ある研究者にとっての 自然 とは何だろう?

何年か前、ネットで読んだことで気になっていたのですけど、元記事がどこにあったかわかりませんでした。 先日、よく似た話を聞いたのでメモします。

某研究者が保湿剤の試験をします。その材料が持つ性質を利用したいのですが、その材料を使うと併せて防腐剤が必要になります。人に触れたり身体に入る物ですから防腐剤は避けたいところです。そこで、カビや細菌の繁殖しにくい材料が有利であるとして試験をしているとのことです。背反する性質を持つ材料というのはどうも変に感じますけど。得てして無害は有益でないとも云えます。ベントナイトは、無害ですけど有益でもないからダイエット食品に使われます。泥を喰うって・・。

研究者が欲しいのは材料と試験結果を統計処理して有意であると判定が出たデータです。その試験について冒頭ネットで書かれていたコメントが、確か「(自然から)欲しいデータを叩き出す」という表現でした。このコメントに違和感があったので覚えていました。

例で挙げた保湿剤に安全性があるかどうかはもとより、その材料に市場があり、どのような製品に使われ、どのようなマーケティングが行われるかなど一研究者には関係ありません。ましてや研究者が 自然 をどのように考えているかはまったく関係ないのです。

わけることによりわかる」というのが要素還元主義です。特性の一つに着目して、入力と出力を一対一に限定して試験をするわけです。 全体のことはまったく関知しないのです。

数学者岡潔は、講演で人類は滅びるとして次のように述べています。「【1】 このままでは人類は滅びる」より引用します。

今は間違った思想の洪水です。世界は間違った思想の洪水です。これから逃れなければ人類は滅びてしまう。 で、その為に思想の間違いの根本はどこにあるか、それを調べましょう。

一番怪しいと思えるのは自然科学です。それで自然科学から調べます。大体、自然科学というものは、 自然 とはどういうものかということを言わないで、自然というのはわかり切っていると一人決めにしている。そして、これについて科学した結果を集めたものです。

だから、かようなものは学問とはいえません。これは単なる思想です。

自然 とは何か、どのようなものかをまったく考えずに「自然とはわかり切っていると一人決めにしている」と岡は云います。 自然科学は「一人決めにしたものを科学した結果を寄せ集めたものであって、学問ではない」と述べています。 自然科学は、めいめいが持つ思想で科学した寄せ集めだというのです。

これは、例に挙げた研究者の態度そのものです。一般に偏差値の高い者が研究にあたります。すると、研究者は対象を学校の定期試験と同じ形態に整えます。つまり「予め答えがあるとわかっている問題に特化(変形)」して研究の対象とするという態度です。

 

これまでの考察の結果、自然科学の全体は、次の図になります。

図1

これを観ると、自然科学が循環かつ幾つかに断裂していることがわかります。さらに細かく観れば、分野間に繋がらない部分があることがわかります。 岡潔が指摘したとおりの形をしています。時間が問題で、自然科学の全体は、古典の範囲とそれ以外(素粒子物理と天文学を含む宇宙物理)に断裂しています。しかも両端に終わりがありません。

 

なぜこのようになってしまったのか、最近、原因が言語にあるような気がしてきました。英語が主流となったのは、それなりに理由があると考えます。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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