やっと気づきました。古代よりインド人は数学が得意です。この線で考えるとスッキリします。
ひな形
仏教の核となる{須弥山と如来}は、自然科学の{時間空間と相対性理論・超ひも理論}の関係に等しいです。大体次になります。
- 仏教-仏陀 ≈ 須弥山A:如来の形B ≈ 時間空間A:相対性理論超ひも理論B
一寸わかりにくいので、仏陀を除いて表にします。仏陀とは人の心です。
______________古代インド 西洋
宇宙観(模型)| 須弥山A | 時間空間A
形 | 如来の形B | 相対性理論、超弦理論B
要は、西洋が創り出した自然科学の原型は遡ること2500年、古代インドの仏教にあって、仏教から仏陀(心)を抜いたものが自然科学ということになります。
仏教は自然科学のひな形です。但し、自然科学には人が持つ心がありません。
ですから、
- 脳科学は意識の座を見つけられなかった
須弥山
仏教には数が何度も出てきます。端的にあわらしているのが須弥山です。
図1 wiki須弥山より
陸の広さ、川の長さ、海の広大さ、山の高さ、天の大きさ。そして、時の長さを表しています。これは現代で言えば、時間と空間です。
時の長さは、時間として表されています。調べてみました。
- 刹那・・・・一説には、指を弾く時間の65分の1とのことで、指を弾く時間を約0.5秒とすると、0.5÷65≈.0075秒となる
- 劫・・・・「刹那」が極小の時間であるのに対し、「劫(こう)」は想像を絶するほど長い時間を表す仏教用語
図1より左上に読み取れるのは、「八万劫」とあります。須弥山の図は、空間の大きさと時間の長さを表していて、自然科学の時間空間に同じです。
それで、古代インド人は、数で表せないとして無量としました。但し、
- 数学者の岡潔「(自然科学者の)時間空間というのは、かんたんな模型であって、自然そのものではない。」
としています。この点は注意が必要です。
如来の形
如来は、如来二種回向として知られていますが、3つめの形がありました。
- 往復(振動)
- 循環(回転)
- 再帰
上の2つの形は何れも相互依存の関係ですから、数えられませんし、量れません。例えば、2進数1桁の数はというと、
- 1は0の如し、0は1の如し
3つめの再帰は、例えば階乗です。5!はというと、
- 5!=5×4×3×2×1×0!
- n!=n×(n-1)!
自身を呼び出す形が再帰です。但し、0!を1と定義(意味づけ)します。ですから、3の形は1の形に戻りますから、数えられません。
相対性理論
相対性理論に付いて考え出したのは、ある科学者(宇宙人ア・ラン)の言葉が切っ掛けでした。
君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない。
E=mc2の数式における解釈の間違いを指摘しています。
それで、参考になったのは杉岡氏のサイトでした。
この記事から相対性理論が循環であるとわかりました。
運動 → 時間 → 光速度 → 時間・空間・重力
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直ぐに古代インドの宇宙観に重ねました。

図2 インドの亀蛇宇宙図に相対性理論の循環を重ねた図
これは偶然に気づいたことですが、古代インドの宇宙観は、如来の形を図形にしたとも解釈できます。
超弦理論
超ひも理論とも呼ばれる超弦理論は、E=hν(イー・イコール・エイチ・ニュー)と言う数式で表されます。この数式は、上に示したアインシュタインの物質とエネルギーの関係式を波に置き換えたものです。
ア・ランの言葉をこの数式に当てはめます。
- 光子はエネルギーに転換するし、その逆にもなると言うが、本当は一つの実体の異なる側面に過ぎない
余談です。この表現は(多分)間違いだと思います。正しくは、
- 電子と光子は一つの実体の異なる側面に過ぎない
ところで、超ひも理論は、図形で表されることが多いです。

ICLの物理超弦理論とブレーン世界
図3
循環
それで発想したのは、相対性理論の循環と超ひも理論の循環です。図3から下をイメージしました。

図4 超弦理論とブレーン世界より作成
E=mc2もE=hνの何れも、相互依存の関係(循環)にあると気づいたからです。
そして、上はそのまま如来の形だと言うことは明白です。
如来と自然科学の間違い
当然のこと、自然科学の得た結論を如来の形で言い表すことが出来ます。
- 物質はエネルギーの如し、エネルギーは物質の如し
- 光子はエネルギーの如し、エネルギーは物質の如し
でも宇宙人ア・ランは言います。
- 本当は一つの実体の異なる側面に過ぎない
インド・ヨーロッパ語族
インド人と西洋人は同じ語族だと言います。それで考えたのが下図です。

図4 「数」の地政学
- ゼロの発見
- アラビア数字
- 貸借対照表
- ギリシャの自然哲学
- 産業革命
- 自然科学思想
という流れです。それで、古代インドの仏教(仏陀、須弥山、如来)から心(仏陀)が抜けて、遅れること2000年余、西洋で自然科学が発達しました。
しかしながら、西洋人が17世紀ニュートン以来、20世紀後半までかかって辿り着いた自然科学の結論(図3,図4)が既にインドで考えられていたと言う結末でした。
仏陀は科学にならない
と過去記事に書きました。
- 2024年1月19日 “Buddha”は科学になり得ない その理由 【 阿弥陀仏 】
いろいろ書いていますが、このままでは、物と事がどのように現れるかの仕組みがありません。これは自然科学でも同じです。そもそも言語は循環です。それに気づかず2000年程も経ってから科学したのが西洋人だった訳です。もっとありますが、省略します。



