教育は「知」に偏ってはダメな理由

これまでに、自然科学には発見・創造の仕組みがないと、何度も説明をしてきましたけれども、異なった言い方で表現します。参考の記事です。

または「ホーム」の右隣「動画での解説」をご覧ください。

 

岡潔の「情・知・意」

数学者の岡潔は、「情・ 知 ・意」の順に働くとしました。

  • まず、情的にわかり
  • 次に、知的にわかり
  • 最後に、意識を通してわかる

知識意識の領域の前に段階があるわけです。知識は、記憶や情報でもあります。

 

情と発見(他力)

おわかりかと思いますが、知識、意識は過去です。現在を含みません

図1 情的にわかるのみが現在 他は過去

現代の教育は、「 知 」に偏っているとよく言われることですが、その理由として岡潔は、子どもの情緒は豊かであるべきと説いています。これは至極最もです。しかし、もっと明確な理由があります。

には、発見の仕組みがないからです。発見とは仏教で言うところの他力です。言い換えると、心の現在である(情的にわかる)の働きを有効に発揮するのが発見です。

時制で言えば、情的にわかるは唯一現在で、それ以外は過去です。

岡潔の講演録と解説にあるように、「創造は無心」、「努力感を感じない精神統一」とあります。一言で言えば、「弛緩と関心」より発見や創造は来ます。言い換えますと、発見や創造は、自己の知識、意識、意思のです。如何ともしがたい部分があります。

 

知識・意識は循環・ネットワーク

知識(記憶)は、言葉(言語)です。これには数学を含みます。言葉は、互いに規定し合って成り立つ繰り返し循環であり、ネットワークです。例えばですが。

写真1

手元にある国語辞書を使って、上を説明した図です。

図2 スプーンは匙

明らかに、繰り返しでネットワークです。これは閉じています。写真1をより詳しく、詳しく説明してもきりがなくて、しかも、繰り返しになることがわかります。

知識が如何に膨大であっても、状況は決して変わらないことがわかります。これを外のない内と言います。既知の事柄を組み合わせて新しい何かを見つけることはできます。これを工夫とか改善と言います。

しかし、ここに未だ知られていない何か、仮にこれをXとします。Xは、誰にも知られていないのですから、工夫や改善によって到達することは極めて稀であるか、不可能です。

これが、Xをにより到達できない理由です。知には発見の仕組みはありません。知識や意識は過去ですから。

 

心の現在を生かす

発見や創造には、唯一の現在である「情的にわかる」を生かすしか方法はありません。岡潔は、その源泉を「子どもの情緒」にあると説いているのです。

「わかる」を時の順に整理した図です。

図3

岡潔の「情」以外の呼び名がありますので、参考にご覧ください。

  • 岡潔の「情」
  • 善導大師の「覚」
  • ヲシテ文献の「タマ」の部分
  • ナサケヱダ
  • 「キ(気)」
  • 「ト」のヲシテ
  • G・アダムスキーの「ソウルマインド:feel」

 

「わける」は抽象へ至る

改めて書きます。少し難しいですが、知識の過多は、心を病む原因となります。

  • 岡潔「自然数の1は決してわからない」
  • 2進数1桁の数において、
  • 1は0でない数
  • 0は1でない数

既知が「0と1」であるならば、0~1を0.2でわけるのも0.1でわけるのも、はたまた0.024でわけるのも精度の問題です。もう一つの問題は際限がないことです。「わける」ことにより行き着く先は抽象です。事の細かさに際限はありません。数学を含む言葉は、繰り返しだからです。既に物理学の先端は抽象です。

参考にの範囲を示します。

図4 図の両端において、物の量(長さと質量)は次元を失っている

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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