3つを比較して、 素粒子 について考えましょう。その基礎とするところは物と事の区別です。そして時間です。 (前置きが長いです。)
まず時間
自然科学の問題点を一言で言うと時間空間にあります。
- 岡潔「時間空間は簡単な模型であって、自然そのものではない」
運動から時間を作ります。(日本標準時グループ)それは、振り子の往復運動であり、水晶やセシウム原子の振動運動です。岡潔の言葉を参考にまとめたのが以下です。
- 時間は過ぎ行く運動の記憶に基づいて人が抱く観念に過ぎない
- 時間は過ぎ去った出来事の記録(10進数による12の倍数)
- つまり、時の現在(中今)を含まない
- 中今とは過去と未来の間を言う
要は、時間は事、動き、運動の記憶であり記録です。過去の出来事の記録に過ぎません。因みに当サイトにおいては、時間という語を含む過去記事は588件あります。
GeVは質量ではない
自然科学には、他にも「物と事の区別がない」等の問題があります。その根幹となるのが
- E=mc2
です。素粒子の質量はGeVで与えるとされますが、正確にはGeV/c2です。cは光速度ですから、距離を時間で割って得た値です。つまり、質量とエネルギーに時間が入っています。掛けても割っても時間は過ぎ去った運動、出来事に過ぎません。
事である時間をして、質量やエネルギ-に置き換えても事であるに変わりはありません。
要は、自然科学の結論として、上の数式どおり「物と事は等しい」として組み立てられていると言う意味になります。
- 2026年1月26日 素粒子 「GeV」は質量ではない
それでは、以上を基礎として3つを物と事に区別して比較します。
サイコロ

・物:プラスチックや樹脂、骨、象牙、木、金属で均質な物
形状は、正六面体や四面体、八面体などがあります。
・事:重力下の平らな場所に投げ、上面に現れた「目」を結果(数)として使います。正六面体ならば、対面の和が7ですので、1~6が結果です。
何度も投げて、各目が出る確率が等しいと見なされますので、数の離散が一様になります。
これらバラバラの数から意味のあるパターンを導き、背後にある法則を明らかにします。これが統計です。
サイコロは、物としてはプラスチックですし、事としては、何度も投げて得た結果として、統計を取ると意味を成す確率となります。
注:統計と確率には、何度も投げて得た結果を集計したという時間の経過があったことに注意が必要です。統計と確率はあくまでも結果、過去の事です。
空気
・物:地球を包む大気圏の最下層にある混合気体です。窒素が約78%、酸素が約21%、アルゴン、二酸化炭素などに加えて水蒸気なども含まれます。
・事:主に3つあるようです。物理的な動き、化学的な変化、生命の維持です。その内、物理的な動きについて考えます。物理的な動きには、次があります。
風の発生、気圧の変化、揚力、音の伝達があります。ここで音の伝達について取り上げます。
音は、物質の振動が空気を波として伝わる事で、人は音を聴くことができます。音(音波)は疎密波ですが、性質や伝わり方、人の耳にどう聞こえるかによって幾つか分類があります。
- 周波数による分類 可聴音、超音波、超低周波音
- 伝わる場所(媒質)による分類 空気音、固体音(壁や床、地面を伝わる音、電車が通る振動音)
- 音楽理論、感覚的な分類
音のきれいさや、性質についての分類です。音叉の音、楽器や歌声、あるいはドラムの打楽器音など
会話や会議などの音声は、1.の可聴音に分類される空気音です。また音楽も音楽理論に基づく感覚的なことに分けられます。
音(音波)をまとめます。
物としては、窒素、酸素、二酸化炭素を主とする気体です。事としては、空気の疎密波で周波数、強さ、波形が関係しています。
事としては、電車や車の音、あるいは感覚的な音楽がありますし、会話やテレビ、スマホの通話音などもあります。
注:物としての空気に対して音波の伝達は、聞いた、感じた出来事であって、時間の経過があります。
素粒子
AIに訊いた
Q:多数観測される 素粒子 は標準模型として整理されている。素粒子群の大まかな性質には何があるか。
答えは以下です。

素粒子 は、宇宙の最小単位であり、現在の物理学では17種類の粒子が「標準模型(標準理論)」として整理されています。
ア)これらは、その役割や物理的な性質によって大きく3つのグループに分けられます。
- 物質を構成する粒子(フェルミオン)
物質の基礎となる粒子で、スピンが半整数の値(1/2)を持ち、同じ場所に複数の粒子が同時に入れない(パウリの排他原理)という性質があります。
・クォーク(6種類):強い力が働き、陽子や中性子を作ります(アップ、ダウンなど)。
・レプトン(6種類):強い力が働かない粒子です。電子やニュートリノなどが含まれます。 - 力を媒介する粒子(ゲージ粒子/ゲージボソン)
粒子同士に「力」を伝える役割を担います。スピンは整数の値を持ちます。
・光子:電磁気力を伝えます。
・グルーオン:クォークを結びつける強い力を伝えます。
・W・Zボソン:粒子の種類を変えるような弱い力を伝えます。 - 質量を与える粒子(ヒッグス粒子)
ヒッグス粒子(1種類):宇宙全体を満たす「ヒッグス場」に関係し、他の素粒子に質量を与える役割を担う特殊な粒子です。
イ)主な物理的性質の指標
それぞれの素粒子は、以下のような固有の「個性」によって区別されます。
- 質量:重さの指標。
- 電荷:電気的な反発や引き合いに関係する量。
- スピン:粒子の自転のような性質(量子力学的な状態)。
- 世代:クォークとレプトンには、似た性質を持ちながら重さだけが異なる「第1~第3世代」が存在します。
標準模型は高エネルギー加速器研究機構 (KEK)などの研究施設で長年検証されており、重力以外の3つの力を統合的に説明しています。
ここから本題
実にわかりにくいですが、AIに次の質問をしました。
Q:人がわかるのは、物と事です。量子力学、量子論を物と事に分けると、どのような説明になるか。
A:量子力学の世界を「物(実体)」と「事(現象・できごと)」という視点で分けると、直感に反するその性質が整理しやすくなります。
結論から言えば、量子論における「物」は確定した姿を持たず、「観測という『事』が起きた瞬間に、初めて特定の姿(物)として現れる」という説明になります。
1. 「物」としての側面:量子(状態)
量子力学において、観測される前の「物」は、私たちの知る「固い粒」のような存在ではありません。
・実体ではなく「可能性」:電子などの粒子は、観測されるまでは特定の場所に存在する「物」ではなく、どこにでも存在しうる「波(確率の波)」として空間に広がっています。
・重ね合わせ:複数の状態(ここにいる、あそこにいる)が同時に重なり合っており、単一の決定的な「物」として定義できない状態にあります。
2. 「事」としての側面:観測(イベント)
量子論において最も重要なのは、何かが起きる「事」そのものです。
・「事」が「物」を決める:人間が「観測する」という「事」を起こした瞬間に、広がっていた波が一点に収束し、特定の場所に「物(粒子)」として出現します。
・不確定性:観測という「事」を行うまで、その「物」がどのような状態にあるかは原理的に決まっていません。アインシュタインはこの曖昧さを「神はサイコロを振らない」と批判しましたが、現在の主流(コペンハーゲン解釈)では、この「事(観測)」が現実を決定すると考えられています。
まとめ
視点 量子論的な説明
物(実体) 観測前は「波」のような確率の広がり。特定の形を持たない。
事(現象) 観測という「事」が起きて初めて、実体としての「物」が確定する。
つまり、量子力学とは「『事』が起きるまでは、『物』が何であるか決まっていない世界」を記述する学問だと言えます。
言葉遊び
理屈は知っておりますが、この解釈は冒頭に示した「物と事は等しい」にほぼ同じであるようです。
考察
実にわかりにくいですが、冒頭の「サイコロ、統計確率」「空気、音の伝達」と比較してください。
サイコロは物ですし、統計と確率は事であって、抽象的な概念です。だから、統計と確率は、色んな出来事に適用することが出来ます。色んな出来事において、意味づけ出来ます。
同様に、空気は物ですし、音の伝達は事であって、その中には音楽の鑑賞から、重要な和平会談まで抽象な出来事がありますから、様々な出来事において、意味づけ出来ます。
それでは、素粒子はと言うとAIのまとめの通り、観測して事が起きるまでは、物が何であるか決まっていないとは如何に。
その理論が如何に正確で、精密であっても日常生活において、実感として「物と事は等しい」等という事例は一つもありません。
- サイコロは統計確率に等しいなどと言う人は一人もいません。
- 空気は和平会談で話された共同声明に等しいという人は一人もいません。
物理学者たちは、大丈夫か。
大事なのは冒頭で示した通り、運動から時間を作り、時間を光速度に置き換えて、物と事は等しいとした歴史的な流れ、事実があると言うことです。この時点より前に遡ってやり直す以外にありません。
- 2025年5月30日 藤原直哉氏「(トランプ大統領は) サイエンス の定義を変える」
- 2025年7月17日 米国防総省 ”UFO・UAPは物理現象だから、科学の定義を変える。”
ある科学者の言葉
矢張りここでも、ある科学者の言葉を2カ所引用します。
君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない。
地球の科学者は電子が粒子で、波動性の二重性をもつものと定義せざるを得ない状態にある。彼らは電子は確率波をもつ粒子だということによってこれを正当化させようとしている。これは心で描くことのできない状態であって、そのために進歩の唯一の方法として抽象的な数学に頼らねばならなくなる。
君たちの科学は一本の低い枝を知識という全体の樹木に変えていて、そのために科学がひどく複雑になっているんだ。そこでこの科学が実用面で応用されると、できあがった装置は手が出ないほどに複雑になるんだ。
君たちにとって最も必要なのは、自然の基本法則または事実がまったくかんたんだということを発見することだ。
彼は、「物と事は等しい」というのはダメだし、「『事』が起きるまでは、『物』が何であるか決まっていない世界」等というのもダメで、心で描けるべきだと指摘しています。
このような陳腐な物と事がひっくり返った本末転倒な理論は本当にダメだと感じます。
時間は現在を含みませんし、物と事を混合したやり方(コペンハーゲン解釈)はダメです。言葉を弄んではいけません。


