自然科学 に欠けている点

岡潔は、 自然科学 には問題があると指摘しています。管理人はある科学者の言葉がきっかけで 自然科学 の問題点について考察を続けてきました。

分岐点まで降りて、再び登る

ある科学者は、次のように述べています。

君たちの科学は一本の低い枝を知識という全体の樹木に変えていて、そのために科学がひどく複雑になっているんだ。そこでこの科学が実用面で応用されると、できあがった装置は手が出ないほどに複雑になるんだ。

君たちにとって最も必要なのは、自然の基本法則または事実がまったくかんたんだということを発見することだ。

正しく眺めれば、基本的な真理は常に簡単で理解が容易なのだ。

だから幹の上から眺めれば、枝は”枝″として簡単な、理解の容易なものになる。てっとりばやく言うと、君らの科学が進歩し続けるために必要なのは、君たがとまっている枝から枝との分岐点まで降りて、ふたたび登り始めることだ。

宇宙における科学のすべて、真実の探求と理解の追求のすべては、この三つの分野の中に入るんだ。もちろん、この三つの分野の間には明確な分離線は引けない。お互いにラップしているからだが、しかし、それらを支配する基本的な法則は全く同じものなんだ。

宇宙において、文明が完全にしかも成功して発展するならば、進歩のこの三つの支流に同程度の努力と勤勉さがなされなければならない。しかしながら、まず精神科学社会科学がでてくる。 その二つの基礎がなければ物質科学の発達はありえないんだ。

下線と強調は管理人による。3つの科学とは精神科学、(弧理論による)社会科学、物質科学を指します。また、3つの科学は互いにラップしています。そして、まず精神科学と社会科学がでてくると述べています。

地球の科学が進歩し続けるために必要なのは、分岐点まで降りて、ふたたび登り始めることだと云います。

 

自然科学の問題点

彼の言葉に従って、これまでに2つの根幹(精神科学・弧理論による社会科学)はわかりました。次いで、自然科学の問題点について考察してきました。主な記事を挙げます。

 

心の仕組みと働き(自然科学に欠けている「働き」)

心の仕組みと働きについての考察は、長くなりますので省略します。気になる方は過去の記事について、キーワード検索してお読みください。上記、2つの科学についての根幹です。

そこまでわかった上でのことです。先日、ある方との会話で、如来とは何かとの会話になりました。その方は、次のように示しました。

  • 如来 ものではなく、はたらき

管理人は、如来は仕組みであって、働きだとは考えていませんでした

  • ~のような、~のような、のような~・・・・

例で示します。

  • ヲ(男)はメ(女)の如し、メはヲの如し
  • 右は左の如し、左は右の如し
  • 上は下の如し、下は上の如し
  • 前は後ろの如し、後ろは前の如し

立場や環境によって、いずれが正しいと考えるかは異なります。これは仕組みです。それに対して「はたらき」が何処から来るのかわかりませんでした。

  • ヒト=タマ+シヰ+ウ(物と

タマは自己であり、心の本体です。シヰであり、生命維持の欲求です。ウは渦であり、物と事(動き)の起源です。

  • 物と事(動き)は互いに規定し合って成り立つ繰り返し

はたらき」は心の本体であるタマから来ているようです。そう、答えは最初から出ていました。

  • はたらき(働き)の結果が「動き

図1 物と事(運動)は実体の異なる面に過ぎない

時で整理しますと、次です。

図2

「物がわかる」が唯一の現在です。「事(動き)がわかる」は過去です。物と事がわかり音韻を割り付けることで、言葉で言えるようになります。そうして、意識を通して、価値がわかります。

事(動き)あるいは運動は、結果であって、過去です。その前にあるのが「はたらき:働き」である訳です。

自然科学には、動き運動)はあっても、初発能動とでも言うはたらき(働き)がないのです。

 

こう考えてみるとニュートン力学には、働きがありません。勿論、相対性理論にもありません。参考「ニュートンの運動3法則について

  • 第1法則 慣性の法則
  • 第2法則 運動の法則
  • 第3法則 作用・反作用の法則

第2法則(運動の法則)はを意味します。物理学者の寺田寅彦は「(意訳)力は人の便宜、物理学では加速度があるとのみ表現する」と云います。「物理学と感覚

決定的に欠けているのははたらき(働き)です。自然科学には、結果としての「運動(動き)」は取り込まれていますが、原因となる働きがありません。

考えてみれば、宇宙空間において、物にが働かなければ、等速直線運動するとはわかっていますが、物を絶対零度付近に冷却しても、原子の構造はバラバラになりません。また、宇宙の何処にも完全に静止している物などありません。宇宙背景放射はビッグバンの名残ではないようです。

 

働きはポテンシャルとして現れている?

世に、ゼロ磁場やゼロポイントフィールドなる言葉があります。

そして、外村彰氏による実験で電磁気現象の底にベクトルポテンシャルがあると証明されています。「電子波で見る電磁界分布 【ベクトルポテンシャルを感じる電子波】

これらは、自然科学に欠けた「働き」に到達した考え実験なのではないかと考えます。

われわれは君の国の多くの一流科学者の精神を調べてみたんだ。大抵の場合、われわれは科学者たちの精神が既成概念という鋳型で固められていることを知った。彼らは遠くまで進みすぎている。その結果、遠い道のりをあともどりしなければならない。私の言う意味を比喩によってもっとやさしく言ってみよう。科学知識を求める人間は木に登るアリのようなものだ。自分では上方へ動いていることがわかっていても、その視野は狭すぎて幹全体を見通せない。そのために幹を離れていることに気づかないで下方の枝の方へ移動するかもしれない。いっときは万事うまくゆく。自分ではまだ上方へ登れるし、進歩という果実を少しつみとることもできる。だがその枝が急に無数の小枝に分かれていろいろな方向に葉がちらばっているために本人はまごつき始める。同様に、知識の探求者は常に確固たるものであった”基本的法則”がいまや分かれ始めて反対の方向にちらばり始めていることに気づく。すると科学者は心によって受け入れられる知識の限界に近づいていることや、あらゆる物理的な法則は究極的にはまったく統計的なものになるという結論に達する。これは地下鉄の列車に乗って行くようなものだ。たぶん最後には目的地へ着くだろうが、どこへ行くのかがわからないために、同じ場所へ着くのにもっと短くて容易な方法があることをたしかめることができない。君たちの科学はいまこのような立場にある。

物理学者は「空間とは何か、時間とは何か、定義が必要」と考えているようです。「もっと短くて容易な方法がある」とは、言い得て妙です。120年も費やしました。

これでやっと、物質科学の原点へたどり着いたと実感でききました。発散トーラスの基本的な性質に「実体が安定な状態に復帰する際に、M軸にある物は運動せざるを得ない」という特性があります。これが原子の構造を形作っていると考えています。この「運動せざるを得ない」という性質を言い換えますと、「働き」と言えそうです。参考「第2版
「第3起電力」のエネルギー源について

 

Follow me!

ブログランキングの応援と広告のクリックをお願いします。 にほんブログ村 科学ブログへ  学問・科学ランキング  

Φ について

2010年より研究しています。
カテゴリー: 解説 タグ: , , パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA