岡潔「数は量のかげ」 ならば、「言葉、イメージ」も「量のかげ」

前回の記事での管理人の主張は、「物理現象は()であり、五感でわからねばならない。量を離れては存在しない」でした。

弧理論の考え方では、陽子・中性子・電子が基本粒子ですから、物理()の基本単位は原子(陽子中性子電子)です。  感覚器官を備えた肉体を持った人の思考も原子により構成された(量)です。  ですから人の思考も原子により構成された肉体(量)の「かげ」によるといえます。 の上にも「言葉」も「イメージ」もあります。 五感の要素すべてです。

数も、言葉も、イメージも「量のかげ」ということになります。

当たり前ながら、人の死により思考は終了します。

 

岡潔は、彼の講演【8】大宇宙の本体は情であるにおいて、物質の基本単位として物理学の素粒子を取り上げています。素粒子は100種類以上あるとされます。 そうした中で、彼は『自然数の「1」は決してわからない』と述べていたようです。 注:岡潔著「一滴の涙」【6】数学の使えない世界の(※解説8)を参照ください。

しかし、基本粒子を陽子・中性子・電子の3種類であると考えるならば、話は簡単になります。  (管理人の記憶では)量子論において電子は、電荷と質量を持ち、大きさが無くて位置がある。いわゆる質点として表されます。電子はスピンという状態を持ちますし、その存在は確率で表され、全空間に渡って積分することにより、存在の確率は「」になります。数学的には、存在は波動関数として表されます。

clip_img164図1

例えば水素原子の基底状態は左上の様になり、中心に陽子、周囲に電子が存在します。 電子雲とも呼ばれます。

大事なことは、個々の電子に個性があると誰も考えないことです。電子を別の電子に置き換えてもまったく区別できません。 現象は離散的であり、すべての現象は重ね合わせです。 極端なことを云えば、自然はデジタル的であり、まったく無個性な3つの基本粒子で出来ている訳です。

存在の確率は「」であり、自然数の「1」は完全に無個性な「量」を裏付けとして認識可能だと考えます。 ただし、岡潔が「なぜ量たる宇宙自然が存在するのか」の疑問を『自然数の「1」は決してわからない』という結論にしたのであれば納得しますし、岡潔が「大宇宙の本体は情である」としたのも弧理論の考え方に沿ったものであると感じます。図4を参照ください。

 

昨年より、ヲシテ文献に記された縄文哲学について学んでいます。 過去記事の通り「カミ」の仕組みは納得のいく理解が出来たのですけれど、縄文哲学において想念に相当するのが何なのかどうしてもわかりませんでした。 恐らく

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の中央に記した「ヰクラ ムワタ ヲ ネコヱ ワケ」のどれかに含まれているだろうと中りを付けてきました。ヰクラムワタが五臓六腑でないことは明白でしたけれど、ネコヱあたりがそうかもと考えたときもありました。

池田満氏(11月京都ヲシテの会講習会)によれば、「ヨソヤコヱ」48音は、見えるコヱ48音と見えないコヱ48音の合計96音あると云われました。

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肉体に備わった声帯により発する声と頭の中において考える「声」の2種類です。また、視覚からのイメージも伴います。  ただ、ミカンを1個と半切れと考えるのか2個と考えるのかは問題です。そもそも、半分に切ったモノを同種のミカンと認識できるのかどうかが問題です。けれども上記の通り、水分や糖分、アミノ酸などすべての物質は3つの基本粒子から出来ており離散的な現象の重ね合わせですから、ミカンという括りもオレンジという括りも、半分という括りも黄色という括りも、食物という括りも、人が持つすべての思考や概念は、完全無個性の基本粒子(量)を以て認識可能ということになります。  なお、視線を移動したり瞬きをする前と後で「同じ」ミカンと認識できるかどうかについては、過去記事にある「ナサケ」+「アワレ」に関する考察を参照ください。

見える声も見えない声も「想念」により成り立っており、云うまでもなく「意識を通し」「言葉で言える」のですから、

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に示した想念の経路②によるということになります。 ネコヱである見えるヨソヤコヱ(48音)も見えないヨソヤコヱ(48音)も想念の経路②です。 そして、ネコヱは「ノヲシテ」を構成している要素であろうということです。  当然のこと、人の死によって思考は終了し、想念の経路②も閉じます。 岡潔によれば意識を通さない、言葉で言えないところの「深い心」は、西洋人は知らないと述べています。現代日本人でもほとんどの人が気(キ)付いていないように感じます。

だいぶわかってきましたけれど、まだ、「ヰクラ ムワタ ヲ」が何なのかわかりません。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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岡潔「数は量のかげ」 ならば、「言葉、イメージ」も「量のかげ」 への9件のフィードバック

  1. 佐々木 のコメント:

    >1bitの記憶にも~電気エネルギーが量として必要
    >人の思考、あるいは知能とは何か
    そう。だから
    >個々の電子に個性がある
    なんですよね。よくわかります。
    >運動/時間の比率は五感の範囲で一定値
    これは光速度一定の言い換え。実際は”地表、地球重力圏では”と注釈が要る。
    清家氏の発想のように「光速度Cを支える超光速度Dがあり、、、」とは、第一/第二/第三宇宙速度・・・と関連する定数なんじゃないかと考えます。地球圏の光速度、太陽圏の光速度、銀河圏の光速度のように。
    近くにあるモノは状態が似るとすると、ローパスを通して低周波が物質として観測される。銀河系Aの特性を持つ水素原子が、銀河系Bにポツンと存在はできない。ただ、距離無関係に通信ができるとは思うんです。
    位置Pにある水素原子と位置Qにある水素原子を励起させ(ヘンな言い方ですが)個性を持たせれば、そこには通信が起きるのではないか。ただ、近接的に徐々に通信させて、全体を集合体として見ると、個々が発揮できる機能とは別の機能が実現できないか。電子の伝言ゲームがマクロ階層では異なる働きにならないか。これが生命体の基礎構造だと考えています。機械も超広義の生命体です。

    • Φ のコメント:

      >>個々の電子に個性がある
      >なんですよね。よくわかります。
      私の意見は逆です。書き方を誤りました。電子に個性はないと思います。だから、人は情で物や事がわかるということです。無個性な粒子が集まって出来ているから、ミカンという概念が生じる。電子に皆個性があれば、集まって出来た「何か」にミカンという(皆に共通の)概念が生じないと考えます。時と場所によって「何か」が同じものだと認識すらできなくなります。ミカンを1個2個と数えることもできません。電子が無個性だから数を数えられます。 逆説的です。
      >全体を集合体として見ると、個々が発揮できる機能とは別の機能が実現できないか。電子の伝言ゲームがマクロ階層では異なる働きにならないか。
      粘菌を思い出します。でも知能とはちょっと違う気がします。
      >機械も超広義の生命体
      自己学習するAIは、人の思考とは異なります。機械で似たものはできても別だと感じます。物質としての人は脳で完結しますけれど、その先があり、E軸上の実体につながると考えます。岡潔は「大宇宙の本体は情である」としました。同じ意味です。脳はプラグです。 人工知能が覚えたことを「分ける事によりわかる」は真似ることができるでしょう。その意味で推論はできるでしょう。でも人工知能に気(キ)付くはできないでしょう。
      シミュレーションは「似せて」作ります。でも本物と同じではありません。

      • 佐々木 のコメント:

        逆でしたか。このテの話ができる人はif/else if/elseを全て捉えるので、書くことはifでも、elseの拒絶はしませんね。違いは面白い。
        >電子の個性
        個性というとちょっと違うのかも。特性でしょうか。
        図1は水素原子について、異なる電子状態(あるいは原子状態)を示していると考えます。ひっくるめてそれは電子と呼ばれ、異なる状態でもそれら全てが水素原子と言われます。波動関数が曖昧な表現なのかもしれませんが、何かしら経緯の上で工学利用されているはずであり、単純に空間を立方格子と見立てて、電子を静的なもの、とするわけにもいかないと思います。
        おそらくΦさんの言われることは、
        >電子を別の電子に置き換えてもまったく区別できません。
        電子という素のもの自体は互いに交換可能ということでしょうか。
        でも、位置Pと位置Qにある水素原子が異なる電子状態だとしたら、それは交換可能ではないはず。ユークリッド的3次元として、X/Y/Z軸それぞれに右回転と左回転の自転をする組み合わせがあります。
        同じ原子でも特性が変わることはある。しかし、分離した電子だけの特性には考える意味がない。質量、質・量とはうまい表現だと思います。弧理論の視点では、電子状態が変化する時に連続的な形状変化は見られず、離散的に投影される。瞬時に切り替わったように見えるのではないだろうか。かな。
        最近ネットでは「時間なんてものはない」と科学者が言っているニュースがありました。でもちょっと感覚的に違う感じがします。

        • 佐々木 のコメント:

          ttp://newstravel.blog.jp/archives/9223806.html
          ttp://karapaia.com/archives/52185782.html
          ttp://www.nikkei-science.com/page/magazine/1009/201009_040.html
          このあたりです。3つ目の最後の文はなかなかに示唆的です。
          科学な何なのか理解されぬままに科学的と流布され、実在とは何ぞやと考えることなく人の造った真実が広まる。ネットと情報端末の弊害と思います。これらが無かった時はもっと重力や空や風を感じる日々だったのかな。

          • Φ のコメント:

            一番目は、同意するところもあるけれど、ンッ?なところもあります。岡潔の述べた「原始人的無知」から脱しつつある感じです。記事元は2chからのようですね。原話はいつころなのでしょう。
            二番目は、ちょっと違うと感じます。
            三番目は、面白いですね。お金と時間を「発明品」と述べています。時間もお金も作り出す物です。「80年前に英国で行われた1つの実験」というのは何でしょうね。興味があります。私の考えでは、宇宙は12進数で扱った方が分かり易いと思います。時計は運動の角度を円板に示して、円板上に数字を割り振った物です。本当は角度の方が重要だと感じます。月も時分秒も10進数の(12)の倍数です。本当は12進数の方がよいと思います。とりあえず5つ珠のそろばんによる12進数の加減乗除と12進数による分度器が初めの一歩です。ここで素数が関係してきます。

            三つの記事に共通するアインシュタインについて、先の貴方のコメントに「光速度不変の原理の言い換え」というのがありました。相対論の計算に時間を用いている時点でダメだと思いますけれど、もしかしてアインシュタインは先に結論ありきで、理論を組み立てていったと感じます。

            人の時間の観念は、「シヰ」の特性に非常に似ています。図(五感で分かる範囲のスケール:数直線)を考えてください。極大と極小の両端に向けて五感ではわからなくなります。観測者に対して被観測物が光の速さに近いほど、五感で捉えられなくなります。表現しにくいのですけれど、5000円のワインと1000万円のワインでは五感でほぼ違いがないというのに「特性」が似ていると感じます。 即ち、人の五感(シヰ)の特性が「お金」と「時間」ともに非常に似通っているということです。数学でいえば非線形、それも3次曲線例えばy=x^3(x>0)のようです。線形なのは五感で捉えられる範囲の一部のみのようです。 矢張り時間は我々の五感の内にあります。それも記憶の中です。
            >実在とは何ぞや
            「五感でわかる」と特性を理解するのが最初だと感じます。

        • Φ のコメント:

          >このテの話ができる人はif/else if/elseを全て捉える
          発想の起点が異なるからです。例えれば積み木とジグソーパズルの違いです。全体をにらんで部分を考える。ばらばらに見えてやがて繋がると考えます。
          >特性でしょうか
          理解します。電子に幾つか「状態」があるということですね。
          >電子という素のもの自体は互いに交換可能
          そうです。素なる電子は少ないとというか、ほぼ無いと思いますが。言いたいのは、基本粒子に個性がないからこそ、「数や言葉の概念が生じる」ということです。電子が多くの個性を持てば、電子という概念は霧散しますし、数の概念も成り立ちません。基本粒子から成り立ったミカンも個数も「概念自体」が成り立たないと言いたいのです。
          >瞬時に切り替わったように見える
          その「見える」が問題です。岡潔は「情」と言いました。誰に教わる訳でなく松は松なりに「ミカン」はミカンなりの情がわかる。これは言葉で言えない、意識を通さないもので、「趣」がわかるのです。 でも、これではストップモーション(スチル写真)の様なものです。離散的な投影が「連続」と捉えられなければ離散的現象が「同一」と認識できません。  これについて考察したのが、縄文哲学の「ナサケ(ヱダ)」と「(モノノ)アワレ(ヱダ)」です。前者が離散的現象を「情」として捉え、後者が不連続な変化を「同一」として捉える「心の働き」だと解釈しました。また岡潔は、大宇宙の本体を情としましたけれど、縄文哲学のタマと同じだと解釈します。

          五感で捉えられるのは、質(量)と運動(または波)だけだと思うのです。岡潔が言ったように時間は過ぎた運動の記憶を観念化したもので、時間軸なるものは存在しません。ビッグバンもないと思います。過去記事に記したように、物理学者は木や魚鱗の年輪のような絶対時間を示す現象を探すべきです。背景放射を根拠とするならば、極端な偏りがなければいけません。無いというなら地球が宇宙の中心ということになります。まるで天動説です。

  2. Π のコメント:

    「五感でわからねばならない。」
    この「わかる」は
    英語に訳すとどうなるでしょうか。
    understand, see, infer, grasp, find out, discover,
    can tell, realize, make out, take in, prove,
    sympathize, empathise,
    follow, catch, appreciateなどが
    訳語としてありますが。

  3. Π のコメント:

    「量」の謎を解き明かす上で、
    「有限」と「無限」が鍵になると思っています。

    「有限」とは何でしょうか?
    「制限」、「限り」とは何でしょうか?
    「無限」とは何でしょうか?
    「無制限」とは何でしょうか?
    「制限が無い」ということは何でしょうか?
    「限りが無い」ということは何でしょうか?

    脳疾患の原因は
    脳内の血管(血液)の流れに
    「制限」が出来ることです。
    脳疾患で人間は死ぬことも多いです。
    「制限」、「限り」と「死」は密接に関係しています。

    しかし、
    人間は
    自分自身の記憶で
    自分自身の記憶に
    制限を設けたり、
    自他を分けて、
    自分と他人の間に
    境界線を引いたり、
    「お金」、「時間」という概念で
    生活を「制限」したりします。
    何故、人間は
    「制限」、「有限」、「限り」を
    そんなに好むのでしょうか。

    • Π のコメント:

      有限と無限の違いって何でしょうか?
      何故、宇宙に制限が存在しているのでしょうか?
      何故、人間は生まれてくる必要があったのでしょうか?
      何故、人間は死ぬのでしょうか?
      「生」とは何でしょうか?
      「死」とは何でしょうか?
      「性」とは何でしょうか?
      専門分野、科学技術、政治経済、宗教、
      教育、マスコミ、スポーツ、
      言語、生命、自然、人間の間を
      繋ぐものとは一体何でしょうか?

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