シラス・ウシハク と数学者岡潔

前回と前々回の記事に続いた「精神科学」の解説です。 シラス・ウシハク の一般的な解釈をねずさんのブログ「ねずさんのひとりごと」より引用します。ねずさんは「シラスとウシハク」で次のように説明しています。

そしてこのときの言葉の中に、
1 大国主が領(うしは)ける国
2 我(あ)が御子の知らさむ国
という、明確な対比が出てきます。

この「知らさむ国」の「知らさむ」が、「シラス」です。
「シラス」は、古い日本の言葉で、「シラス、シロシメス」などと活用されています。
「シラス」は、「シメラフ」とも活用され、これを漢字で書くと「統(し)めらふ」、つまり「統(す)めらみこと、いやさか」の「統(す)める」となります。

どういう意味かというと、これは「知らしめる」で、いま風にいうと、何かをやろうとするときの情報の共有化です。
つまり「知らせ」を聞いたみんなが情報を共有化し、互いに必要な役割を定め、みんなで一致団結、協力して国造りをする。
そのときの中心核が「シメラフ」御存在となります。

どうも管理人の理解ではシルは「領る」であり、シルの尊敬語がシラスであったと記憶しています。ねずさんの記事ではシラスは、「知らしめる」との解釈です。転じて「統(す)める」と解釈出来ると説明しています。 概ねOKですけれども、シラスは単に情報を共有するという消極的なものではありません。それでは現在の状況と変わりありません。

図1

岡潔は、「(あるかないかもわからない)何かに関心を集め続けることにより知的に言い表せるようにする」作業を推奨していました。前回記事の引用を再掲します。岡潔に関する著書「数学する人生」より。

大宇宙は一つの心なのです。情だといってもよろしい。その情の二つの元素は、懐かしさと喜びです。p35
情は常に働いていて、知とか意とかはときに現れる現象だから、情あっての知や意です。「わかる」というのも、普通は「知的にわかる」という意味ですが、その基礎には、「情的にわかる」ということがあるのです。
わたしは数学の研究を長くやっていました。研究中は、あるわからない「x」というものを、どこかにないかと捜し求めます。捜し求めるというより、そこにひたすら関心を集め続ける。そうすると、xの内容がだんだん明らかになってくる。ある研究の場合は、これに七年くらいかかりました。p37
xがどういうものかわかってやるのではありません。わかっていたらなにも捜し求めることはない。わからないから捜し求める。関心を集め続けるのです。
わからないものに関心を集めているときには既に、情的にはわかっているのです。発見というのは、その情的にわかっているものが知的にわかるということです。
数学に限らず、情的にわかっているものを、知的にいい表そうとすることで、文化はできていく。p38
情の働きがなければ、知的にわかるということはあり得ません。知や意は、情という水に立ついわば波のようなもの。現象なのです。

下線は管理人による。 理解とは、知的にわかるということであって、皆が知的にわからない(あるかないかもわからない)何かについて問題だと感じて知的にわかる(理解できる)ようにするのがシラスです。単に情報を共有するだけの消極的な意味はありません。それだと指揮統率するという意味で総理大臣でOKです。

面白いことがあります。この何かに関心を集め続ける、努力感のない精神統一という状態の外観はというと、何か惚ほうけたような間抜けな感じを受けます。管理人は、岡潔の著書「数学する人生」の見開き序文の前のページにある写真を気に入っています。引用したいのですがネット上に見当たりません。絵的にもちょっと感があります。でも岡潔は本当に凄い人です。

情的にわかっているものを、知的にいい表せたなら、そのことを皆に知らせるのですが、皆から観ればこの外観は、今で云うトランス状態あるいは見方によっては祈祷・呪術と変わらないのです。

図2 「関心を集め続ける」作業がやがて祈祷する神頼みとお告げになっていった

そして、シラスは、本来「知らす」なのですが、時代が下って行くにつれて段々と「お告げ」へと変化していきます。でも日本に予言は馴染みません。神武天皇以来、渡来系の人が多くなるにつれて、祈祷に変貌するとともに、人々もお告げあるいはご神託だと解釈するようになったようです。今では形骸化した儀式・式典になっています。

数学は後付けだと記したことがあります。数学者岡潔は数学を使って証明をし、それを発表します。(彼は証明以前に知的にわかっていました。具体的な証明はその後です。)しかし、誰も彼の論文をお告げだなどと云いません。 情的にわかっているものを、知的にいい表そうとすることで、文化はできていくのです。文化はお告げでできていくのではありません。ただ情報を共有するだけでは、文化はできていきません。残念ながらねずさんの解釈ではうまくいきません。天皇は単なるリーダーではないのです。

サイト内を検索したらシラス・ウシハクに言及している記事は21件ありました。2016年2月には、『五感で分かるものを分けることにより「分かる:理解する」には明らかに限界があります。シラス・ウシハクのシラス→「シル:知る」により進むしかありません。』と記しています。この頃よりかなりはっきりしてきました。 自然科学は時間を用いているのでいくら勉強して習得してもダメです。

 

因みに管理人は、散歩やウォーキングのおりに思索します。眼は開けていなくてはいけません。努力感なく関心を集め続けるのは至難の業です。反復復習がほとんどです。気が散るので続けられません。下手な考え休むに似たりです。近頃の思索のキーワードは以下です。まとめると多いです。

別の次元軸(E軸) 物と事 物質(陽子中性子電子) 質量 位置 運動 波は運動の一形態 確率は波と質量の間(確率は結果) 関係位置 エネルギー 情報とエネルギーの関係 どうすればエネルギーは流出するか 回すより回る 単極誘導との関係  回る運動において関係位置を変えればエネルギーの流出を観るはず。恐らく物と物との関係、即ち「事」の内にフリーエネルギーはあるはず。それも情報と深い関係がある。人類未発見の物質などといったことはあり得ない。それだと石油利権の現在と少しも変わらない。実現した場合余剰のエネルギーは発光現象になるだろう。オーロラに同じ。E軸上の実体のバランスをどうしたら崩せるのか。実体が投影されて発散トーラスになる。正負2つの発散トーラスの組み合わせが楕円磁場(裏の磁場:多分ベクトルポテンシャルに同じ)。楕円磁場の表が通常の磁場。現状、時間を用いず説明しようとすると別の次元軸を考える以外に方法は無い。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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