UFO – 飛翔体 飛来の目的

平坦な研究に変化が欲しくて「実体験をふまえた UFO 現象 ~ UFO -飛翔体・遭遇とその軌跡~講師:加藤 純一 氏」のお話を聞きに出かけました。

写真1 出典:UFO研究の第一人者が教える「UFOウォッチング」に成功するコツ

講師の加藤純一氏が撮影した多くのUFO写真と自身の体験とを語られ、幾つか気付いたことをメモします。かなり大事な内容を含んでいますので、できれば最後までお読みください。

写真2 出典:同上

加藤氏は、幼少期にUFO(飛翔体)遭遇の体験をされ、以後、数多くのUFO(飛翔体)に遭遇し写真におさめてこられました。以下に語られた内容について記憶を頼りにメモします。

  1. 幼少期に近所で友達と遊んでいるとき、巨大な何かに遭遇。(当時それを何と呼ぶか知らなかった。)市内付近で多くの人たちが目撃し、TVニュースにもなった。
  2. いつも目撃、遭遇する前に、”ポーン”という音を聞く。今思うと訓練を受けていたようだ。「音を聞く」と「目撃」との関係は幼少期のみ。その後、目撃もなくなり忘れる。
  3. 成人後上京し、再び目撃するようになる。写真も多く撮るようになる。その際、”言葉で言えないが、何となく感じる(予感がする)”ようになる。
  4. UFOウオッチングを繰り返す内に、写真を撮りたくなった場合「事前にある図形をイメージ」することによって、やがて”言葉で言えないが、予感がする”ことで目撃・遭遇できるようになる。つまり、希望すれば目撃・遭遇することができる。粘り強く続ければ誰でも必ず目撃できる。
  5. いろんな形に変化する。色々に発光する。編隊を組む。
  6. 何がやってきて、何を撮っているのか、まったくわからない。
  7. 幾つも目撃・遭遇する中、双眼鏡などで観察するに、蜃気楼などの屈折などではない。「動かない、機能を停止しているときは形のある固体ではない何かであるよう」に思う。しかし、機能し飛んでいるときには白銀や赤・オレンジに発光したり、透明や黒になるとともに、変形するのではないか。
  8. 何故、平凡な自分がこのようなことをやるようになったのかわからない。 UFO や宇宙人というお話しをするのは好きではない。どちらかというと嫌い。
  9. 目撃談や写真を収集して研究することにより、UFOが何なのかを知ることは絶対に不可能。
  10. あえて個人的な体験や感想を出すのは、これらを直接に役立てて科学してほしいから。
  11. 彼ら(なのかどうか)が何のために、何を目的でやってくるのか是非知りたい。
  12. このような自分に大群で飛来して見せる彼らは、よほど暇なのだろう。
  13. 写真でもビデオでも提供するので、これらで科学して欲しい。

目撃のお話しは少し参考になりましたが、正直写真やビデオはどうでもよいです。感想は以下です。

  • 加藤氏は極めて真面目。
  • 何か固体かどうかもわからないが物質、物体が飛んでいる。レンズのゴミ、ライトの反射などでは決してないと主張している。
  • 加藤氏自身が見てきた物が何かわからないので、真剣に科学して欲しいことを願っている
  • 彼ら?が何の目的でやってくるのか知りたい。
  • 彼が幼少期に聞いた”ポーン”という音は、管理人がこれまで研究の進め方において、使ってきた手法と同じ。
  • 研究を始めた頃は、この刺激というか衝撃はとても強かったが、段々と弱くなりここ1年あまりはとても感じ取れないほどに弱くなった。
  • これまでの手法で研究を続けられないことは、ずっと前からわかっていた。
  • 岡潔の云う「わからないもに関心を集め続け、それを知的に言い表そうとすることにより文化はできていく(弛緩と関心)」という第2の心による研究手法に重きを置くべきと認識してきたが、管理人にできるようになるかどうかわからない。自信はないけど、何とかなるように思う。

 

唐突ですが、数学者岡潔が生涯を通して皆にわかって欲しいと講演や執筆活動を行ってきたのは「第2の心」の仕組みと働きをわかってもらった上で、それを実践して欲しいということです。それに尽きます。 実に興味深いことに、加藤氏は心の仕組みと働きを知らずして「 UFO を目撃することに特化した実践者」なのです。

どう考えても「言葉で言えないが、何となくその趣おもむきがわかる」という情の働きと加藤氏の「言葉では言えないが、何となく感じる(予感)」とは、同じものです。

 

以下は2016年に「わかる」ということをまとめた図です。

図1

 

数学者岡潔は、「わかる」に関して「わかるというと物の理ことわりとか理解と言うが全然理解じゃない」といいました。 この「わかる」には2種類あって、岡潔は第1の心(意識を通し、言葉で言えるわかる=理解)と第2の心(意識を通さず、言葉で言えないがわかる)としました。それが図1の真ん中に示した「情・知・意」です。その他の「わかる」とを比較しました。

左から、ヲシテ文献にある「トノヲシテ・ロノヲシテ」とその根拠となるタマ+シヰの構造、記紀にあるシラス・ウシハクのシラスの元である「シル:知る」、次が岡潔の情・知・意」で、日月神示の「気(キ)付く」です。一番右に自然科学を示しました。

図1の右側、自然科学の成り立ちです。自然科学は、第1の心「意識を通し言葉で言える(知)」から始めます。ですから、創造の根幹たる(わかる:第2の心:トノヲシテ:気(キ)付く)がほぼありません。これが人類最大の問題です。

 

以下は例え話です。ここに万華鏡があります。

図2

生まれてこの方、万華鏡の動く様のみの世界に居た人は、その意識(第1の心)により、模様の規則性を見つけようと科学します。言語と数学を用いてAとA’の関係性における理論を打ち立てます。すると理論から、より外側にA’’が予想できます。詳しく観察すると果たしてA’’を発見することができました。これで理論と観測(あるいは実験)の間に矛盾はありません。さらに理論の精密化に励みます。

このような状態を正常だと認める人はいません。ではどうするかです。万華鏡の動く様のみの世界に居る人にまったく違う仕組みがあると教えても無為です。本人に気(キ)付いてもらうしかありません

 

それが、数学者岡潔が生涯を通して行った活動の目的であり、UFOが地球に飛来する目的なのです。万華鏡の模様はどうでもよいです。同じくUFOの写真やビデオはどうでもよいです。UFO飛来の目的は、「加藤氏が自身の体験を通して感じてきたこと、行ってきたことを皆に知らせること」です。これで飛来の目的は達せられているのです。 管理人が日月神示という怪しを参考に「気(キ)付く」を持ち出したのも同じです。日月神示も皆に「気(キ)付け」と盛んに促しています。

岡潔は第1の心と第2の心の関係について解説しています。「創造の視座」【16】 無差別智②より引用します。

ところで、西洋人というのは、まことにのんき。彼らは植物を見た。そうすると、植物には葉がある。葉には葉緑素がある。葉緑素は日光にあたると、同化作用を営んで、空気中の炭素と水の中の水素から含水炭素というものをつくる。植物のからだはこの含水炭素によってできている。そういうことを見て、これで植物は全部わかったと思う。まことにのんきですが、日本人はそのとおり理科で教えている。それから、それ以外については一向考えようともしない

で、その含水炭素ですが、不思議なのはそれから後です。松のつくった含水炭素は一滴一滴どこへどう使われても松になるでしょう。また、竹のつくった含水炭素は一滴一滴どこへどう使っても竹になるでしょう。なぜか。なぜだと思います。この問題ですよ。含水炭素が問題じゃないんですよ。

これは、動物でなければ持っていないのは第1の心だけである。第2の心は植物でも持っているんです。それから人が高等な生物であるというのは、その第1の心が高等だという意味です。ところで、第1の心、これ仏教は無明だといっているのですね。あかりがない。無明というのは生きようとする盲目的意志のことだと弁栄上人がいわれた。ともかく第1の心は第2の心を月だとすると、この月の光を隠す黒雲のようなものなんです。つまり第1の心があれば、第2の心は働きにくい。それが高等であればあるほど、ますます第2の心は働きにくい。こうなる。

下線は管理人による。 西洋の科学(自然科学)を学ぶことを高等と云います。「それが高等であればあるほど、ますます第2の心は働きにくい」のです。 だからといって、加藤氏が高等ではないということではありません。両方を兼ね備えた人は岡潔くらいだと云ってよいと思います。以前に書いたように文系の人は、文系の人の読み方になります。理系の人は理系の人の読み方になります。しかし、どちらも岡潔が伝えたかった「心の仕組みと働きをわかった上で、実践する」ことに至らないことは確かです。もう一度、図1をじっくり眺めてみてください。

UFOや宇宙人、あるいはフリーエネルギーなどどうでもよいことです。 しかし、自然科学以外をスピリチュアル系や心霊現象、似非科学、宗教などに押しやって、済ましているのは無知以外にありません。

 


自然科学の限界について。以下は結構重要です。

人は五感でわかる物や事を(数学を含む)言葉で言い表します。 これまでみてきたように、言葉は互いに規定し合うことにより成り立つ循環です。サイト内を「匙さじ・スプーン」で検索願います。

人は言葉で思考します。ですから、人の思考は循環です。つまり、自然の内、人の五感でわかり、言葉で言い表せる物や事のみ思考できます。だから、自然科学は循環になるのです。この範囲は、観測技術の発達により拡大しています。これを岡潔は物質的自然と名付けました。おまけに、それ以外はについては一向に考えようとしません。

図3 自然科学は物理量ではない時間を用いた循環

如何なる科学もこれ(循環)を逃れることはできないのではないかと(今は)感じます。当面は、別の次元軸にその原因を求めます。それが当サイト(弧理論)です。万華鏡の仕組みは、見える様と異なるのです。いくら観測と理論に矛盾が無くても同じです。「人の五感でわかる」のは映像です。

因みに、岡潔は「(自然科学者は)五感でわからないものはないとしか思えない。これを唯物主義という。」と述べました。

図4

本当にわかっているのは第2の心です。第2の心が無ければ一切は存在しません。 意識を通し言葉で言える「自身の思考」が循環であるということは、第1の心が循環であるということです。 循環だから、わけることにより「わかる」とする還元主義でわかる訳がないのです。

これで山崎弁栄上人が云った「自然は映像」という意味がわかります。岡潔講演録の「【5】 自然は映像」より引用します。

弁栄上人、どういっておられるかといいますと、自然は映像である。映像といえばテレビのようなもの、この映像は第2の心の世界の深部—深いところから映写されているのである。自然には阻害性というものがある。つまり自然はテレビと違って、堅さとか、抵抗とかいう阻害性がある。

 だから映像とは受け取れない。そういう人があるかもしれないが、人に知と意志との2つの属性があるように、第2の心の世界にも知と意志との2属性がある。その知があらわれて、色、形、音、匂い、味、そういうものになる。意志があらわれて阻害性となる。で、やはり阻害性はあっても、それは映像である。そんなふうに注釈しておられます。

また、「自然は映像」について、次のように述べています。「【3】 西洋の唯物主義」より。

本当に実在しているのは心だけである。自然は心があるために映写されている映像にすぎない。そう云ってるんです。

上記の解説をまとめることによって、第1の心と第2の心のあり方(関係)がよくわかります。わかるの本質である第2の心が優先するのに第1の心により科学すると複雑で抽象に過ぎるようになります。2つの心の乖離により人は心を病むとともに、人類は滅びます。

 

 

これまでの考察によれば、心の本質は、カミの仕組みにあります。ヲシテ文献に示されるカミ(つながり、もたらし、生じさせる)とフトマニ図にある宇宙を示す「ア・ウ・ワ」を組み合わせたものです。図5 出典:フトマニ×モトアケ

カミとは次になります。

「ア」と「ワ」は、つながり、「ウ」をもたらし、「ウ」よりヒトを生じさせる。「ヒトハ アノモノ」であり、「ヒトハ ウナリ」。

これは、弧理論による紡錘図形を含む全体に等しいです。

図6

大宇宙の中心である「ア」と「ワ」が繋がることにより物質である「ウ:渦」ができます。つまり、自然科学が対象としている物質的自然は、そもそもが「渦:循環」なのです。本質は「ア」と「ワ」が互いに規定し合うことにより成り立っているところにあります。 この仕組みに気(キ)付く以外に科学の発達はありません。

 

こうして振り返ると昨年よりかなり進展しました。嬉。

物質科学のヒントはありますが、まだ朧気です。物や事の事(こと)とは何かです。人と人、人と物、物と物がつながり、事がもたらされる。単極誘導モーターの実験を通じて感じてきた「接する」とは何かという疑問は、カミの仕組みに示されています。種類や状態が異なる物が接するところに運動(速度加速度躍度エネルギー)や情報がもたらされます。平衡であれば、情報もエネルギーも存在しない。熱力学と情報理論に通じる点があります。 単極誘導と熱電対にどんな関係があるのだろうか?

 

追記の1 9/25 これ(↓)が何なのか、人は言葉以前にこれが何なのかわかっています。岡潔は、このわかり方を第2の心と云いました。

写真3 国語辞書に「匙はスプーン」、「スプーンは匙」とある

言葉は循環ですから思考も循環です。言葉で思考するわかり方「これは匙です。」というのを第1の心と云いました。こんな簡単なことをわかってもらえません。岡潔は講義の際に「何でわからんのじゃ!」と怒ったといいます。

岡潔は、「自然数の1は決してわからない」と言いました。2進数で云えば「1とはゼロでない数、ゼロとは1でない数」です。ですから数は循環です。数学も言葉も循環です。岡潔的に云えば「音素は決してわからない」と拡張できます。循環の内に還元主義は使えません。当たり前。だから自然科学に限界があるのです。

追記の2 9/25 日常、工夫とか改善はよくします。イマジネーション、閃き、インスピレーション、創造、想像力、予感などという言葉もよく使われます。しかし、岡潔的に云えば「(脳を大脳生理として、あるいは脳をブラックボックス脳科学として調べて)人が全部わかったと思う。まことにのんきですが、それから、それ以外については一向考えようともしない」のです。閃きやインスピレーションなどということは認めているのに、かかる心の仕組みと働きがどこにあるのかを考える人は皆無です。自然科学にはその仕組みと働きにかかる(科学する)部分がまったくありません。数学を含む言葉でわかると思っているからです。そのことに気付かないし考えようともしません。これだけ書いてもわからないならバカとしか云いようがありません。仏教ではこれを無明と云うようです。岡潔に叱られる訳です。 ですから加藤氏は無明ではありませんし、UFOが飛来する理由は至極真っ当です。彼ら?も無明ではありません。 おまけ。月刊ムー的(ムー民)な人たちは、上記のようなことにほぼ興味がないものと思います。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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3 Responses to UFO – 飛翔体 飛来の目的

  1. takutaku のコメント:

    何かモヤモヤしたものがあります。あのロシア人の浮上ディスクは、昆虫を研究していた学者?の話が良く出てきます。昆虫は外骨格で堅い羽には無数の微細な穴が開いていて、それが電子を吸着しプラスに帯電する?。その堅い羽の下にある薄い羽はマイナスになり、羽ばたく回数が1秒間に数百回という、地球の周波数と同調する?。
    なんでしょうか、あの起電力を取り出した井出氏、起電力とは?。
    例えば、原子の周りを回る電子は、物質を構成する固体を安定させるために、電子の数が決まっていて、その電子を取り出すのだろうか?。その物質を安定させるために新たに電子が供給されるのか。ファラデーのパラドックスはすでにフリーエネルギー「空間からエネルギーを取り出す」の存在を示唆している現象ではないのだろうか。

    • Φ のコメント:

      >モヤモヤ
      わからないから常に考えているのです。ロシア人の発想が元で装置ができたとしても、発想が原理に関係するとは限りません。ただ、私がこれまで拘ってきた「接する」とは何かという疑問に近いものがあります。昆虫はどうなのか?わかったつもりになっていただけなのかとの疑問はあります。(昆虫の飛翔に流体力学以外の要素が絡んでいる?) トム・ベアデンが指摘した「ヘヴィサイドが発見した回転性電磁エネルギー流」が発散トーラスと同じという線で行く方がよいと考えています。発散トーラスを組み合わせた楕円磁場は本質的な回転運動になるはずです。それが単極誘導。だから浮揚ディスクは単極誘導モーターの一種という見立ては極近いはずです。
      >原子の周りを回る電子
      量子力学を学ぶとその考えを否定されます。でも(回る)でOKだと考える延長に何かあると思っています。それが回転性電磁エネルギー流=発散トーラスです。電子陽子中性子は互いに回っていると考えています。別の次元軸から実体が投影される際に位相が90度変わることで回転運動が起きると考えます。
      >ファラデーのパラドックスはすでにフリーエネルギー
      実験の経験から、単極誘導は磁石を構成する原子核(中性子)と磁石周囲を運動する電子との相互作用だという仮説を持っています。これだとパラドックスがあってもよいと考えます。断言できませんが実験によれば、単極誘導モーターに生じる力は磁束密度に比例するとともに質量にも比例するようです。これは数式に矛盾します。
      >存在を示唆している
      直接は関係ないと見ています。しかし、運動とは何かというのをE軸からの投影による仕組みの上で考える必要があります。これまでの考察によれば「物」に本質はありません。物と物のつながり(接する)に本質が在ることがわかってきました。半導体、表面張力、界面活性剤、浸透圧etc。これらは全部接することにより生じています。その上で渦(回転運動)があり得ます。ことに回転運動の相対性が問題だろうと思います。単極誘導にかかる同軸二重もしくは三重反転はよく検討すべき。その点、スカウトシップは参考になります。SSは自動車で云えばフォードT型です。

    • Φ のコメント:

      補足。(古典的)原子の半径に比して原子核は格段に小さいです。ttp://rcwww.kek.jp/kurasi/page-02.pdf
      単極誘導が仮説どおりならマクロで磁石半径ゼロと同じ挙動をするはずと考えます。だからパラドックスが成り立ちます。(半径ゼロの磁石は回転の有無に関係ない)同時に磁石がリング状ならマクロで半径ができてリングの内・外で二重反転ができます。三重反転も同じ。図じゃないとわかりにくいです。都合、電磁誘導・単極誘導とも原子の古典的大きさと構造がマクロ現象に表れているという考えは合理的に思えます。

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