現代の 宇宙論 に「心」は含まれているのか?

前回の記事の末尾に、現代の 宇宙論 についての動画をご紹介しました。

動画1 【宇宙は無数に存在する】UCバークレー 物理学者が完全解説/我々は無数にある宇宙の中の1つを生きている/宇宙を泡として考える/米大学の研究者の働き方とは 【EXTREME SCIENCE】

彼ら物理学者たちにとって、自己の本体であるは、彼らの 宇宙論 の中の何処にあるのでしょうか。宇宙論とは別にあると考えているのでしょうか。多分、次のように考えているのではないかと推測します。

わかる

「わかる」の語源は「わける」です。わけることによって、わかると考えています。これを理解とか物の理と言います。すると、自然わけていって、究極に(近いと考えられる)宇宙論ができあがりました。すると、彼ら自身の心は、宇宙論にて記述される数式に起き換えることができます。(仮に何らかの証拠によって、究極の理論だと判明したとすると)彼らの証明は完了です。Q.E.D.

 

ここで、問題が3つあります。

還元主義の限界

わけることによって、わかるとする考え方を還元主義と言います。わからない何かをブラックボックスとします。

図1 還元主義

2つ以上にわけたとしても、残された部分はまた、ブラックボックスです。この状態は、ずっと続きます。

実は、このブラックボックスで人工知能は創ることが出来ます。

図2 AIは、ブラックボックスの積み重ねネットワーク

過去記事をお読み頂けるとわかるのですが、知識(情報)とは「互いに規定し合って成り立つ繰り返し、ネットワーク」です。その基本的な要素は、状態を変化させるブラックボックスです。

図2に示すように、脳の細胞も、ニューラルネットワーク(数式の左側の図)の要素状態を変化させるブラックボックスです。人の脳もAIもブラックボックスの積み重ねに過ぎません。トランジスターも条件式も同じブラックボックスです。

図3 フローチャート(条件式もまた状態を変化させるブラックボックス)

(多分)物理学者たちは、自己の知識の積み重ねであり、知識の積み重ねは脳でも人工知能でも実現していると考えているでしょう。すると、物理学者の宇宙論を示す数式には、彼らの心も含まれているはずです。

しかしながら、わからないブラックボックスは永遠に続きます。しかも、知識(情報)は、循環・ネットワークですから、似たような(繰り返しを含む)理論が次々と出てきます。果たして、このような考え方(還元主義)で人の心を含めた理論ができるのでしょうか。

 

抽象

人がわかるのはです。物と事は必ずとなって現れます。必ずです。例外はありません。このとなる性質は、弧理論の根幹にかかわるお話です。

  1. 物がわかり
  2. 事がわかり
  3. 初めて言葉で言える
  4. それから、物と事の価値がわかり
  5. 意識を通して判断できる

自然科学とは、数式を含む言葉で言える3.以降のお話です。

ところで、弧理論では物と事のわかる範囲は、それぞれ異なります。

図4 長さのスケール(物のわかる範囲と事のわかる範囲)

物がわかる範囲は、事がわかる範囲より狭いです。しかも、事の複雑さに限りはありません。複雑な抽象と言います。

図の通り、小さな領域にかかる素粒子物理学と大きな領域にかかる宇宙論を統一した究極の理論は単なる抽象です。しかも、究極とされる理論が幾つも出てきますし、宇宙は幾つもあると言う結論だったりします。なぜならば、それらの理論には繰り返しが含まれているからです。

それでは、抽象は何処にあるのでしょうか。物と事は必ずとなって現れます。彼ら物理学者の抽象(理論)は何処にあるのでしょうか。理論ととなる(物)は、何処にあるのでしょうか。

理論と対となるのは、宇宙でもありませんし、素粒子群でもありません。理論、数式となっているのは、彼らの脳の神経繊維を流れる生理的電流です。図2をよくご覧下さい。どのような記憶、情報、理論であっても必ずブラックボックスに帰結します。抽象は脳内にあります。

 

2つの心

実は、「わかる」には2つあります。還元主義にかかるそれ以外に次があります。

  • 岡潔が言った「的にわかる」
  • 善導大師が名付けた「」 視覚・聴覚の覚
  • それ以外に、ヲシテ文献によるナサケヱダ
  • 現在、日本人にわかりやすいものとして「気付く」の気(キ)がある

これらの「わかる」が知識、意識を下支えしています。これらの「わかる」がなければ、一切は存在しません。

つまり、冒頭の動画で示された物理学者が考える理論には、人が持つ2つの心の仕組みが入っていないのです。彼らは、人に心が2つあることを知りません。ブラックボックスの積み重ねで出来る処理系としての「わかる」には、2つの心の仕組みと働きが入っていません。

心の仕組みと働きが含まれない理論には、それの他に「発見」の仕組みが抜けています。これを仏教では他力と言います。発見については、次のように問題提起されています。【10】数学上の発見より。

ポアンカレーはここで自分の数学上の発見を数々述べて、そうしてそのあとでこういってる。「数学上の発見は特徴、3つある。1つは一時にパッとわかってしまう、瞬間にわかってしまう。第2は理性的活動なしに起こったことは何時もない。しかし、その時期は随分ずれる。それも1年とか1年半とか経ってからのことが多い。

 第3は結果が理性の予想の範疇の中にあったことはない、理性の予想通りであったことはほとんどない、大抵は予想とは違う。この3つの特徴を備えているが、これは如何なる知力の働きによるのか、誠に不思議である」と、そう書いている。

 

以上、彼ら物理学者が考えている宇宙に対する考え方には、自身が入っていません。人とは何かを考えていないからです。アンリポ・アンカレが「如何なる知力の働きによるのか、誠に不思議である」と書いているのは、に至る前段階にある心の仕組みと働きをわかっていないからに他ありません。

  • 岡潔「自然科学は心が2つあることを知らない」

当たり前のことながら、人工知能に発見の働きはありません。自然科学にもありません。ほとんどの人が他力とは何かわかっていませんし、誤解しています。ほとんどの人は日常、発見という行為に無縁だからです。

それと、発見による成果(知見)は個人の権利を主張できません。発見は本人の意思で成されません。本人の責任ではないからです。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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