空間とは  物より「事」の方が重要

これまで何度か「宇宙は長さ(距離)より角度の方がより大切だ」という意味のことを書きました。 これまでの考察の結果、人の五感でわかる「物や事」の内、物とは何かを言い表すことはできないと結論づけました。それはパズルとピースの関係に似ています。

写真1

パズルから観てピースが”どういう物”であるかを答えることはできません。ピースがどういう物であるかよりもたくさんのピースを如何に組み合わせるかというの方が重要です。これはピースではなくて「事」あるいは「出来事(動きのある”事”)」です。 人と人、人と物、物と物などの関係が「物」より重要だということです。

皆これが何かは、直じかにわかります。言葉によらないことはこれまでに考察してきたことです。

写真2 匙はスプーン、スプーンは匙、「言葉は循環、言葉に物の本質はない」

匙は匙なりの趣おもむきがわかるのです。これが数学者岡潔が云った情じょうです。言葉もピースである音素に意味はありません。 言葉イコール思考ですから、思考(識)も同じです。 その意味で人の思考を人工知能で置き換えることができます。これも考察済みです。 人が、写真2が何であるかを「わかる」のは言葉や思考でわかるのではなく、直にわかるのです。人工知能との違いはここにあります。 そして数学も同じだろうと感じます。記号に意味はありません。複数の記号の関係に意味を持たせるのです。その意味をくみ取るのは人間です。識と「直にわかる」のとは別なのです。(ここに、岡潔の云った「情→知→意」の関係が入っています。)

時間は運動から作りますし、運動は角度が大事です。 角度は量ではありません。角度は人と物、物と物の関係(つまり、事)です。角度は「事あるいは出来事」です。

日常生活の「事や出来事(動きのある事)」の内に宇宙の構造に似た事があって、これらを参考に真の宇宙の姿に気(キ)付くようにできているのではなかろうかということです。 例えとして適正かどうかわかりませんけれども、「お釈迦様の掌てのひらと孫悟空」、「万華鏡やX線回折」の例えは、弧理論の考え方の構造に似ていると感じて、幾度も参考に使ってきました。  我々が日常生活に見聞きする「事」の中に宇宙の構造のサブセット、あるいは自然の雛形のようなものがあると感じます。

 

液体が持つ表面張力の現象における引力と斥力を示した動画ほか、幾つかの説明があります。

動画1

動画2

動画3

動画4

GIF1

これらは皆、「物に全ての本質がある」とする考え方からすれば、ちょっと面白い玩具でしかありません。しかし、冒頭の通り、自然の姿を映す雛形ではないかと考えます。

数学者岡潔がそうであったように、川の流れ、風の様子、山並みの姿、雲の動き、鳥のさえずりとはばたく姿などの中に、自然とはどういうものかを感じるに違いありません。 そうでなければ、古今東西の賢人たちが皆、似たような自然観に至るはずはありません。永遠に気付くことはないはずです。皆ばらならなままのはずです。具体(パズル)の中に雛形を見るのです。動画2(渦とサイホン)へのコメントに「ちょっと勘違いしそう」というのがありました。勿論、管理人はこの模型にフリーエネルギーの仕組みを簡潔に示したつもりです。1つ次元を上げれば理解できるとの主張です。雛形だと考えれば勘違いしてよいのです。「ひもや膜」などと主張するより精神は健全だと感じます。

物に本質はありません。物より事あるいは出来事の内に本質が在ります。その意味で我々を形作っているピースである基本粒子(陽子・中性子・電子)を知ることは大事です。素粒子は破片に過ぎません。人の持つ五感でわかる範囲に無いから、人は素粒子に対して時間の観念を持てないのです。

表1

だから時間を用いて計算はできても、素粒子に時間の観念は適用できません。人に説明するにほぼCG(コンピューター・グラフィック)に頼るしかないのです。 このようなグラフで説明をしても「素粒子を経験した」ことにはならないです。

図1

繰り返します。人は物とは何かを直にわかっています。

結論。

物という量より、人と人、人と物、物と物の関係である「事あるいは出来事」の方が大事です。

空間の性質について。 空間の本質は物の位置と位置の隔たり(距離)より、物と物の関係(事あるいは出来事)の方に現れています。特に方向・方角・角度が重要です。角度は量ではありません。太陽が作る光の影の角度より作る時間は物理量ではありません

  1. 物とは何かを(別の次元軸)から考える物質科学
  2. 事の内に人との関係を考える社会科学
  3. 別の次元軸上に在る「気(キ)付く」と「わかる」の本質を考える精神科学

以上の3つの科学について進めるべきです。

おまけ。事や出来事(動きのある事)の中でも飛び抜けて大事なのは回転運動(角度の動き)です。数学的には「加速度がある」とだけ示されますが、回転運動には「回る」と「回す」の2種類があります。地球上に「回る」を利用する機械及び装置はほぼ存在しません。「回す」には回転させる機構が必要です。だから現在の文明は複雑なのです。もっともっと簡単な方法があるに違いありません。

時間は角度の変化から作ります。だから時間は10進数による12の倍数なのです。他の物理量が10進数なのに時間だけが12の倍数です。これは奇妙なことです。 時間は物理量ではありませんけれども、回転運動(回る)に関係しているから重要なヒントではあります。 一言で云えば、10進数より12進数の方が自然の姿を知るに近いはずです。 12進数と角度の関係を考えることは、空間の性質を知る近道だと感じます。繰り返します。時間は物理量ではなくて「出来事」です。だから時間を物理の計算に使えません。

おまけのおまけ。 そういえば、情報は「事」です。実験的には情報をエネルギー(弧理論でいう運動)に変換できます。我々が欲しいのは運動です。別の次元軸上には、情報(知識・知恵)の元となる何かがあるようです。 ある科学者は「望ましい結果を生み出すためにエネルギーの流出を見るような方法を講じさえすればよい」と云いましたが、未だに仕組みがわかりません。別の次元軸を考慮した開放系の理論ならば実現可能のはずです。

そのまたおまけ。 ヲシテ文献にある「繋がり・齎もたらし・生じさせる」とフトマニの「ア・ウ・ワ」を組み合わせたのが「カミの仕組み」でした。カミとは次のように書き下せます。

「ア」と「ワ」は、つながり、「ウ」をもたらし、「ウ」よりヒトを生じさせる。「ヒトハ アノモノ」であり、「ヒトハ ウナリ」。

となります。

「ア」と「ワ」がつながり、宇宙の大規模構造「アワ:泡構造」を作り、もたらされた「ウ」は渦のウであるようです。 回転運動である「回る(ウ:渦)」という「」にこそ、自然の姿があります。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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