なぜ、「人は自分の望むものを信じたがる」のか?

ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Caesar)の名言に「人は自分の望むものを信じたがる」というのがあります。調べると

ユリウス・カエサルの名言や「【確証バイアス】 人は見たいものしか見ない・人は自分の望むものを信じたがる|ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)の名言に学ぶ」に詳しく書かれています。ほかに次のような表現もあります。

  • 人は喜んで自己の望むものを信じるものだ。(Men willingly believe what they wish.
  • 人は見たいものしか見ない
  • 人は自分の望むものを信じたがる
  • 人は見たいものしか見ない
  • 人は大抵、信じたいと思うことを容易に信じる
  • 見たいと欲する現実しか見ていない

概ね、人は自ら信じたいものを信じるという意味でよいようです。このカエサルの名言は、心理学や哲学的な意味合いで語られています。

では、なぜ、人は信じたいものを信じるのでしょうか?リンク先にあるような「確証バイアス」より、もっと根源的な説明をします。

 

  • 岡潔 「心理学者は知らない。」(人に心が2つあることを指して言った言葉。第1の心と第2の心であり、心理学者は、人に第2の心があることを知らない。)【1】2つの心

世界に言語は6900くらいあるとされます。(世界にいくつ言語があるか?)そして、言語の数以上に多いのが宗教です。日本だけでもおよそ、18万以上の宗教法人があります。(日本の宗教

何故、これほどまでに言語と宗教の数は多いのでしょうか

  1. 宗教 ・・・・ 人間の力や自然の力を超えた存在への信仰を主体とする思想体系、観念体系であり、また、その体系にもとづく教義、行事、儀礼、施設、組織などをそなえた社会集団のこと。
  2. 言語 ・・・・ 音声や文字によって、人の意志・思想・感情などの情報を表現・伝達する、または受け入れ、理解するための約束・規則。また、その記号の体系。

難しく定義されていますが、宗教とは教義や経典と信者と信仰を要件としているようです。言語と言葉は少し異なるようです。ここでは言葉について考えます。

  • 言葉・・・・ 意味をもった、口から発せられたり、何かに書かれるもの。

これまで度々、記事にしてきました。

  • 言葉は互いに規定しあって成り立つ循環、繰り返しであり、物や事の関係性の内に成り立つ。

言葉の成り立ちを説明するために例として「匙とスプーン」の関係を何度も取り上げて記事にしてきました。因みにサイト内を「匙とスプーン」で検索すると25件の過去記事があります。

一言で言えば、人は言葉でわかっているのではありません

  1. 第1の心 意識を通し言葉で言えるわけることによりわかる。わかるの語源はわける。すべてを覆っているが、外へは一切出ていない。(外のない内)シヰ:生命維持の欲求。
  2. 第2の心 意識を通さず言葉で言えないが、何となくその趣おもむきがわかる。情的にわかる。タマ:心の本体。

第1の心の肝である「言葉で言える」について。言葉は物や事の関係性の内に意味をくみ取れるのであって、必ず繰り返し、あるいは循環が入ってきます。人の思考には必ず繰り返しが入ってきます。必ずです。回避することは不可能です。

  • 岡潔 「自然数の1は決してわからない。」2進数で言えば、1は0でない数。0は1でない数。循環だから決してわからない。

要は、人は言葉でわかっているのではありません。だから、最後は、第1の心が持つ生命維持の欲求に従って自ら信じたいものを信じるのです。

言語が多数あることも、宗教が多数あることの理由としてあげられるのは、人は物や事を言葉でわかっているわけではないからです。

  • 在ることは確かだが、それが何かは決してわからない。これが自然の力を超えた存在の正体
  • Buddha、仏、覚、如来、岡潔の情、ヲシテ文献のアウワ、soul mind、「アルファであり、オメガである。」のいずれも、何かを言い表そうと苦心した結果であるが、決して言い表せない。(外のない内)でしかない第1の心が持つ限界
  • ここから、何かへの信仰ができる。

サイト内の検索で「外のない内」の記事をお読みください。これまでの考察により、世界の主だった宗教が伝えようとした事柄は、概ね同じ内容であることがわかっています。だから、世界の人たちの心の仕組みと働きについての理解が進めば、宗教は一つに収束するだろうということです。 人類がこの収束に失敗すれば、そのとき、人類は滅亡するはずです。

  • 弧理論による社会科学の帰結。世界の宗教は一つに収束するだろうが、人類がこの収束に失敗すれば、人類は滅亡する。2つの心の乖離による必然と考えられる。

過去記事リンク

 

追記9/23 サイト内を「信仰」で検索すると42件の記事がヒットします。「人類最大の信仰はお金だ」という皮肉を込めて、信仰について書いてきました。

信じたいものを信じるというのは、「(自己の存在を鑑みるに)在ることは確かだが、それが何だかわからないので、縋るものを求めている」状態に過ぎないことがわかります。その典型がお金時間です。お金も時間も””に過ぎません。数は確からしいですから、安心があるような気がします。 いや、単に気がするだけで、それこそ信じたいから信じているに過ぎません。

 

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2010年より研究しています。
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なぜ、「人は自分の望むものを信じたがる」のか? への1件のフィードバック

  1. 中川 のコメント:

    こんにちは。
    G・アダムスキーの話を語る方が
    ネオリベの象徴のインフルエンサーの方と会談してるYou Tube動画を最近見たのですが、
    ネオリベの方は異星人の話を嘲笑しながらも完全には否定せず聞き入っている様子が見えました。
    第2の心の理解は遠い未来かもしれませんが、
    第1の心での受け入れ(?)は速い速度で進んでるのかなと思ったので、全体的にみんなが望むことは変わってきてる気がします。
    よかったら見てみてください笑
    研究、応援してます。
    https://youtu.be/oFS4XS2Ul_s

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