面白いので、Google AIに訊いてみました。意外な方向へチャットは進みました。
AIが出した外部リンクはそのままにしてあります。(人工無能 VS 人工知能)
Q: 昔あった イライザ より、お前は何がどう違うのか。 続きを読む
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。面白いので、Google AIに訊いてみました。意外な方向へチャットは進みました。
AIが出した外部リンクはそのままにしてあります。(人工無能 VS 人工知能)
Q: 昔あった イライザ より、お前は何がどう違うのか。 続きを読む
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。知的エリート の進歩に対する誤解があります。このことについては、これまでに何度か書いてきましたが、再度、異なる書き方をします。
数学者の岡潔は、次のように述べています。
講演録より「五感でわかるもの」を引用します。
物質は、途中はいろいろ工夫してもよろしい。たとえば赤外線写真に撮るとか、たとえば電子顕微鏡で見るとか、そういう工夫をしても良い。しかし、最後は肉体に備わった五感でわかるのでなければいけない。こう思ってます。
それじゃあ、どんなに工夫しても五感でわからないものはどうなのかというと、そういうものはないと思っている。「ない」といってるんじゃありません、「ない」としか思えないのです。だから、仮定とも何とも思ってやしませんから、それについて検討するということはしない。
五感でわからないものはないというのは、既に原始人的無知です。しかも、自分がそう仮定してるということにさえ気付かない。それについて考えるということができないというのは、実にひどい無知という外はありません。そう感じます。
で、そういう物質が自然を作っている。その一部分が自分の肉体である。
強調と下線は管理人による。これを引用したのは、2015年でした。要約すると、
この言葉は、明らかに 知的エリート のことを指しています。 続きを読む
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。最近も恩師であるA先生と情報交換しています。その一部を引用します。
人はまず、 気 づくところから始まると言う内容です。
A先生に、古くは2013年頃よりメールでお伝えしたことは、自然科学とかけ離れていますので、入りにくいと思います。
気は根幹をなすもので、その起源は3次元にありません。
しかし、 気 は、岡潔が懸命に伝えようとした「情」と同じものです。
当時、AIはありませんでしたから、無理な面もありました。しかし、誰でもAIが使える時代になりましたので、人との違いがわかりやすくなってきました。AIや脳に発見や創造が起きる仕組みはありません。少しずつ理解は進むと思います。社会学者の宮台真司氏は、YouTubeで、最近の物理学者は仏教に関心を寄せていると述べていました。自然科学では何もわからないままです。
理由は簡単です。
言語は、有限の要素(母音子音、記号等)の組み合わせに過ぎません。要素は互いに規定し合って成り立つ繰り返し、循環、ネットワークです。
どのような理論もこれを超えることはありません。国語の辞書も、国会図書館もインターネット網も必ず有限で閉じています。
人の思考は必ず循環ですから、まず、「気づいて」、意味がわかり、価値がわかります。最後に意識してわかります。
要は、人は物事を言葉でわかっているのではありません。この絶対的事実を殆どの人は知りません。
以上の内容は、岡潔と同じです。岡潔の言葉の要約を載せます。
これらの言葉は、すべて「気」にも当てはまります。
昨年、仏教の 如来 は仕組みであって、それにはもう一つの型があると記しました。

その発想は、相対性理論であり、超ひも理論でした。その原点にあるのは、「匙とスプーン」にあります。
上の各赤丸をA、B、Cとしますと、その型は、次のように言えます。
それから、幾つかの記事を書いて今に至ります。
ヒトがわかるのは物と事です。これまでの考察によって、如来は事だとわかってきました。事とは動き:運動、出来事です。
事実、上に示した如来の2つの類型は振動であったり回転です。2つは何れも事です。万物の動きは2つの類型の組み合わせに過ぎないとわかります。 続きを読む
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。正確には素粒子の質量として扱われるGeV/c2は、質量を意味する「数」ではありません。では、何を意味しているかを考えましょう。
前置きが長いですが、日常の出来事と対比させて詳しくご説明します。
まず、電子ボルト(eV)とは何かをAIに訊きます。
Q:電子ボルトとは?
A:電子ボルト(eV)とは、エネルギーの大きさを表す単位の一つです。主に原子や素粒子といった非常にミクロな世界のエネルギーを測る際に使われます。
定義
1電子ボルトは、「1個の電子が、1ボルト(V)の電位差の中で加速されたときに得るエネルギー」と定義されています。
主な特徴
・非常に小さい単位: 私たちの日常生活で使われる「ジュール(J)」に換算すると、1 eV ≒ 1.602 × 10?1? J という極めて小さな値になります。
・計算の利便性: 原子物理学の世界では、ジュールを使うと桁数が多すぎて不便なため、この「電子ボルト」という単位を使うことで数値を扱いやすくしています。
具体的な使用例
・可視光のエネルギー: およそ 1.6 ? 3.1 eV
・水素原子の電離エネルギー: 13.6 eV
・医療用X線のエネルギー: 数十k(キロ)~数M(メガ)eV
さらに詳しく知りたい場合は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の用語解説や、ブリタニカ国際大百科事典(コトバンク)などで正確な定義を確認できます。Q:正確にはGeV/c2ではないか
A:ご指摘の通り、素粒子の物理学において「質量」を表す厳密な単位は GeV/c2(またはeV/c2)です。
混同を避けるために整理すると、以下のようになります。
1. 物理的な定義の違い
・eV(電子ボルト): 本来はエネルギーの単位です。
GeV/c2: アインシュタインの式 E=mc2(エネルギー=質量 × 光速の2乗)に基づいた質量の単位です。
・式を変形するとm=E/c2 となるため、エネルギー(GeV)を光速の2乗(c2)で割ったものが質量の単位として使われます。
2. なぜ「GeV」だけで呼ばれることが多いのか
専門家の間や論文などでは、しばしば単に「質量は~GeV」のように表現されます。これには以下の理由があります。
・自然単位系の使用: 高エネルギー物理学では、計算を簡略化するために光速 cを1 と置く「自然単位系」が一般的に使われます。c=1 の世界では、E=m となるため、エネルギーと質量の単位を区別せずにeV や GeV で表記します。
・慣習的な略称: 文脈上「質量」の話をしていることが明らかな場合、分母の c2 を省略して呼ぶのが通例となっています。
まとめ
・厳密(SI単位系との整合性)に言うなら: 質量はGeV/c2 です。
・物理学の慣習(自然単位系)では: 質量もエネルギーも GeV で表します。
例えば、陽子の質量は厳密には約0.938 GeV/c2 ですが、物理学の文脈では「約 1 GeV」と表現されるのが一般的です。
要は、電子ボルト(GeV)は、「1個の電子が、1ボルト(V)の電位差の中で加速されたときに得るエネルギー」として使われるが、正確には(GeV/c2)であるとの説明です。
c2(光速度の二乗)ここが問題です。後に説明します。
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。前提が長いです。
ヒトが(わかる)のは、物と事です。この(わかる)を理解とか物の理と言います。このわかり方には順番があります。
私たちが意識して理解できるのには、順と条件があると言うことです。
言い換えますと、人の物事に対する意味や価値、あるいは意識には限界があるというのを外のない内と言う訳です。ここで、注意すべき点があります。
一方で、数学者の岡潔は 空間 について、次のように述べています。
それでは、量的に質的にない空間が、どうして(わかる)のでしょうか。弧理論の骨子は以下です。 続きを読む
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。少し感想を書きます。管理人が調べたり、接触する方々、あるいは資料はいずれも専門家とされる方が述べた、あるいは書いたものです。それで感じるのは、
と言う疎外感です。過去に似たような記事がありました。
管理人が参考にしている資料は、それらの内には研究者がいて、長きにわたって深く探求されてきたことは承知しています。
当然のことながら、彼らの視点、あるいは原点は研究対象である資料しかありません。そのことがどうも引っ掛かってきました。
何々の研究者、何々の学者、何々の僧侶等です。例えば、僧侶は帰依する宗教の教理、経典が伝える内容からしか話をすることはできません。例え、個人の考えがあってもです。
管理人が15年間を通じて、参考にした各資料の内には素晴らしいものを含んでいると感じます。それら資料に拘るのも当然です。それが専門家だからです。
どうしても、そう感じます。
ヲシテ文献といつも引用するある科学者の言葉から、何故か全てが論理的に、かつ演繹的に出てきます。その理由は、
に尽きます。
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。
矢作直樹氏が 中今 について語る興味深い動画がありましたので、メモします。
動画 世界の新しい姿】2026年から人類文明は大転換期を迎える!断言する「脳はただの〇〇に過ぎない」|矢作直樹×小名木善行
7:00~からです。小名木善行氏が次のように述べています。
小名木氏「この瞬間に、やるべきことを一生懸命にやっていくこと。まさにこれが中今にいきるという事なのかな?」
矢作氏「逆にそれを意識しなくても良いかなっていうか・・・・」
「自然体でいることがよい。」と続きます。
ここで、当サイトが強調してきたのが、弛緩と関心です。矢作直樹氏が動画で述べているのは、これです。
図で示します。

時の内に因となるのが現在であり、これが中今です。
物が”わかり”、物の動き、運動、事が「わかって」、初めて言葉で言えます。これが知識、意識であって、それらは既に過去です。
ですから、矢作直樹氏は、その辺りをよく会得されていて、実践しておられることが動画から(わかり)ます。
ご参考まで。
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。
仏教の 如来 に精神性(spirituality)はないとわかりましたのでメモします。
注:人は自ら信じたいものを信じますので、これを阻むものではありません。
仏教については以下の2つでした。
ヒトの心で何が”わかる”かというと、心以外の全てです。これを自然、あるいは宇宙と言います。
そのわかり方、即ち如来には類型が2つあります。

図1 続きを読む
ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。