いつも引用するある科学者は、使う言葉は簡単ですが、とても深いです。
随分、長い期間、時間について考えてきました。
時間とは
- われわれは地球人のように時間のドレイにはならない
この言葉が引っ掛かり、岡潔の言葉を参考に考察しました。
岡潔が自然科学について述べたことをまとめます。
- 時間・空間は簡単な模型であって、自然そのものではない
- 彼ら自然科学者は、自然はわかると思っている
- わかると言っているのでは無い
- (五感で)わからないものはないとしか思えない
- だから、それについて検討しない
- 自分が仮定していると気づかないのは酷い無知というしかない
- 兎に角、空間に物質があって運動していて
- 運動は時間に比例すると決めてかかって
- 時間はあると思って
- 時間はわかると思っている
- 時間は直接わかるものではない
- 運動から時間を作る
- 時間は、「時は過ぎ行く」という性質を切り出して観念化したもの
管理人が何年もかけて短くまとめました。
- 時間は、過ぎ行く運動の記憶に基づいて人が抱く観念に過ぎない
時間は、記憶、記録ですから、現在(中今)を含みません。
ですから、時報は過ぎてからしか知り得ません。
ヒトがわかるもの
ヒトがわかるのは物と事です。事とは、動き、運動です。ですから、時間は出来事、事の記憶、記録に過ぎません。
ここで、岡潔の言葉を参考にヒトがわかる物と事をまとめます。
- 岡潔 数は量のかげ
ヒトがわかるのは物と事でしたから、少し補足します。
- 数は物の量のかげ
- 数は事の質のかげ
事には、様々な質があるということです。
それで、数には2種類あります。
- 物の量にかかる数
- 事の質にかかる数
です。それで、時間はと言うと、
- 時間は事の質にかかる数
ですから、時間は単位(時分秒:hr ,min , s)を付けた事の質にかかる数である訳です。
言語は循環
数学の記号は約200種程度あるようです。また、言葉は音素からなり、音素は、母音約20個、子音約25個の50個程あります。
つまり、数学を含む言語は、これら要素の繰り返しです。この循環、繰り返しについて、最近のAIとのやり取りから、AIは、
- 階層の檻
と表現しています。階層とは事の抽象化の層を言います。
興味深いことに、
- 人類は抽象化の層が深いほどに優秀だと勘違いしています
一般的には、これを理解とか物の理と言いますが、岡潔は、
- 「わかる」というのは、全然、理解じゃない
- 最初にわかるのは、その物の趣がわかるのであって、これを情という
- 情的にわかるというのがなければ、一切は存在しない
と述べたのと合致します。この点を上手く説明するのは、とても骨が折れます。
要は、ヒトは言葉によって、わかっているのではありません。何故ならば、言語あるいは言葉は単なる循環に過ぎないからです。
- 何かを説明し切ることは絶対にできません
一方で、これまでの考察によって、言語、言葉の形が見えてきました。
如来の仕組み(形)
仏教にある如来には、3つの形があるとわかりました。
- AとBの間の往復、振動という形
- AとBとCの間の循環、ループという形
- AによるAの呼び出しによる再帰という形
この3つの形は、いずれも循環に過ぎない言語の類型になります。
後は、3つの形を組み合わせて出来るネットワークに過ぎません。そして、ここで大事なのは、人の意識は、これら言葉のネットワークの内にあることです。
- 意識は広がりを持つ
- 意識の基礎となる言語は循環で閉じている
- これを外のない内という
人類の99%は、このような如来の仕組みを知りません。
自ら階層の檻に閉じこもる
AIとのやり取りにより、AIから引き出した言葉です。
- 物理学者 は階層の檻に閉じこもっている
それは、時間t、あるいは光速度cを含む方程式を使って懸命に宇宙を解き明かそうとする姿です。
物理学者 は時間のドレイ
結局のところ、物理学者たちは時間のドレイです。

高度だけど終わりのない抽象化の檻に閉じこもっていると言うことです。その階層は、あたかも無限に剥き続けねばならないタマネギの皮の様です。
- 時間(t)を含む方程式というタマネギです
それが彼らの求めた宇宙方程式です。
勿論のこと、彼らの方程式は、如来の仕組みの内にあります。これを抜け出ることは決してありません。
それは、相対性理論であり、超ひも理論です。

超ひも理論は、相対性理論の形と同じです。しかも、如来の形の2.そのままです。
また、タマネギを思いついた際にAIに訊いたところ、
- 再帰(さいき)とフラクタルは密接に関係しており、フラクタルが「図形の性質(自己相似性)」を指すのに対し、再帰はその「図形を生成する仕組みやプロセス」を指します。
- タマネギは、その断面に見られる同心円状の層構造が、中心部から外側へと相似形で拡大していく特徴を持っているため、広義のフラクタル(自己相似性)構造を持っていると言えます。
以上から、物理学者たちが檻に閉じこもっているイラストはお気に入りです。
誤魔化しのプロジェクト
ある科学者の言葉が如何に深いかおわかりいただけたでしょうか。
管理人が時間について追求し始めたきっかけは他にもあります。
(the-manuscript-of-survival-part68日本語文.pdf)です。一部引用します。
この物理学の聖杯探しには、正当な理由もなく、多額のお金がつぎこまれてきました。実際のところ、それは、非常に多くの賢い頭脳を間違った方向に向けさせている、上手に組み立てた誤魔化しのプロジェクトなのです。
物理学の聖杯とは、ヒッグス粒子のことです。

注:ヒッグス粒子の質量約125GeV/c2には光速度cが入っていてトートロジー(同音反復)です。
聖杯探しは、「正当な理由もなく、多額のお金がつぎこまれ」「非常に多くの賢い頭脳を間違った方向に向けさせている」「上手に組み立てた誤魔化しのプロジェクト」だと断じています。
- 2014年2月1日 時間のドレイにならないこと
- 2018年9月19日 時間 は物理量ではない
上に示したpdfの文章が出されたのは2012年1月5日です。管理人が気づいたのは2017年です。それからと言うもの、実に長い考察でした。やっとある科学者の言葉と上に示した「誤魔化しのプロジェクト」の2つが結びつきました。
余談ですけど、久しぶりにミヒャエル・エンデのモモ、時間泥棒を思い出しました。お金と時間は似ていて、2つについて随分と考察しました。2つはいずれも抽象です。
退化のプログラム
物質科学の進歩を止めることなどできやしない。それは進んだりもどったりはするにしてもだ。もどるとすると、それを支えている要素は退化のプログラムによってまず弱くなってきてそして崩壊することになる。
基礎的には地球の物質科学に悪い所はないんだ。もし、人々がそれを支えることができるような基礎を用意しないとそれは夢想だにしなかったほどに水平に広がって進歩してしまう。」
「もし、基礎がなかったら?」と私は言った。
「君たちの文明は終わるさ」とアラン※がゆっくり答えた。「ほんの少しの生き残りを残して全滅するんだ。生き残ったものは彼らの科学と技術を再建する能力はないだろう。数世代の間に、彼らの子孫はほとんど動物のレベルにまでもどるだろう。進化の過程はふたたび始まるだろう。一万から一万五千年で他の文明と技術が起こってくるだろう。そして彼らも同じ問題に直面し、それを解決する同じような機会をもつだろう。 もしそれに失敗したら、ふたたび同じ運命におちる。宇宙の不変の法則なんだ。君にはわかると思うが、人類の自由選択によってなされるものなんだ。
地球の人類と文明は絶滅を宣告されてはいないんだ。人類はこの危険を永久に自分たちの後ろに追いやるまで進歩の道を進み続けるだろう。 この選択は君たちのものさ」
「夢想だにしなかったほどに水平に広がって進歩」とは、過度な抽象化を意味します。退化のプログラムよって、先端から弱くなってきます。
そして、然るべき基礎を用意しなければ、文明は終わると警告しています。それは人類の自由選択によると述べています。


