先般の記事について、改めて。
- 2026年3月30日 仏教 を3行で書き下して
- AIクロードとのチャットで確かめた
如来と物理学が得た結論
以下は、仏教の仏陀と如来、それと他力です。
- わかると言う働きを仏陀(Buddha)
- わかり方を如来(tathagata)
- 創発を他力
そのわかり方(如来)には、3つの形があります。(如来三種回向)
- 往復(振動)
- 循環(回転)
- 再帰
1.と2.の形は、

図1 上が相対性理論(E=mc2)の往復と循環、
下が超弦理論(超ひも理論)(E=hν)の往復と循環
17世紀ニュートン以来の物理学者が得た結果と同じです。
そして、物理学者たちが出した数式の意味合いは、
- 物質とエネルギーは等価
- 素粒子とエネルギーは等価
と言う認識です。(実は間違っていますが。)
- 物質はエネルギーより優れているということはないし、逆もない
つまり、如来のはわかり方には、優劣も価値観の違いもありません。
- 如来三種回向には、意味はあっても価値観はない
そもそも、
- 如来は形であって信仰の対象ではない
対となる物と事
物と事は対となります。これらの対の例を幾つか挙げます。
- 右と左(思想的にも)
- 上と下(身分や立場にも)
- 表と裏(コソコソやる)
- 真と偽(真実、真理と叫ぶ)
- 正と負(自分こそが正義と叫ぶ)
- 神(GOD)と悪魔(信じると掬われる)
- 天と地:天国(極楽)と地獄(に落とされる)
- 優と劣(苛まれる)
- 光と影(陰謀論)
- 過去と未来(希望はあるか)
- 動と静
- ハレ(晴れ)とケ(褻)(日常と非日常)
- 自と他
- 需要と供給(経済原則)
- 原因と結果(因果応報、自業自得)
- 建前と本音(嘘と偽り)
- 試行と錯誤(行って見てやってみる)
- 紆余曲折(色々悩む)
- 清濁併呑(青二才)
- 古今東西(何時でも誰でも皆)
神(GOD)は信仰にならない
ご覧の様に、神(GOD)は如来の1.ですから、価値観はありません。人が勝手に決めて、勝手に信じているだけです。
ですから、神(GOD)は信仰の対象になり得ません。
伊勢神宮にお詣りしたことは何度かありますが、確かに厳かで気分が変わります。しかしながら、奉られている天照大神は、八百万の神の親玉のような存在であって、対となる悪魔(崇拝?)とでも言う様な何かはありません。
対を形成するに必要な価値観が原罪です。
原罪
日本人に原罪はありませんので、神社に神(GOD)と同等の何かは無いようです。
知恵とは知識、情報、記録、記憶でして、物事のわかった記録です。
これの何が罪かというと、言語に物と事の区別がない場合、過度な抽象を高等(進歩)だと勘違いして自滅する罪です。物事の関係は次の3つです。
- 物と物との関係
- 物と事の関係
- 事と事の関係
事と事の関係がくせ者です。これを抽象と言います。抽象には階層があって、階層が深いと、言葉はあるが、意味も価値がわからなくなって、知識、意識の限界に達します。嵌まると人は心を病みます。
賢い人たちの難しい話を聴くと、
- 凄い自信満々で、その人は心地よいらしい
- でも、再帰に嵌まっているかも知れない
その点において、日本語の成り立ちはヨソヤコヱ(48音韻)にありますから、最初から物と事の区別があります。

図 48音図表日本ヲシテ研究所より引用 物が”わかる”を5つの母音に、事が「わかる」を10の子音に割り当てた
シオニストによるハルマゲドンは、その最たるものです。
- 人は物事を言葉でわかっているのではない。物と事は依存関係にある。その形が如来三種回向
これが如来の本意です。何を信じるかは自由ですが、順位はあります。


