向性が見えてきます。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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如来 に精神性は含まれていない への2件のフィードバック

  1. ききょう のコメント:

    気付かされたならば、お礼を言わなければならない。それがお念仏だと思いました。
    今回はとても深く考えさせられました。ありがとうございます。

    • Φ のコメント:

      同意です。六字名号は未だに唱えませんが、手を合わすのは「いただきます。ごちそうさま。」と同じです。こちらこそ、考える切っ掛けをありがとうございます。

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