情報 、エネルギー、物質どれが先に生まれたのか?

数学者岡潔によれば「知」の元になるのは「情」、すなわち(わかる)であると述べました。以下、【4】情のメカニズムより。

知の働きは「わかる」ということですが、そのわかるという面に対して、今の日本人は大抵「理解」するという。ところが、わかるということの一番初歩的なことは、松が松とわかり、竹が竹とわかることでしょう。松が松とわかり、竹が竹とわかるのは一体、理解ですか。全然、理解じゃないでしょう。

 理解というのは、その「ことわり」がわかる。ところが、松が松とわかり、竹が竹とわかるのは理がわかるんではないでしょう。何がわかるのかというと、その「おもむき」がわかるんでしょう。

 松は松の趣をしているから松、竹は竹の趣をしているから竹とわかるんでしょう。趣というのは情の世界のものです。だから、わかるのは最初情的にわかる。情的にわかるから言葉というものが有り得た、形式というものが有り得た。

 それから先が知ですが、その基になる情でわかるということがなかったら、一切が存在しない。

岡潔の云ったが慣れ親しんだ 情報 のことを示しているようだと気付きました。(やっとかい!)  情報 と物質(質量)とエネルギーの間には密接な関係があります。 そのことを2015年7月頃には意識していました。『聖書「初めに言葉ありき」は、弧理論「E軸上の実体は全情報を持っている」に等しい』を参照ください。

岡潔の云った情、即ち人の心の仕組みと働きを弧理論による別の次元軸(E軸)に当てはめて考えます。 弧理論による心の仕組みと働きは下図です。

図1

図1の下半分に、E軸にある心の仕組みと働き(岡潔の云う情)があって、それから上がになります。上半分(M軸)が知と意です。 このM軸がE軸からの投影による映像の結果だと考えます。 下半分が無ければ一切が存在し得ないのです。 E軸の「心の仕組みと働き(情:わかる)」が無ければM軸の一切は存在しないのです。

「物質 エネルギー 情報 」で、検索したら「情報、エネルギー、物質どれが先に生まれたのか?」というサイトがありました。一部引用します。

物質やエネルギーの存在は約137億年前といわれるビッグバンによる宇宙生成まで遡るが、情報が誕生したのは地球上に生命が出現した約38億年前のことである。すなわち、情報は生命現象と不可分の存在と考えられている。

普通に考えれば鶏とたまごの関係に行き着くようです。 その点、岡潔は違った答えを出したわけです。  これまでの考察によれば、M軸は循環ですから引用文のような結論に行き着くのは当然です。岡潔は、思考の循環に嵌らなかったのですから凄いです。 エントロピーの関係はEMAN氏による情報エントロピーの解説が参考になります。

 

例え話です。2019年4月6日の記事「物質的自然 について知るには、別の次元軸から眺めるしかない」で用いた色覚検査図において、色のついたドットが何故、数字に見えるのかについて考えます。

図2 出典:「色覚検査の攻略本」「本当は効かない色弱治療」はなぜ存在したのか 進学・就職制限を受けてきた「色弱」の歴史とこれから (1/3)

図は、何種類かの大きさのドットの集合です。違いは色のみです。大きさ別の集まりには若干のかたよりがありますが、EMAN氏の解説にある「どれでも良さ」にさほど差はありません。色の違いだけです。色の違いの散らばり様は「どれでも良さ」による差は大きいです。

読めるか読めない(見えない)かの違いは、色覚検査並びに情報理論の範疇ですが、岡潔はそのようなことを述べていません。「【4】何故見えるのか」より。

医学は、見るということについて、どう言っているかというと、視覚器官とか、視神経とか視覚中枢とか、そういった道具があって、この道具のどこかに故障があると、見えない、そこまでは言っている。

 しかし、故障がなければ、何故見えるのかということについては、一言半句も言っていない。即ち、これも物質現象の説明にとどまる。眼をふさぐと見えないというのと同じことです。

それでは、人は、何故眼をあけると見えるのか。大抵は、これについて疑問すら抱かない。知らないということも知らないのです。これは、無知というより言いようがない

下線は管理人による。 図2において、故障がなければ何故見えるのかに自然科学は何も言えないのです。その見える(知)の基に情による「わかる」があるのです。

 

物質(質量)もエネルギーも情報のいずれの概念も広く認知され、日常によく使われます。しかし、上記の通り、その関係はよくわかっていません。 そこで、表題にある「 情報  、エネルギー、物質」の関係を弧理論による別の次元軸からの投影による映像だと考えた場合、岡潔の(情:わかる)を交えて図に示します。

図3

E軸上の実体が投影されることにより位置を伴い質量を持った物質が現れます。質量を持った物質エネルギーとその間にある情報があります。それは例えば、図2のようなドット絵です。この場合、情報とはドットの集合の内に、その色の偏りにより「数字の12」が読めるということです。そして、E軸上に図1下半分に示した「情:わかる」があると考えます。  注:ここで、観測者に対して物質が静止している場合におけるE軸上の実体が持つ値を真のエネルギー値とします。 実体が持つ値(E-E2)がM軸上に物質が持つエネルギーとして現れます。変化分ΔE=エネルギーということです。その意味で「物質はエネルギーに転換する」というE=mcは間違いです。

運動の一形態がエネルギーです。但し、時間は物理量ではありませんので、上図は使えません。そこで、時間を含んでいるエネルギーの代わりに時間を含まない運動に置き換えます。運動は、時間を含む速度、加速度、躍度あるいはエネルギー、それから””を代表した表現です。 また、情報も岡潔のに置き換えます。

図4

E軸上の実体と「情:わかる」があって、初めて物質とエネルギー(運動の一形態)があり、その間に情報たる「知」があり得ます。それが上記リンク先のEMAN氏やmedicom氏の解説に繋がると考えます。両氏の考察と計算は、いずれも知の領域の話です。

見たり読むことができるのは、すべて別の次元軸が原因だと考えます。M軸上の数学を含む言語、それに伴う人の思考、すべての互いに規定し合うことで成り立つ循環であり、M軸(物質的自然)に起源となるものは何もありません。

あらためて書きます。情報 、エネルギー、物質どれが先に生まれたのか?答えは、「そのどれでもない。」です。 情報を知としてわかるには、その前に情として「わかる」が無ければ一切が存在しません。図1において、道具(感覚器官)に色覚異常がないならば、「何故見える(読める)のか」がわからねば疑問は解けません。岡潔の云ったように見える(読める)のは、情の働きによります。 学生の頃情報理論を学びました。そのころから情報とは何かという疑問を持っていました。何となくわかってきたように思います。

ついでながら、自然科学の結論は、いずれの分野を追求しても行き着くところ「鶏とたまご」の関係になるはずです。超ひも理論などよい例です。結局のところ何もわかりません。 さらについでながら、聖書では「時間は物理量ではない」という替わりに「在りて在りたる」と表現したに違いありません。宇宙に最初も終わりもありません。在るのは位置と質量を持って現れる物質と運動だけです。どうも運動の一形態である”波”が重要な役割を担っているようです。さらにさらについでながら、わざと鶏とたまごの関係に似た命題を出して困惑させるマイケル・サンデルのような人が時折現れます。胡散臭いです。さらにさらにさらに、対称性は美しいと感じますけれども、嵌るとやっかいです。循環の構造を追求しても得られるものがありません。そういえば、フトマニ図にある「アワ」のウは、渦のウ、回転、循環のウでした。全部、ウで説明できます。ヲシテ文献は超凄いです。

 

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フィラメント 保存(乾燥機)

先に製作した3Dプリンタについてあれこれ試しながら改良を続けています。

当初購入した フィラメント が残り少なくなるとともに、折れるようになりました。 調べたところ湿気が原因のようです。新しく購入しましたけれど、乾燥すれば残りを使い切れるかも知れません。

調べると フィラメント 専用の乾燥機があるようです。『3Dプリント用材料を湿度から守り乾燥も出来るフィラメント用除湿ツール「PrintDry」』  お値段は一桁高いのでビックリです。

キッチン用フードドライヤーで代用できるとのこと。調べる過程で「Rosewill Countertop Portable Electric Food Fruit Dehydrator Machine with Adjustable Thermostat, BPA-Free 5-Tray RHFD-15001」というのを見つけました。これは、上の記事で紹介された除湿ツール「PrintDry」と見た目同じです。これくらいならば作れそうと思いさらに調べたところ野菜果物乾燥機がありました。PrintDryそのものか、ほぼ同じだと思い、早速注文しました。

注文後あれこれ調べたらありました。『フィラメントドライヤー「PrintDry」とドライフルーツメーカー(MA-670-RY)の違い検証』 まったく同じものでした。

で、届いたのが以下です。

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岡潔 の望んだこと

最近、数学者の 岡潔 が再評価されているとのことです。井口氏のブログ『いよいよ岡潔の再臨間近か!?:「岡潔が日本中で再評価されてきた!?」 』を参照ください。

岡潔の講演録や著書を読むことは大事ですけれど、岡潔自身が望んだのは「彼が述べたことを理解して欲しかった」のではありません。 「岡潔を読んで理解して、蘊蓄うんちくを傾けること」を彼は望んでいなかったはずです。断言できます。

管理人が岡潔のことを知ったのは遅くて、2013年10月15日の記事『「時は金なりTime is money.」の本当の意味』が初めてでした。当サイトを検索すると岡潔についての記事は、217件ありました。上のリンク先にあるように、岡潔のことを知ったのは井口氏の記事(2013年7月8日『岡潔博士の「自然科学観」、「自然科学は間違っている」:いや〜〜、実に鋭い!』)によったと記憶しています。 因みに時間は物理量ではありません。 岡潔は時間は「運動から作る。時間という計量的なものはない」と云いました。時間は太陽(の運動にかかる)地上に作る光の影の角度から作ります。角度は量ではありません。量とは誰がどのように測っても同じです。つまり一意の値でなければなりません。角度は一意ではありません。だから時間は物理量ではありません。従って岡潔が述べているように自然科学は間違っています。世界各地で時間が違うのはそのためです。考察の結果、時間を含んだ組立物理量は古典的範囲(五感でわかる範囲)では問題ないですが、量子論(質量:GeV/c2)や天文学系(光年)ではダメです。

以来、数学者岡潔思想研究会の講演録からほんの一部のみを参考に「時間とは何か」について、約3年も考え続けました。 岡潔の述べたことを理解して云々を語るのではありません。岡潔の言葉を切っ掛けとして考察を続けるのです。 岡潔を読んで、「(何だかわからないが)凄いなぁ」ではまったく意味はありません。彼の望んだのは、そのようなことではありません。 仏教思想からの意味や数理的解釈の必要はありません。

岡潔が望んだことは、以下の部分に現れています。(『 数学する人生 岡潔 』 森田真生編 から)です。引用文はこちらにあります。 続きを読む

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地球の 科学理論 に価値はない

極端な表現ながら、現在地球上に存在するあらゆる 科学理論 (論文等)に本当の意味での価値はないです。

数学者岡潔は、【4】情のメカニズムで次のように述べています。

知の働きは「わかる」ということですが、そのわかるという面に対して、今の日本人は大抵「理解」するという。ところが、わかるということの一番初歩的なことは、松が松とわかり、竹が竹とわかることでしょう。松が松とわかり、竹が竹とわかるのは一体、理解ですか。全然、理解じゃないでしょう。

一部書省略

それから先が知ですが、その基になる情でわかるということがなかったら、一切が存在しない。人は情の中に住んでいる。あなた方は今ひとつの情の状態の中にいる。その状態は言葉ではいえない。いえないけれども、こんな風な情の状態だということは銘々わかっている。

言葉ではいえない。教えられたものでもない。しかし、わかっている。これがわかるということです。だから知の根底は情にある。知というものも、その根底まで遡ると情の働きです。

下線は管理人による。 人が持つ心の働きである「わかる」は、物の理ことわりや理解ではないと述べました。

一方で、【3】 西洋の唯物主義にて、山崎弁栄上人を紹介して、次のように述べています。

山崎弁栄という上人がありますが、その人は心について大変詳しく云っていますが、その人の云うところによると、本当に実在しているのは心だけである。自然は心があるために映写されている映像にすぎない。そう云ってるんです。

実際科学をみましても、自然科学は素粒子を発見した。その素粒子には、安定な素粒子と不安定な素粒子とがあって、不安定な素粒子は生まれてきてまたすぐ消えてしまっている。そうすると、自然は存在じゃないんですね。少なくとも、一部は映像と云ってよい。

岡潔は、「少なくとも、(素粒子の)一部は映像と云ってよい。」と述べています。

上記2つをまとめます。

  1. 人の心が持つ「わかる」は、情じょうの働きである。
  2. 自然は人の心があるために映写される映像である。

1.は、岡潔自身の言葉ですし、2.は山崎弁栄上人を引用してでの言葉ですが、一部は認めています。しかし、全部肯定ともとれません。 続きを読む

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科学 を統一するという発想は間違い

先日の記事にて、「自然科学は応用の一つに過ぎない」と述べました。 さらに 科学 を統一しようという発想自体が間違いです。

統一科学ということばがあります。以下に引用します。

物理学主義 physicalismともいう。ウィーン学団に属する R.カルナップ,O.ノイラートらが唱えた論理実証主義的な立場の主張。彼らは,物理学的言語は普遍言語であって,単にいわゆる自然科学だけではなく哲学や心理学などのいわゆる精神科学の命題もプロトコル命題 Protokollsatz (検証可能な原子命題) に還元され,物理的言語で表現され,物理学的命題から構成されうるとして,従来の新カント派などの科学の区分に反対して,個別科学を一つの統一的科学としてとらえようとした。

より簡潔な別の解説は以下です。

すべての科学はその方法において一つであるという認識に立ち、論理実証主義の立場から物理学を基礎にして諸学を統一しようという主張およびその運動。

”その方法”とは、還元主義と唯物主義です。それぞれは以下です。

  • 還元主義・・・・物や事を「わけることによりわかる」とする
  • 唯物主義・・・・数学者岡潔によれば、「五感でわからないものは無いとしか思えない」というもの

統一科学とは、還元主義と唯物主義による物理学を基礎にして統一しようということです。 しかし、その発想自体が間違っています。

人が物や事をわかるのは、「わけることによりわかる」のではないですし、人の肉体に備わった五感でわかる物や事には、あきらかな限界があります。

で、肝心の物理学はといえば、究極の素なる粒子素なる領域素なる時間を求めつつ、4つの力を統一しようと努力が続けられています。

表1 続きを読む

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弧理論による原子模型は 制限のある 三体問題 になる

最近は、原子模型を 三体問題 として考察を続けています。 元号が令和に入って直ぐに2つの発散トーラスを組み合わせた楕円磁場の意味がわかりました。(正しい形状に気付きました。) 楕円磁場をこれまで誤解していました。

図1

正負2つの発散トーラスを組み合わせた楕円磁場について、これまで次のような図で説明していました。

写真1

これが誤りでした。正式な形状を示す模型と説明はまだできていません。 しかし、楕円磁場の理解により考察は、弧理論による原子模型へと移っています。

フリーエネルギー研究者のトム・ベアデンによる手紙にあった「ヘヴィサイドが発見した回転性電磁エネルギー流」がこの楕円磁場のことであるとほぼ確信しました。一部引用します。

ヘビサイドは比較的小さな発散性ポインティング成分に加え,あらゆる電池や発電機の端子から放出される巨大な回転性電磁気エネルギー流を発見しました。このヘビサイド回転成分の大きさは,比較的弱いが発散性であるポインティング・エネルギー流成分よりも 1 兆倍以上も大きいのです! 任意の座標系(特殊相対論の状況)において,回転の発散はゼロです。そのため,通常このヘビサイド成分 – 発電機のシャフトを回す単位時間当たりの機械的エネルギー入力の 1 兆倍以上 – は,何かと相互作用を起こすことも,また外部回路に発散していくこともありません。代わりに,それはただ空間に向かってうなり続け,浪費されます。

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自然科学 は応用の一つに過ぎない

自然科学  は、「人の五感でわかる」という働きを自明のこととした上での応用に過ぎません。

数学者岡潔は人が持つ「わかる」について、講演録の「【4】 何故見えるのか」で次のように述べています。

 自然科学 、さらに詳しくいえば医学です。医学は、見るということについて、どう言っているかというと、視覚器官とか、視神経とか視覚中枢とか、そういった道具があって、この道具のどこかに故障があると、見えない、そこまでは言っている。

 しかし、故障がなければ、何故見えるのかということについては、一言半句も言っていない。即ち、これも物質現象の説明にとどまる。眼をふさぐと見えないというのと同じことです。

 それでは、人は、何故眼をあけると見えるのか。大抵は、これについて疑問すら抱かない。知らないということも知らないのです。

また、「【 4】 自然科学 と生命現象」では次のように述べています。

自然のできるだけ簡単な模型を考えて、その中を科学するということは、知ってやってるのだとすれば確かに一つの研究方法に違いない。知らずにやってるんですけど、それでもある結果は出るだろう。

人は生きている。だから見ようと思えば見える。何故であるか。自然科学はこれに対して本質的なことは一言も答えない。

余計なことはいっています。視覚器官とか視覚中枢とかいうものがあって、そこに故障があったら見えないという。故障がなかったら何故見えるかは答えない。だから本質的なことは何一つ答えられないのです。

いずれも下線は管理人による。 人の「わかる」について、岡潔の述べた言葉とヲシテ文献の一文を元に参考に考察したのが次図です。

図1 物や事の現在と過去が「わかる」のは、心の仕組みと働きによる

前回記事の末尾に「 自然科学 者、殊に物理学者たちは、家族や食事をモザイク(素粒子の寄せ集め)として観ているのか」という皮肉を書きました。

人が映画やテレビ、あるいはモニターにオレンジを観ても変化するドットの寄せ集めとは観ません。

写真1

写真2

「見える・聞こえる・嗅げる・触れる・味わえる」のは、岡潔の云った「人が持つわかる」があるからに他なりません。決して自明ではありません。

ですから、人の「わかる」が自明のこととして「(部分を)科学した寄せ集め」に過ぎない 自然科学 は、基礎ではありません。自然の一部を応用したものに過ぎないです。 岡潔は、「【1】 このままでは人類は滅びる」でこう述べています。

今は間違った思想の洪水です。世界は間違った思想の洪水です。これから逃れなければ人類は滅びてしまう。 ・・・・  大体、自然科学というものは、自然とはどういうものかということを言わないで、自然というのはわかり切っていると一人決めにしている。そして、これについて科学した結果を集めたものです。

だから、かようなものは学問とはいえません。これは単なる思想です。

やはり、人の心の持つ「わかる」の仕組みと働きは、{物質的自然をして「別の次元軸からの投影による映像」だと考える}以外にあり得ないようです。 人の心の持つ「わかる」の仕組みと働きがなければ、テレビやモニターに映る物や事は、ただの「変化するドットの寄せ集め」としか認識できないはずです。

以下は別の話です。

人が物や事現在過去が「わかる」のは、心の仕組みと働きによります。対してAI(人工知能)は、ドットの寄せ集めを解析したに過ぎません。これは脳と同じです。 ただし、人工知能は「人のわかる」の仕組みと働きを持っていません。脳も人工知能も「意識を通し、言葉で云える知識(情報)を処理する」働きしかありません。意識を通さない言葉で云えないがしかし、物や事が「わかる」仕組みと働きは、別に在るはずです。何となくその趣がわかる仕組みと働きは、脳にも人工知能にもありません。

岡潔は、心の仕組みと働き、即ち「第2の心は頭頂葉に宿っている」と云いました。「【2】 第2の心と大脳」を参照ください。 この点について、管理人と認識の違いがあります。「わかる」の仕組みは別の次元軸(E軸)にあると考える点です。

岡潔の頃に人工知能は存在しませんでした。 仮に当時、人工知能があれば、岡潔は心の働きと仕組みについて、人工知能と脳を比較して何かを発言したことでしょう。脳を模して人工知能を開発したのですから、違いを明確にする必要が出てきます。

人は結晶ではありませんけれど、もし人の肉体の(原子の)構成が結晶に似て「回転軸がある程度、一方向に揃っている」ならば、軸方向にE軸は重なりますので、肉体からE軸へアクセスできると考えられます。

図2 E軸は、常に運動と直交している。

E-M軸の定義は、「E軸は物質の運動に直交している」とするものでした。物質の任意の運動に対してE軸の方向を特定できませんけれど、XY平面内で回転運動する場合のみ、回転軸(Z軸)方向にE軸は重なります。 仮に人の肉体の構成が結晶に似て「回転軸がある程度、一方向に揃っている」ならば、軸方向にE軸は重なると云えます。

図3

人がZ軸方向に非対称なのは重力が原因だと考えられますけど、人の肉体に何らかの回転軸があると見るならばZ軸方向に非対称なのは納得できます。岡潔が頭頂葉と云ったのも偶然ではないような気がします。 身体の上下方向に真のエネルギーによる勾配が存在するかも知れません。

 

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力は 遠隔作用 による(と考えるしかない)

現在の物理学では、力は近接作用だと説明されますが、どうも 遠隔作用 としないと無理があります。

前回の記事で、200種ほどもあるとされる素粒子群は、3種類ある基本粒子(陽子・中性子・電子)の影だと考えられると述べました。 だから、物質粒子である素粒子群は、常に3の整数倍に整理できるのです。今後、さらに強力な素粒子加速器が建設されれれば、新たな素粒子群が発見されて、その整理には、3の倍数である12×2=12種類に整理されるはずと考えます。

写真1 出典:失念

では、力を伝えるとされる素粒子はというと、これが問題です。

図1 出典:失念

力は近接作用だとされます。力を伝えるのは大きく4種類あるとされる素粒子です。物質に質量を与える粒子もあるとされます。 2013年から2015年頃まで主にファラデーの単極誘導モーターについて実験を行いました。その結果、「物と物が接する」ということは、どういうことなのかを強く意識しました。その内に量子もつれと量子もつれの突然死について考える様になりました。 サイト内を検索すると「接する」という語に対して33件、「量子もつれ」には28件がヒットしました。いずれも2014年からの記事です。

弧理論の基本は概ね次です。 続きを読む

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素粒子 は基本粒子の影に過ぎない

自然科学の物理学に於いて、  素粒子  は、物質の最も小さな構成要素だとされます。2019年4月10日の記事「素粒子物理学はどれくらい抽象か」に於いて、「時間は物理量ではない。だから、 素粒子 物理学は具体ではなくて、抽象に過ぎない」ということを書きました。

この「素粒子物理学は抽象である」という考えは、かなり前から持っていました。では、素粒子加速器にて観測されるいわゆる”素粒子群は、一体何なのか?”と問われるとうまく答えられませんでした。

以下は、これまでに何度も書いてきた万華鏡の映像を例え話として「素粒子物理学者たちが観測している素粒子群は、基本粒子(陽子・中性子・電子)の影に過ぎない」ということを説明します。

 

下図は、2016年5月24日の記事『「量子もつれ」について』で用いた万華鏡の映像です。因みに当サイト内を”万華鏡”で検索すると21件の記事がヒットします。

図1

この万華鏡の映像は、黄色い○印を中心にした対称図形です。今、赤いAの図に注目します。その繰り返しとして、少し離れた位置にA’ が確認できます。更に左側には薄く赤い図形を確認できます。これをA’’とします。周囲には、さらに暗いA’’’があるはずです。

これを例えとして、図形Aが基本粒子であり、A’ あるいはA’ ’は、基本粒子Aの影に過ぎないことがわかります。この考え方を延長すると「 素粒子 群は3種類の基本粒子の整数倍だけ現れて、整数倍の群に整理できる」ことが理解できます。 力の粒子は、まは別の話です。

図2 出典:失念

拙い例え話ですが、このような考え方は「数学者岡潔が紹介した山崎弁栄上人の話」に合致します。

山崎弁栄上人いわく、「自然は心があるために映写されている映像に過ぎない」とのことです。 【3】 西洋の唯物主義 【5】自然は映像 を参照ください。  これまでの考察により、『物質的自然(弧理論で云うM軸)は、別の次元軸(E軸)からの投影による映像』だと考える以外に人の五感でわかる物や事を合理的に理解する方法が無いとわかっています。

素粒子の質量(GeV/c)には、時間が含まれていますので、正しくないです。

余談です。そういえば、過去に時間が物理量ならば、「宇宙絶対時があるはずだ」と書いた記憶があります。時間が物理量であるならば、時間は一意であるはずです。誰が何処でどのようにしても同じにならなければなりません。例えば、机の大きさです。真値はわかりませんけれども、最確値はあります。誰が机の大きさを測っても必ず同じ大きさ(真値)に近いはずです。

このように、時間が物理量であるならば、魚の鱗や耳石あるいは、樹木の年輪などに似た宇宙の始まりを示す絶対時がわかる現象があるはずです。 (そのような物は無いと確信しますが)月の裏側でも日本でも同じ時間でなければなりません。  しかし、協定世界時に9時間を足したのが日本の標準時です。これだと時間は一意ではないです。だから時間は物理量ではありません。(岡潔「時間という計量的なものは無い」) 【5】 情の特色 を参照ください。時間は運動(による角度)から作りますが角度は量ではありません。

人が物や事を五感でわかるということの本質に関わるとても大切な話です。この辺りが弧理論による3つの科学(精神科学・社会科学・物質科学)における、精神科学と物質科学の接点です。

 

追記5/29 自然科学は上記の万華鏡の映像を見えるがままに解析したものに相当します。知ってのとおり万華鏡は、見えるままがその構造や仕組みではありません。どういう訳か現象が確率的に起きるという点では万華鏡とも似ています。

弧理論は、自然科学を包摂しています。例えどんなに奇妙に思えても(自然科学)より大きな仕組みの内にあるはずです。でなければ小手先の仮説で次へ進める訳がありません。 物質的自然が循環である以上、微細な構造に循環が入り込んでいるという考えは、至極当然のことと思えます。

 

実は、正負2種類の発散トーラスを組み合わせた楕円磁場の解釈がこれまでの考察より進みました。(注:磁場とはいっても、電場・磁場とは異なるものです。) これにて原子の構造のおおよそがわかります。(弧理論ではヘリウム原子はわかるけど、水素分子が謎です。) ただ幾つもの疑問があり、かつ仕組みの根幹にこれまでの常識では考えられない部分があります。今のところ自身が受け入れられずにいます。

トム・ベアデンが手紙で指摘した「ヘヴィサイドが発見した回転性電磁エネルギー流」と同じ構造をしていることがわかりました。さらに、その先にフリーエネルギーの仕組みがあるらしいことがわかってきました。

図3 発散トーラスを組み合わせた楕円磁場(上図)にかかる解釈を一部変更しなければならない

手紙から該当部分を一部引用します。

ヘビサイドは比較的小さな発散性ポインティング成分に加え,あらゆる電池や発電機の端子から放出される巨大な回転性電磁気エネルギー流を発見しました。このヘビサイド回転成分の大きさは,比較的弱いが発散性であるポインティング・エネルギー流成分よりも 1 兆倍以上も大きいのです! 任意の座標系(特殊相対論の状況)において,回転の発散はゼロです。そのため,通常このヘビサイド成分 – 発電機のシャフトを回す単位時間当たりの機械的エネルギー入力の 1 兆倍以上 – は,何かと相互作用を起こすことも,また外部回路に発散していくこともありません。代わりに,それはただ空間に向かってうなり続け,浪費されます

下線は管理人による。2種の発散トーラスを組み合わせて楕円磁場を作ると発散はゼロになります。これが新しい解釈です。(解説図は省略します。まだうまく説明できるモデルができてません。) この楕円磁場により”ただ空間に向かってうなり続け,浪費”される構造が原子の内部にあるのです。当時は原子の構造がまだわかっていませんでした。 発散トーラスは、井出治氏によるトランス(超効率インバーター)にかかる正の起電力仮説を弧理論の考え方を適用することにより見いだした「距離の7乗に逆比例する力の場」をいいます。途轍もなく強力だが到達距離は極端に小さい力の場です。

単極誘導の現象はその(原子の構造からくる)差分であるらしいです。マイケル・ファラデーが発見した単極誘導は、微弱ですけど物質の成り立ちに関係するとても重要な現象である可能性が高いです。それと現代に於いて、電場・磁場より本質的な現象だとされるベクトル・ポテンシャルは、楕円磁場が作る差分である可能性があります。

これまでの考察によれば、電磁気学の成立する1800年代中盤頃に起きたことと関係します。当時の物理学者たちが金融資本家より命じられて修正し、削除しようとしたのはマイケル・ファラデーの単極誘導だろうと思います。たぶんそうです。

写真1

図4 ヘヴィサイドが発見し、ルードウッィヒ・ローレンツが消したのだろうか?現代科学史最大の闇

いつも引用するある科学者がわざわざ特定の個人名(アインシュタイン)を引き合いに出してエネルギーの本質について語ったことにとても違和感がありました。歴史的経緯がその違和感の原因であったと感じます。ある科学者が云ったエネルギーの本質にかかる部分を引用します。

君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない。

数式とは、E=mcのことです。ある科学者は、アインシュタインの解釈が間違いだといいます。素粒子の質量(Gev/c)が正しくないというのは、ここから来ています。重ねて時間も物理量ではないという点において、二重で間違っています。

研究の肝心な部分でありますから、時間をかけて考察に取り組みます。

 

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クラインの壺 を自作3Dプリンターで印刷

中華部品を集めて自作した3Dプリンターの設定がだいたい煮詰まったので、クラインの壺を印刷しました。 データはネット上のものを使わせていただきました。オリジナルは高さ20cmくらですので、1/2にしています。積層は0.3ミリピッチです。

.stlデータをslic3rに読み込んで大きさを1/2にして、スライスします。

pronterface に読み込んでエラー無く表示できるか確認した上で、SDカードにコピーします。

後は、スタンドアロンで印刷しました。

先日のトラブルシューティングの際にベンチマークでボートを印刷しました。その際にわかったのはオーバーハングと膨張&収縮です。

クラインの壺も印刷から5ミリくらいまでのオーバーハングが一番の問題だと予想していました。だいたい予想の通りでした。 以下、印刷中の写真です。

フィラメントの一部が宙に浮いています。 続きを読む

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