量子力学とピカソの絵

永らく弧理論の考え方から 量子力学 について考えていると、ピカソの絵を思い出します。弧理論は4次元で考えます。 量子力学 は3次元で考えます

パブロ・ピカソと言えば、例えば次のような肖像画が有名です。

写真1

この絵の特徴について解説先から一部引用します。

ともかく、知覚、錯覚、図像主題を気にせずに、顔に注意を向けよう。なかなか視線が定まらない。顔がどう見えるか。大雑把に言うと、三つの分かれる。

(1) 横顔と正面やや右からの顔が合わさった顔
(2) 二人の顔、右半分の顔の向こう側から横顔がのぞいている。
(3) 一人の顔(ドラ・マールの肖像)

「横顔と正面やや右からの顔が合わさった顔」であり、「二人の顔、右半分の顔の向こう側から横顔がのぞいている。」というものです。

簡単に言えば、本来、3次元である女性の顔を正面の顔横顔が同時に2次元平面に描かれています。

ここで、研究の切っ掛けとなったある科学者の言葉をあげます。

君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない。

二つの次元を持つ幾何的な平面を考えてみたまえ。この面が君の視線に対して直角をなすとき、君はそれを平面と感じる。これはその実体の物質面をあらわす。次に君がその面を九十度ほど回転させると、その面は君の視界から消えて一次元のみとなる。これはその実体のエネルギー面だ。君はその面をとり変えたわけではない。ただ観点を変えただけだ。技術的に言えば関係位置を変えたのだ。一定の物体に含まれていると思われるエネルギーの量は、一定の観測者にとって質量エネルギー軸を中心にそれがどれくらい回転したかにかかっているのだ。別な関係位置から同じ物体を見ている別な観測者は、まったく異なる量のエネルギーを見るだろう。

数式とは相対性理論の、E=mc2のことです。「物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない。」というのがミソです。ここで、量ではない角度から作った時間は量ではありません。そこで、当サイトでは時間を含むエネルギー[ML2T-2]のことを運動Pと呼んでいます。運動量、運動エネルギーを表すにPという記号を使いますが、時間を含んでいますので、区別するために_(アンダーバー)を付けています。運動Pには次があります。

  1. 速度、加速度
  2. 温度、熱、圧力
  3. エネルギー
  4. 波(電磁波、光、孤立波:ソリトン=素粒子)

特に素粒子は運動Pの一種である波です。この孤立波の強さを測って、時間を含む数式(光速度c)を使って質量(GeV/c2)に換算するのは間違いです。

 

大事なのは人の感覚でわかるのは「」です。物とは物質であり、事は運動Pです。音や素粒子や光は物ではなくて”事”です。熱も圧力も”事”です。既に指摘したように、自然科学である物理学は物と事という区分ではなく、近接作用を基本とする「物質粒子と力を伝える粒子」として分類しています。この分類は間違っています。 2020年12月21日「自然が映像ならば、 近接作用 はあり得ない」 ついでながら、物と事(運動P)は別の次元軸上にある一つの実体の異なる面です。

これでは訳がわからなくなります。だからといって、量子力学が間違いだと言っているのではありません。確かに量子物理の成果である半導体はコンピュータや通信技術に生かされています。では、量子力学はどういったものなのでしょう。混乱の一因について、もう一カ所、ある科学者の言葉を引用して考えます。

たとえば地球の科学者は電子が粒子で、波動性の二重性をもつものと定義せざるを得ない状態にある。彼らは電子は確率波をもつ粒子だということによってこれを正当化させようとしている。これは心で描くことのできない状態であって、そのために進歩の唯一の方法として抽象的な数学に頼らねばならなくなる。

下線と強調は管理人による。例えば、3次元での物質の振る舞いは「波動性の二重性をもつ」、「確率波をもつ粒子」であることは確かです。しかしながら、先の引用の通り、物質と波は、一つの実体の異なる面に過ぎません。言い換えれば別の次元軸からの投影による映像だということです。物であると同時に波であるという状態は心に思い描けません。これまでの考察によれば、2つある心の内、第2の心(ヲシテ文献のタマ)は具体的でごく簡単な”物”しかわかり得ないのです。まして、物と波は同時にわかり得ません。仕方なく、第1の心の表れの一種である数式を持って考察を推し進めているのです。これは抽象であって、行き着く理論の先もまた抽象です。

 

ここで、冒頭の通り、視点の次元を一つ上げます4次元が本当の姿(顔)であるが、これを3次元に落として無理に描いた横顔が量子力学ということです。そして、4次元で考える弧理論の3次元断面は、どちらかというと正面からの顔(古典物理)に近いです。ある科学者は地球の科学について、「基本的に悪い点はない。」とも指摘しています。

 

様々なポテンシャルの原因は別の次元軸(真のエネルギー値を持つという意味でE軸という。)にあると考えます。勿論、重力の原因はE軸にありますし、電磁気現象もE軸からの投影であり、3次元空間(M軸という。)とE軸との位相問題だとの認識から、井出治氏による第3起電力仮説を説明した結果、出てきたのが発散トーラスです。また、4種類ある発散トーラスを組み合わせた楕円双極により核力4区分2種類あると考えます。詳細は略称。

図1

まだ、説明できていないことが多いですけれども、ずいぶん前から言っていることとして、自然科学は、弧理論の考え方から観て、4分の1から8分の1くらいの部分であるらしいと考えます。次図は2014年当時の参考図です。

図2

自然科学がM軸内に留まるのに対して、弧理論の考え方がE-M軸での位相と考えます。比較して自然科学は随分狭いと考えられます。

なお、相対性理論は、どうみても間違っています。空間が何に対して曲がっているのかというと光速度に対して曲がると言います。光速度は空間内(物質的自然)でのことです。光速度がわかるには、その前に時間がわからねばなりません。時間は空間内の物質の運動Pより作ります。これは循環です。

図3

相対性理論についての観測面での疑問は、「七つの科学事件ファイル―科学論争の顛末」に詳しいです。

これがわかったのは2018年です。その後、第1の心(ヲシテ文献のシヰ)自体が循環であるとわかりました。いかなる理論もこれを逃れることは決してありません。言い換えるとM軸内に留まっていては次の発達はないということです。

ということで、自然科学(量子力学)についていろいろ考えていますと、ピカソの絵を思い出すのです。  最近の記事は過去に書いたことの再掲載が多いです。(ただ、少しずつ詳しくなっています。) 記事について疑問に思われる語がありますならば、右検索欄で過去記事をお読みください。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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