大栗博司氏による 重力のホログラフィー はあり得ない

大栗博司氏(東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 主任研究員 )による研究「量子もつれが時空を形成する仕組みを解明~重力を含む究極の統一理論への新しい視点~」の解説をする動画があります。

動画1

宇宙は投影された”映像”だということです。大栗氏によるわかりやすい解説pdfにあります。物理学者たちは4つの力を統一するに100年の歳月を費やしてきました。
図1

3つの力は統一できたようですが、残る重力を統一するに大栗氏はホログラフィー原理が必要だとのことです。大栗氏による概念図です。

図2 出展:IPMU 量子もつれが時空を形成する仕組みを解明~重力を含む究極の統一理論への新しい視点~

この自然が投影による映像だという考え方はよいと思います。どうも、管理人が参考にしているヲシテ文献や岡潔や山崎弁栄上人、仏教(如来)の示すところは皆同じだからです。この考え方は、弧理論の前提と同じです。

  • 自然(宇宙)は別の次元軸(E軸という)からの投影による映像(M軸という) 自然は映像

ただし、重力を統合するために持ち出したホログラフィーというのは明らかに間違いです。以下は、wikiによる説明です。

ホログラフィーは、3次元像を記録した写真であるホログラム (hologram) の製造技術のことである。ホログラフィーは情報の記録にも利用することができる。

3次元像を記録した写真であるホログラム (hologram) の製造技術のことですから、「3次元→2次元平面」という発想です。肝心な記録(情報)蓄えるという働きについて、基本的な勘違いがあります。

情報(過ぎ去った運動の記憶、記録)を蓄えるには僅かばかりのエネルギー[ML2T-2]が必要です。必ず

 

少し、余談です。ヲシテ文献ではヒトとは、「タマ(心の本体)+シヰ(生命維持の欲求)+肉体」により構成されています。タマシヰには物の運動を記憶する働きがありません。ですから、ヒトには肉体が必要です。ヒトがわかるのは物と事です。事とは運動をいいます。運動の一つの形態が情報です。

 

情報を蓄えるには新聞や本なり、ハードディクスなり、SDカードなりの媒体が必ず必要です。ホログラフィーには必ずホログラムという媒体が必要なのです。大栗氏のホログラフィーの媒体は空間の内にある必要があるということです。これは矛盾です。わかりやすい解説pdfのP33から一部引用します。

ホログラフィーというのは、もともと光学の用語で、3次元の立体像を2次元面上の干渉縞に記録し再現する方法のことです。超弦理論では、量子重力のすべての現象は、空間の果てにおいたスクリーンに投影することができ、その上の重力を含まない量子力学理論によって記述できると考えられています。これを表現するのに光学の用語を借用して、ホログラフィー原理と呼ぶのです。
たとえば私たちは、縦、横、高さで指定される3次元の空間を実在のものだと感じています。しかし、空間の果てにおかれたスクリーン上の理論から見ると、3次元の空間も、そこに働く重力も幻影だということになります。 ホログラフィー原理によるとこの2つの見方のどちらがより本質的かという問いには意味がなく、これらは量子重力の異なる側面を表していることになります。

下線は管理人による。「空間の果てに置かれたスクリーン」が問題です。図2の右に示された円筒形の表面に書かれた「0と1」という情報のマトリクスです。この0と1という情報を蓄えるには、必ず媒体が必要です。大栗氏の理論において、0と1からなる情報はどのように蓄えられているのか不明です。今、この記事を読まれている貴方がいる場所空間の果てに置かれたスクリーンと一体、何がどう異なるのでしょうか? どう考えても間違いです。このままだと、「空間に置かれたスクリーン」にある情報を蓄える仕組みが必要になります。これでは、さらに空間の果てにスクリーンが必要となり、繰り返しになります。大栗氏がそのような仕組みは不要で、そこで証明が終わりと考えておられるならば、管理人には理解できません。

繰り返します。情報を蓄えるには必ず媒体が必要です。例え、原子1個でも必要です。「世界最小の原子メモリユニットを開発

数学に長けた人たちは、基本を忘れているような気がします。大栗氏の理論も大栗氏の頭脳にある生理的電気信号に過ぎません。 以下、参考です。

事(運動)には次があります。

  • 角度、時間
  • 速度、流速
  • 加速度、躍度(加速度の時間変化)
  • 圧力、気圧
  • 温度
  • エネルギー
  • 波動(時間の観念を含む)
  • 孤立波(ソリトン)
  • ソリトンの一種である素粒子
  • 電磁波、光子
  • 確率
  • 情報(記憶)

なお、言葉の一種である””には2種類あります。

  1. 数は物の量のかげ
  2. 数は事の質のかげ

岡潔の「自然数の1は決してわからない。」もあります。2進数の1は0でない数。0は1でない数です。

物と事の特徴として、次があります。

  • 物と事は一つの実体の異なる面に過ぎない。
  • 物と事は互いに規定しあって成り立つ繰り返し、循環であり、ネットワークである。

大栗氏による解説にある「量子重力の異なる側面を表している」は、上の特徴「実体の異なる面に過ぎない」にとても似ています。(映像の基礎に近い。) また、下の「互いに規定しあって成り立つ」というのは、「不確定性」に通じます。というか、同じです。右検索欄で「不確定性」を検索すると10件ほど過去記事があります。

自然が映像ならば、不確定性原理は原理ではなくて、結果です。また、自然が映像ならば、確率も原理ではなくて結果です。

図3

時の現在は””です。時の過去は””ですし、運動です。

不確定性は「現在≠過去」ということで、物と運動同時に成り立たないことを意味します。(当たり前です。)

 

追記10/16 重力のホログラフィーについて考えていたら、孫悟空の寓話を思い出しました。西遊記の成立は16世紀ころとされます。 お釈迦様の掌から觔斗雲に乗って飛び出した孫悟空は空間の果て巨大な柱を見つけました。巨大な柱に落書きをしたら、柱はお釈迦様の掌の指であったというお話です。

図4

失礼ながら、孫悟空の落書きは、大栗博司氏による重力のホログラフィーの概念図にある「0と1のマトリクス」です。そして、媒体お釈迦様の指であり、これがスクリーンです。発想は、16世紀の状態から1ミリも出ていないです。サイト内を孫悟空で検索すると4件ヒットします。参考記事。

反論があるとしたら、ホログラフィー原理は数学上の話というかもしれません。ならば余計に理論は抽象に過ぎないということになります。

複雑なとは抽象です。事の質にかかる複雑さに際限はありません。同時に、物の量は次元を失っています。つまり、抽象は物理量ではありません。事の質です。

図5

 

追記10/18 上にあげた数式について。間違っている点がわかりました。

右辺の{hバー}はh/2πです。hをプランク定数と言います。wikiによれば、hは次の値と次元を持ちます。

h=6.62607015×10-34Js

s(秒)は物の量ではありません。事の質で、時の過去です。

自然科学の問題点はいくつかあります。

  • 時間は物の量ではなく事の質である。
  • 物の量と事の質を混同している。
  • (弧理論からすると)空間は自明ではない。
  • (弧理論からすると)近接作用はあり得ない。

余談です。

学生の頃、「素粒子?に全宇宙の情報が詰まっている」という話を聞きました。そのころは、「そういうものなのか」と漠と納得していました。しかし、情報理論を学ぶうちに、変だと思うようになりました。

空間の部分は”場”です。場のさらに小さな領域を”素なる領域”と呼ぶようです。素なる時間と素なる領域に全宇宙の情報が蓄えられているとの考えです。そうすると素なる領域に全情報を蓄える仕組み(記憶装置)があることになります。この仕組みは、大栗氏によるスクリーンに相当します。スクリーンに装置としての仕組みがあることを説明する必要が出てきます。仮に、自然が映像ならば、そのようなことはなくてもよいです。映像に本質は一切ないからです。それと、空間とは何かの説明がありません。だから、このような奇妙な(どこまでも説明が必要になる)ことになるわけです。物や事の本質は別にあります。

ループ量子重力理論、スピンネットワーク、重力ホログラフィー、ひも理論などについて。どうも、複雑極まりない理論から簡単な(映像、繰り返し、ネットワーク)理論へ遷移しつつあるように感じます。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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