物理学者たちは、何故 素粒子 や場にこだわるのだろうか?

これまで、管理人はすべての起源は何にあるのだろうかと考えてきました。かつてより、元素は原子から、原子は素粒子から、 素粒子 は空間より出て、その起源は空間の部分である”場”にあると(なんとなく)信じてきました。つまり、固体や液体、気体などの元は空間の場であったり、素粒子の集合であると。

ところが、いろいろ調べてわかってきたのは、我々の住む宇宙はE軸からの投影による映像だということです。その結果、考え方が変わってきて、今では”なぜ物理学者たちは、素粒子 や場にこだわるのだろうか?”と思うようになりました。

 

例えば、「物質と空間(あるいは場)」を「映像と画素」に置き換えます。

写真1 ニュートンのゆりかご(Newton’s cradle)

すると、Newton’s cradleの本質は、その画素に無いことがわかります。

写真2 吊り下げられた金属球とその動きの本質は画素にないし、金属球間の力は画素間で伝わっている訳でない 画素と力は無関係

つまり、物質とその運動の本質は、空間や場には無いということです。もちろん、素粒子にもありません。映像の元となる何かは別にあるのです。空間にすべての起源を求めることに無理があります。

ついでながら、金属球が接するということも画素に注目するとあり得ないことがわかります。自然が映像ならば、近接作用はあり得ないこととなります。この辺りは過去記事を参照ください。どうも、自然科学はを混ぜこぜにしています。

そもそも4つの力を近接作用で統一するという考え方自体に問題があるように思えます。

図1 力の統一の歴史

この20世紀からの混乱の元は電磁気学成立の過程にあるようです。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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