仏教の 如来 の解釈において、部分的に間違いがあるとわかりました。
仏陀と如来
以前、仏教を三行で書き下して、如来には3種類あると示しました。
- 2026年3月30日 仏教 を3行で
仏教 の核となる部分は次で表せます。
- わかると言う働きを仏陀(Buddha)
- わかり方を如来(tathagata)
- 創発を他力
そして、如来のわかり方には3つの形があります。その内の1.2.の解釈に誤りがあります。
- 往復(振動)
- 循環(回転)
- 再帰
動画1 27仏教とは何かを考える 仏教の核を三行で
3つの「わかる」
人がわかるのは物と事です。

Copilotより生成
図1
- 物の量:リンゴ。砂糖。水。リンゴ飴
- 事の質:固い。柔らかい。熱い。冷たい。運動、波、熱、圧力、光による色など
事とは出来事、動き(運動、速度、加速度)です。ついでながら、運動から時間を作りますから、時間は事です。
これら事のわかり方に3種類あるということです。それが 如来 です。
如来は、次の様に言われます。
- の如し、の如し、の如し・・・・
- ~のような、のような、のような・・・・
これは、相互依存の関係を示しており、仏教的に言えば、決して量れません。それらの如来の形が3種類あると言うことす。
その上で、宇宙人ア・ランは、現代の物理学について次の様に指摘しています。
間違った解釈
ア・ランは物理学の相対性理論について、次の様に述べています。
君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない。
数式とはE=mc2の数式を言います。よく知られている様に、解釈としては次です。
- 物質とエネルギーのは等価である
これは、指摘の通り「物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなる」と言う文言に等しいです。
これは、そのまま如来の形に当てはまります。
- 物質はエネルギーの如し、エネルギーは物質の如し
ですから、ア・ランの指摘により、如来の解釈は部分的に間違っているとの結論に至ります。
指摘は本当か?
宇宙人ア・ランの指摘が正しいかどうかが問題になります。例を出します。
- 空気(窒素約78%、酸素約21%etcの混合気体)は物である
- 音は空気の疎密波で、空気中を伝わる出来事(事)である
物質を空気とし、エネルギーを音としますと、
- 空気は音と等価である
- 空気は音に転換するし、逆にもなる
- 空気は音の如し、音は空気の如し・・・・
どう見ても間違っています。問題の本質は、
- 自然科学には物と事の区別がない
この一点にあります。
ここに興味深い動画があります。
動画1 イエスと釈迦に学ぶ「冷たい社会」の生き抜き方|宮台真司×海沼光城×川嶋政輝
宮台真司氏は、数学者ロジャー・ペンローズの量子脳理論について語っています。
10:00~からです。
特に13:00~辺りから文字起こします。
量子もつれ現象。それを利用しているってことが、次々分かってきたんです。なので要するに、人間の脳も脳の外にある量子との量子もつれ状態があるだろう。ということがますますたしからしくなってきた。
量子もつれというのは、同じ時間における空間的な距離が空いた特別な物質で二つに分けた電子とか量子の間の話って考えるんだけど、そうじゃないんです。
量子もつれは時空を超えるので。高次元から見た場合には時空を超えるので、過去の存在と量子がもつれたり、未来の存在と量子がもつれたり、同時代の存在と量子がもつれたりするんです。
量子脳理論というのは、面白くて、僕たちが超能力だと思っているもの。特に超常的な体験だと思われているものの多くを説明できる立て付けになっている。
強調や下線は管理人Φによる。
素粒子等の総称として量子と呼ばれます。ただ、素粒子は孤立波(ソリトン)です。物質として扱われていますが、同時に波=事(確率波)でもあります。
ここで、管理人は実験的事実を否定しません。その解釈が問題だとの認識でいます。
お気づきですか。時空とは時間、空間を言います。
それで、宮台真司氏は、「量子は時空を超える」と述べています。その結果を「過去、未来、同時代」が「もつれたりする立て付けになっている」と述べています。
ここが問題です。物の量が出来事ともつれる。つまり、物理学者は、孤立波の実験による結果=出来事に「物と事の区別はない」と解釈しているということです。その原因はE=mc2の数式(の解釈)にあります。
- 彼ら物理学者は、時間とは何かまったく考えていない
当たり前のことながら、ミクロの状態(確率波:出来事)がマクロな日常の状態(出来事)にそのまま適用できるはずありません。
では、宇宙人ア・ランは、量子論について、どのように述べているかです。
量子論の解釈
ア・ランは、量子力学について次の様に述べています。
地球の科学者は電子が粒子で、波動性の二重性をもつものと定義せざるを得ない状態にある。彼らは電子は確率波をもつ粒子だということによってこれを正当化させようとしている。これは心で描くことのできない状態であって、そのために進歩の唯一の方法として抽象的な数学に頼らねばならなくなる。
正に宮台氏が伝えたロジャー・ペンローズの話に近いです。
- そもそも時間とは何かを考えていない
- 時間とは過ぎ行く運動の記憶に基づいて抱く観念に過ぎない
- 時間は時の過ぎた過去。出来事は起きてからしかわからない
- 量子力学での実験の結果(出来事)を元々の(物と事は等価)という理屈で解釈
- その結果、
- 時の「過去・現在・未来」という記憶に基づく観念(事)と空間(場所)を混ぜこぜにしている
このような理論(解釈)は心で描けません。これを正当化させようとしても無理があります。
- 彼らの量子脳理論を冒頭に示した「空気と音」の話に戻す
- 量子論は、音楽の音階や音質に相当する
- 空気と音楽理論の間には何の関係もない
- 量子脳理論はア・ランが言う単なる抽象に過ぎない
- 私たちが生活する世界と量子論の解釈(立て付け)には何の関係もない
何故、これ程単純なことがわからないのでしょうか。
アインシュタインの誤った結論(物と事は等価)は、何処までも付いてきます。
物理学者が 関心を寄せている仏教の如来 における解釈の間違いに気づくのは何時のことでしょうか。


