知っていますか、知識には活力があり、生命力もあることを。

単極誘導モーターに反作用の生じない仕組みを求めて研究を続けていますが、なかなかたどり着けません。 平行していろいろ考察を続ける中で、最近考えたことを記します。 非常に難しい内容です。

過去に

  1. 物理現象は「整数」である
  2. 物理現象は「2π」より「360度」に馴染む

と記しました。  1において、弧理論の仕組みから、なぜ物理現象が離散的に現れるかの理由を述べました。 3次元物理空間を数直線して見ると現象は離散的であり整数として表現されているということです。弧理論(解説)のサイトでは、弧理論を万華鏡やX線構造回折の現象に例えました。 また、リーマン予想にでてくるゼータ関数は弧理論の複素数平面によく似ていました。(注:宇宙と”数”の関係は、12進数の素数を用いることでより理解が深まると予想します。)

そして、2において、3次元物理空間を等分するに都合がよいのは12分割であり、よって10進法より12進法の数学システムの方がより可分性があり有用だろうと書きました。 水素原子の波動関数や雪の結晶がよい例ですし、古来より星座を12にして季節(時間)を12(12の倍数)としたのも当然のことでした。

 

(あ) 数学者岡潔の講演録(1)の【8】「大宇宙の本体は情である」によれば、岡潔は「大宇宙は一つの物ではなく、その本体はだと思う。情の中には時間も空間もない。だから人の本体も大宇宙の本体にも時間も空間もない。そういうものだと思うんです。」と述べています。  「情」とは、辞書によれば、1.物に感じて動く心の働き、感情  2.他人に対する思いやりの気持ち人情、 3.まごころ、誠意、 と書かれています。  岡潔によれば、このような「情がどうして生き生きしているのかというと安定な素粒子、例えば電子は不安定な素粒子の訪問を受けており、不安定な素粒子が運ぶのが情緒だ」ということを述べています。 言い換えると「宇宙の本体は情という活力である」というようなことです。管理人はそう理解しました。

(い) 管理人は、一応理系でした。 今はすっかり忘れてしまったのですけれど、サイバネティクスから情報理論が発展してきたこと。情報量は対数を含む方程式から求められたこと。情報の基本量は対数方程式から2進数(bit)が用いられるようになったこと。(コンピューターの実現には2値が便利) 情報はエントロピーと関係があること。 情報を蓄えるには微量ながらエネルギーが必要であることなどを、ほんの少し覚えています。 (確か、物理数学の教科書に載っていたと記憶していたのですが、どうしても見つかりませんでしたが、記憶違いでした。 エネルギーとエントロピー及び情報量の関係は「改訂版統計力学:共立全書:久保亮五著:4.2孤立系のエントロピーp91~」にありました。今読み返してみると量子力学の不確定性原理と関係があるようです。)

(う) あるサイトの情報によれば、「知っていますか、知識には活力があり、生命力もあることを。」と述べられています。知識には活力があることや知識には生命力があることが述べられています。

(え) 知識は情報です。また、知識は言語により表現され伝達されます。 例えば、弧理論という考え方もまた知識です。 弧理論は拙著弧電磁気論や解説サイトに日本語で記しています。 弧理論には宇宙の構造と原子の構造、それらが示す働きが織り込まれています

まとめると

  1. 宇宙の本体は「情」という活力である。(あ)
  2. 弧理論という考え方は、宇宙の構造を表す知識(情報)である。(え)
  3. 情報(知識)を蓄えるには僅かばかりエネルギーが必要であり、宇宙の内にある。(い)
  4. 知識(情報)には活力がある。(う)

弧理論という知識は宇宙の内に存在します。 また、僅かなエネルギーを用いて記録されています。 記録されている内容(知識・情報)は、宇宙の構造と働きです。 そして、知識(情報)は活力を持っています。つまり、知識は岡潔のいう情に近いものであろうと考えます。

まとめると、(1)→(2)→(3)→(4)を通り(1)へ戻ることになります。  ここに再帰性があるということです。 入れ子の構造をしているということです。 結局、我々は宇宙に関する知識を得ることで活力を得ることができるということです。 私たちは宇宙の無限の流れの中で、知識を得ることにより、宇宙を知り、活力を得ることができるということです。 宇宙の知識を得ることによって、エネルギーの流れの一部を利用できるようになります。孤立系の自然科学ではできないことです。

冒頭のとおり、数学は知識(情報)であり、宇宙の構造と深く関係しているけれど、多元宇宙を仮定する為には、数学を含む我々の言語・思考が宇宙の他を含めることが可能であることを最初に証明しなければ、仮説自体に意味がないと考えます。 何せ数学を含むあらゆる知識・言語・思考は僅かばかりのエネルギーを必要としており、かつエネルギーは宇宙の内にあるからです。 弧理論は、宇宙の外について一切言及していません。

追記:突っ込みどころはあるでしょうけれど、例えば、「宇宙の外にエネルギーがあるかも」と言っても、それは宇宙の内だと思うのですが。 視点を宇宙の外に置くといっても、その思考は宇宙の内でしょうし、不連続な宇宙は定義できるのでしょうかネ。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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