ヨソヤコヱ (48音韻:アワウタ)は前文明の遺産かも知れない

これまでの考察から見て、ヲシテ文献にある ヨソヤコヱ (48音韻:アワウタ)は、日本語の基礎に間違いありません。そして、ヲシテ文献に書かれているヲシテ哲学(縄文哲学)の核心である「カミ※1」という言葉は、管理人の研究課題であるG・アダムスキーが遺したネガフィルムに写っていた紡錘図形※2の意味するところと同じようです。この2つの一致は、客観的に見てどの程度かわかりませんけれど、管理人にはまったく同じと感じます。

研究を開始した2010年に約半年をかけてUFO contactee誌(宇宙哲学とUFOの研究ネットワーク)を2回ほど通して読みました。当時、気になった文章があります。G・アダムスキー:久保田八郎訳になる「空飛ぶ円盤の真相」(高文社)という本にまとめられていて、p75とp77から一部引用します。

写真1

さて、この象形文字が私に与えられたおもな理由の一つは、地球人が欲しがっていることを宇宙人が知っていたという〝具体的な証拠〟を与えるためであった。

宇宙の兄弟たちは次の事実を認めている。すなわち地球の古代文明の歴史やその文明の哲学のなかには、彼らの遊星上で知られていて、そこに住む人々によって保たれている歴史や哲学と一致するものがあって、それが例の象形文字のなかに述べられているというのだ。
それで、ずっと以前に私に与えられたあの象形文字の完全な説明をすることは現在でも私にはできないけれども、その文字はおそらく目的を果たしたであろう。宇宙人たちは満足の意を表わしている。

下線は管理人による。「私」とはG・アダムスキーのことです。象形文字とは、G・アダムスキーが遺したネガフィルムに映っていた宇宙文字と呼ばれるものです。

写真2

「地球人が欲しがっていることを宇宙人が知っていた」というのは、言わずもがなフリーエネルギーと重力制御に関する科学です。「地球の古代文明の歴史やその文明の哲学」と「そこに住む人々(彼ら異星人)によって保たれている歴史や哲学」と同じものがあって、それが写真2に示されているということです。

 

以下、前置きが長いです。 研究を開始したころには、写真2の紡錘図形に補助線を入れた図を作成していました。

図1 縦に配置した2つの円の交差に紡錘図形ができる

これが弧電磁気論(現在の弧理論)に繋がっています。

上記の文面は暫くは覚えていたのですが、いつの間にか忘れながらも日本人のルーツを辿りました。日本教から「蘇我氏と聖徳太子」を経て、そうして2015年頃にホツマツタヱなどのヲシテ文献に出会いました。中でも注目したのがホツマツタヱにある一文でした。

イクラムワタヲ ネコエワケ フソヨニカヨイ ヨソヤコヱ コレミノウチノ メクリヨク ヤマイアラネハ ナガラエリ

イクラムワタネコエワケのヰクラ ムワタが何なのかについて、2016年頃より考え続け、昨年くらいにやっとわかりました。ネコヱにワケて出来上がったのがヨソヤコヱ(48音韻:アワウタ)です。 そして、2016年10月に参加した京都ヲシテの会にて、資料にあったのが「カミ」という言葉でした。

カミとは、「繋がり・齎もたらし・生じさせる」 だとあります。(※この解説はヲシテ文献研究者である池田満氏によります。) この「カミ」の定義において「何と何が」「つながり」「何を」「もたらし」「何を」「生じさせる」のかについて、補うことにより理解が深まります。

図2 出典:フトマニ×モトアケ

図2フトマニ図の中央「アウワ」を補足によって、「カミ」の定義が明確になります。 二つをつなげますと『カミ』とは次になります。

「ア」と「ワ」は、つながり、「ウ」をもたらし、「ウ」よりヒトを生じさせる。「ヒトハ アノモノ」であり、「ヒトハ ウナリ」。

どうも、「アとワ」は、宇宙の大規模構造である泡(アワ)構造につながります。「ウ」は渦、即ち回転運動です。管理人には、このカミの仕組みと図1とは同じに見えました。カミの仕組みと紡錘図形を合成したのが次図です。

図3

左図のM軸に描いたのが写真2と図1に示された紡錘図形です。この紡錘図形は弧理論による原子模型です。(残念ながら、よくわかっていないことが多いです。)

この図は、数学者岡潔が山崎弁栄上人をひいて述べた「自然は心を映写するためにある映像に過ぎない」ということを含んでいます。所謂、物質的自然は別の次元軸(E軸)からの投影による映像であるということです。大宇宙の中心は別の次元軸上にある「アとワ」であって、物質的自然の中心は物質的自然には無いということです。因みに、投影元が2点(アとワ)だから、空間(立体)を認識できると考えると合理的です。

図4

管理人には、「カミ」という仕組みと写真2(あるいは図1、図3)は同じものだと感じます。その一致の具合は驚異的です。図4に示すとおり3D映像は誰にでも理解できます。

 

いつも引用する ある科学者(ダニエル・フライがコンタクトした宇宙人アラン)の「文明の発祥から栄枯盛衰」に関する説明があります。これまでこの手の話しは他の資料と整合性がないことから興味がありませんでした。長いですが引用します。p64から。

連邦に知られていない、いくつかの進んだ人類がこの惑星を実証地として使用したかもしれず、また惑星上で現在発見される生命体(複数)は、幾つかの長期研究プログラムの一部として開発され、植えられたというのが彼らの理論です。進化によるか移住によるかは別として、適当な環境をもつ惑星(複数)のほとんどにおいて、種々の進化段階で、人間状のものが起こるべくして現れてきました。

この特別な惑星の特筆すべき事実の一つはその初期の発達段階におけるすべての段階の人間状種族が同時にそこに発見できることです。弓矢も持たず。道具や武器は依然として石でできている種族(複数)があり、同じ時期に原子核からのエネルギーの解放を制御して使用することも含めた相当の技術レベルに達した別の種族もあります。あなた注:ダニエル・フライも知っているとおり、人類の進化においてこの二つの点は数百世代も離れているのが一般的ですが、この惑星上ではその両方が同時に、しかも隣りあって存在しているのです。

知られているように、1950年代頃まで地球上には「原始的な生活を送る人たち」と「原爆を開発する人たち」が共存していました。これはとても奇妙です。ならば、「進んだ人類がこの惑星を実証地として使用したかもしれず、また惑星状で現在発見される生命体(複数)は、幾つかの長期研究プログラムの一部として開発され、植えられた」かも知れないというのは、本当かも知れません。

続いてある科学者は、文明の発展を建築物に例えて、次のように述べています。p121から。

「新しく大きな建物を建てるときに」とアランが答えて「計算違いによって、基礎ができあがった建物を支えるのに十分強くないということを君が発見したとしたら、すでに建っている建物の一部を切り取って問題を解決するかい?そんなことはしない。基礎を大きくし、強くする方法を探すのが論理的な進め方だろう。

物質科学の進歩を止めることなどできやしない。それは進んだりもどったりはするにしてもだ。もどるとすると、それを支えている要素は退化のプログラムによってまず弱くなってきてそして崩壊することになる。

基礎的には地球の物質科学に悪いところはないんだ。もし、人々がそれを支えることができるような基礎を用意しないとそれは夢想だにしなかったほどに水平に広がって進歩してしまう。」

「もし基礎がなかったら?」と私は言った。

「君たちの文明は終わるさ」とアランがゆっくり答えた。「ほんの少しの生き残りを残して全滅するんだ。生き残ったものは彼らの科学と技術を再建する能力はないだろう。数世代の間に、彼らの子孫はほとんど動物のレベルにまでもどるだろう。進化の過程はふたたび始まるだろう。一万から一万五千年で他の文明と技術が起こってくるだろう。そして彼らも同じ運命に落ちる。宇宙の不変の法則なんだ。君にはわかると思うが、人類の自由選択によってなされるものなんだ。

地球の人類と文明は絶滅を宣告されてはいないんだ。人類はこの危険を永久に自分たちの後ろに追いやるまで進歩の道を進み続けるだろう。この選択は君たちのものさ」

「前にも言ったとおり、私注:アランの直接の祖先は地球の以前に破壊された文明の生き残りの一部なんだ。これは千世代も前の話だが、その時でさえ現在の文明以上に進んでいた。

彼らは君たちが習慣的にそうするように、他のものと対抗はせず、自然法則の局面にしたがいこれを利用した。結局、彼らの科学者は君たちのものに比べて単純なもので、君たちがやってみようと思っても見ないことすら達成できたんだ。

しかしながら、彼らもまた、その進歩にしたがって、社会的精神的価値の同様の発達をとげる絶対的な必要性を理解できなかったんだ。この時代の二つの主要な国家の間に政治的社会的な裂け目が生じた。最初の話のときに言ったが、二国間の摩擦は年々増大し戦争へと発展してしまった。勝敗は問題ではなく、単純にお互いを破壊したんだ。生き残りは少なく、地上の放射能レベルは人間の許容値を超えて上がった。

生き残りの人々が放射能ですぐに死んで全滅したということではない。精神的肉体的な機能の低下を促進したということだ。続く世代には望ましくない変化も沢山あり、彼らをそう長くはないにしても石器時代のレベルにまで落としただろう。

ある科学者は、人類発達の基礎として3つの科学、『精神科学社会科学物質科学』をあげて次のように述べています。

宇宙における科学のすべて、真実の探求と理解の追求のすべては、この三つの分野の中に入るんだ。もちろん、この三つの分野の間には明確な分離線を引けない。お互いにラップしているからだが、しかし、それらを支配する基本的な法則は全く同じものなんだ。

宇宙において文明が完全にしかも成功して発展するならば、進歩のこの三つの支流に同程度の努力と勤勉さがなされなければならない。しかしながら、まず精神科学と社会科学が出てくる。その二つの基礎がなければ物質科学の発達はありえないんだ。

図5

ある科学者は、3つの科学(精神科学、社会科学、物質科学)の発達は均等でなければならないと強調しています。管理人は、これをヲシテ文献になぞらえて、ミクサタカラと呼んでいます。つまり、ミクサタカラとはタマ(精神科学)カガミ(社会科学)ツルギ(物質科学)です。現在、ミクサタカラの内、タマ(精神科学)とカガミ(社会科学)の基礎となる部分は判明しています。タマ(精神科学)は、図3の左図につながるものです。人の心の仕組みと働きを示すものです。社会科学は言葉による思考の行き着く先が人の心の仕組みと働きから乖離することを阻止するための科学です。自然は心を映写するためにある映像に過ぎないからです。映像を優先して抽象にいたることは心との乖離を招きます。

そして、心の仕組みと働きに沿った言葉が日本語の基礎であるヨソヤコヱ(48音韻:アワウタ)なのです。イクラムワタ ヲ ネコエ ワケとは、人の五感でわかる物や事を音素を用いてヨソヤコヱ(48音韻)にわけるということです。即ち、ヨソヤコヱについて「心の仕組みと働き」と「映像である物や事」の間に齟齬のないよう言葉を造ったということです。

図6 出典:日本ヲシテ研究所

ヨソヤコヱは、抽象的な物や事を微塵も含んでいません。最初は、管理人も気付きませんでした。しかし、考察を進める内に、日本語の基礎であるヨソヤコヱは、具体から離れにくい、しかも非常にうまく設計された言葉であると感じるようになりました。あまりに合理的、理知的に過ぎます。言い方は悪いけれど、人工的とさえ感じます。あらゆる言語を研究し尽くした上で設計された様な気がします。早い話、精神科学と社会科学に精通した人が設計したと説明されれば納得します。

 

一連の話しを読んで考えるのは、かつて放映されたアニメ「未来少年コナン」です。

図7 出典:Various ‎– 未来少年コナン

人類が破滅を迎えるとき、残った人は何を残そうとするのか考えました。科学技術は残せません。ソフトも残せません。残せるのは口伝だけです。そうした折りに言葉こそが唯一であることは云うまでもありません。

そういう考えを持つにいたり、日本の建国を宣言したクニトコタチさんが前文明の生き残りの子孫かも知れないとの考えがよぎります。本当に荒唐無稽です。

 

そういう中、前回の記事に興味深い話しがありました。やっと本題です。 ガイアの法則I千賀一生著ヒカルランドのp261から引用します。

「チャーチワードは、実在の人物ではない。英知の一端を引き継ぐある一派が、その知識の一部を提示するのが目的であの本は書かれたのだ」

p262から。

「彼らはあの本を、主に日本の人々をターゲットにして世に出したのだ」

ジェームズ・チャーチワードという人物がどういった人なのか知りませんけれど、千賀氏の本によれば、チャーチワードは、一万二千年も前に太平洋にあったムー大陸の一部に日本があったとしています。p263から。

「日本の黄金文明が消滅した後にも失われなかったものの一つは、彼らが神を表した音声であるMUという聖なる音だった。彼らはその鋭い感性ゆえに、それを失うことはなかったのだ。音声には、現在のあなた方が理解しているような意味・概念を伝えるだけではない働きが存在する。太古の人々は、その働きを知っていたのだ。あなた方の日本語の神という言葉のルーツは、この前文明の聖なる音声にある」

下線にある「日本語の神という言葉」を宗教を示す神仏の神(god)であるならば意味は通りません。けれどもヲシテ文献に示されるヲシテ哲学の核心である「カミ」、あるいは「カミの仕組みと働き」と解釈するならばすべて納得します。だから、「あの本を、主に日本の人々をターゲットにして世に出した」という意味が理解できます。というより、日本語の元となるヨソヤコヱを持つ日本にしか意味をなしません。

これで一本、筋が通りました。G・アダムスキーがコンタクトしとか、ダニエル・フライがコンタクトした「ある科学者が云う滅び去った前文明」やムー大陸などどうでもよいです。ガイアの法則も荒唐無稽です。日月神示も同じくです。 しかし、複数の互いに無関係な資料の内に筋の通った話しがあるならば、それをある程度飲み込んでもよいような気がします。嘘か本当かわかりませんが、「寛容であり懐疑的な姿勢を絶対失ってはならない」です。

日本語の基礎である ヨソヤコヱ (48音韻:アワウタ)は、前文明の遺産かも知れません。

 

それにしても気になります。「英知の一端を引き継ぐある一派」が実在で、彼らが前文明の生き残りの子孫であるならば、ある程度納得できます。ならば、日月神示に示される「抱き参らせる」相手は彼らかも知れません。

それと、ある科学者が云った「連邦に知られていない、いくつかの進んだ人類がこの惑星を実証地として使用したかもしれず、また惑星上で現在発見される生命体(複数)は、幾つかの長期研究プログラムの一部として開発され、植えられた」という話しは興味深いです。例えていえば「オーストラリアは、西洋人にとって入植地あるいは流刑の地であった」という話しに似ていますし、ゼカリア・シッチンが著したアヌンアキやシュメールを想起します。

歴史は勝者の言い訳。本当のことは、外部からしかわからないのかも知れません。

 

閑話休題。カミの仕組みからくる(ウ)は、弧理論における原子模型に等しいです。2018年にわかったタマ(精神科学)と今年前半でわかったカガミ(社会科学)に次いで、残りはツルギ(物質科学)の基礎を見つける段階に入りました。 研究を始めようとした頃に何もかもが一点に集中していると感じましたけれど、これほどに大きなものが研究課題になると想像しませんでした。面白い。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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