自然科学の問題点

前回までの記事で、自然科学は間違っていると言い切ってよいようです。ほぼ確定です。改めて 自然科学の問題点 をまとめます。

  1. 唯物主義の限界
  2. 時間は物理量ではない。
  3. 要素還元主義の限界

1.数学者岡潔は、自然科学者が考える自然を物質的自然と名付けました。※ 自然科学者の唯物主義について、「五感でわからないものはないとしか思えない」のだと云いました。人の肉体に備わった五感には限界があります。

感覚器官は細胞でできており、タンパク質であり、元素です。五感でわかる範囲は概ね赤い括弧で括った範囲になります。この範囲内であるというのが唯物主義の限界です。しかし、自然科学者は例えば1020倍ほどに拡大することにより範囲を越える物質や現象を観察してきました。これに限界が存在していることに気付かないのです。ですから、観測や実験の結果は液晶画面上の図やグラフであったり、グラフから得た情報を元に作成したCGが多いです。

図1 https://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/2013/10/08/709-01.jpg

「わからないものはないとしか思えない」のです。彼ら自身が仮定の元に考えていると思っていません。だから探求に際限がありません。立ち止まって考えることができません。「【 3】 五感でわかるもの

自然とは何か、とても問題です。弧理論の考え方からすると自然の内、物質的自然が扱う領域は4分の1から8分の1くらいではないかと考えています。

 

2.時間は人の五感でわかる物質あるいは物体の運動から作ります。直接わかりません。初めは天体の運行による日時計でした。

写真1

そこからアナログ時計になりました。

写真2 円板の半径により、針先の移動距離(量)は変化する

時間は角度です。角度を数字に置き換えたものです。これは量ではありません。前回記事の一部を繰り返せば、測地測量の一つである三角測量において、面積は角度で求めますが角度は面積(土地という量)に関係ありません。ある種のパラメータであると云えますが、量ではありません。

写真3 アリダード 懐かしいので写真を

時間の一番の問題点は、五感でわかる運動から作った時間というモノサシは、五感でわかる運動の計測(比較)にしか使えないということです。

因みに角度は12の倍数で数えます。弧理論の立場から云えば、質量と長さを12進数で扱う方がうまくいくと考えています。物質的自然は別の次元軸からの投影による映像だと考えます。投影角が物質的自然にはとても重要だと考えます。

 

3.わけることによりわかる」とするのが要素還元主義です。調べたい対象をブラックボックスとして、対象に対する入力と出力の関係から対象を「わける」ことにより「わかる」とします。

図2

図3

分けられた対象もまたブラックボックスです。

追記11/16 少なくとも一部は有限である必要があります。ですから自然科学は孤立系の科学です。

 

自然科学者による科学的探求は、1.の唯物主義と相まって、3.の要素還元主義が続くのです。それを仲立ちしているのが2.の時間です。

図4

時間は運動から作ります。時間を使って対象の物質や運動を記述しています。ここに循環の仕組みがあります。(図4左) 自然科学は循環論法です。ただし、五感でわかる運動から作った時間というモノサシは、五感でわかる運動の計測(比較)に使えます。(ニュートン力学は典型です。) つまり、自然科学は大きさのスケールを表した表の赤い括弧で括った範囲においては使えます。 範囲の左側(素粒子物理学)になると、堂々巡りに入っていきます。前回に指摘した「具体から離れて抽象の世界」になっています。それを推し進める道具が数学です。右側の範囲は相対論の記述する世界です。

相対性理論は、時間を光速度に置き換えて、時間空間並びに重力を記述しています。光速度(次元は[LT-1])を知ろうとすると、その前に時間がわからねばなりません。時間は運動から作りますので、これまた相対論は循環論法です。

時間を用いることにより論理的に精度よく計算できますが、具体ではない形で循環論法に入っていきます。 またどういうわけか自然には、「わけることによりわかる」という対象が際限なく存在します。極小の世界には幾つも波があって、それを量子化したものが存在するのです。どういうわけか12の倍数の離散的な波が存在します。12の倍数個存在する素粒子群は基本粒子未満の破片だということになります。この辺りから弧理論の考え方で解釈できる話になります。

 

実際のところ、自然科学者は「自然とはどういうものかと少しも考えずに、一人決め」にしました。その上で対象をめいめいが科学したものを寄せ集めたのが自然科学です。「【1】 このままでは人類は滅びる」を参照ください。 ですから、全体は統一がなくてバラバラです。各分野のつなぎ目に放置された問題がありますし、よく考えるとわからないのです。例えば、素粒子群を寄せ集めても物質の結晶構造の説明ができません。繋がりません。

写真4 200種ほど存在するという素粒子群と結晶構造の間に相関はみられない

 

余談です。 一昨年より昨年、昨年より今年と段々とうまく表現できるようになってきました。割と突っ込みどころは少なくなってきたように感じます。以下は自身の頭の整理のために書いています。

研究の進め方について、毎回書く記事の内容があちこち飛びます。直近で何を云いたいのか伝わらないと思いながら進めています。 一番近いのが某TV番組「パネルクイズアタック25」です。

パネルクイズ アタック25写真5

クイズに答えて正解ならば陣地をとって、陣地の多い回答者が最終の回答権を得ます。パネルの数字に隠された絵を当てるクイズです。(ほぼ見たこと無いので当たっていますかネ。)

パネルに隠された絵を求めて思いつく限りの問題にあたっているということです。現在までに何をしてきたかです。

  1. 電磁気現象が別の次元軸に原因があるのではないか。元ネタはG・アダムスキーの紡錘図形とダニエル・フライによるお話し。
  2. 井出治氏のトランスについて、1.の考えで考察。4次元を4つの3次元に分解して「次元間を移るたびに位相が替わる」として考えるのは困難を極めた。
  3. 発散トーラスのアイディアに至る。渦有りでありながら発散ありで、かつ単極であるという場。
  4. 電磁気現象の内、ファラデーの単極誘導が何故か無視、放置されている。歴史的に不自然。現在まで放置されてきた。起電力が異なる2つの方法で説明されることは謎とされてきた。後に自然科学の発達に大変な影響を与えてきたと気付く。
  5. 主に単極誘導モーターの力学特性について確かめる。回転させる機構を持たない単極誘導の現象は宇宙の本質に深く関わると自覚。
  6. どうも空間は複数の発散トーラスの組み合わせ(楕円磁場)によりできているらしいことに至る。
  7. 数学者岡潔の言葉により自然学に問題があるとわかる。考察を開始。
  8. 同時期に、日本には漢字伝来以前に日本固有の文字があることを知る。勉強を始める。
  9. 2016年末、縄文哲学(ヲシテ哲学)の核である「カミ」の語句と紡錘図形の意味が同じであると気付く。宇宙の中心は「ア」と「ワ」の2つあり、これが母性と父性の根源らしい。どうも物や事の二面性はここから出てきているようだ。二項対立も同じ。神と悪魔などの宗教の根源も同じ。また、6.楕円磁場も根源は同じ。
  10. 自然科学には問題があり、限界に達している。抽象的に複雑すぎて、既に衰退の域に入っている。
  11. 自然は、互いに規定し合って成り立っていることをさとる。物質的自然、言語、数学も同じ。仏教における縁起(此があれば彼があり、此がなければ彼がない。此が生ずれば彼が生じ、此が滅すれば彼が滅す。)にほぼ同じ。その根源が「ア」と「ワ」にあることは明白。要素還元主義は成り立たない。
  12. 研究を進める上で、3つの科学(精神科学・社会科学・物質科学)に均等に努力する必要がある。

常に念頭にあるのは、12.です。だから話題がバラバラに飛ぶのですが、9.によりパネルに隠された絵が何であるかを掴みました。それが精神科学です。まだ、社会科学の何たるかをわかっていません。先は長いです。精神科学・社会科学に傾注すれば、いずれ物質科学に進展があるはずと考えます。

こうやって振り返ると自身何を目指してきたのか、よく分からずにここまで来ました。正直自身が知る限り人類史上最大の問題に取り組んでいるようです。岡潔は自然科学の問題点を指摘して先を急ぎましたけれど、管理人はじっくり期間をかけて取り組んだのがよかったです。 岡潔の云った「大宇宙の本体は情である」というのより、ヲシテ哲学に示された核(タマ+シヰ)の方がより詳しいです。

因みに電磁気現象が高次元の回転だと考えておられる方がいます。似た考えをもたれる方もあるようです。「電気は高次元の回転ではないだろうか

 

Φ について

2010年より研究しています。
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