ヒトハアノモノ 

「  ヒトハアノモノ  」とは、ヲシテ文献の一つホツマツタヱの中にある一文です。弧理論においては、次図の左上が「ア」で、左下が「ワ」です。

図1

横軸のM軸(物質軸、あるいは物質的自然)近くの紡錘図形が弧理論による原子模型です。そして、別の次元軸、これをE軸と呼んでいます。このE軸上の円の中心がアとワです。即ち、大宇宙の中心は2つあり、これがアとワです。

 

ところで、岡潔は「大宇宙の本体は情である」と述べています。また、「情は分かつべからざる全体である」と述べています。そして、人には心が2つあり、これを第1の心と第2の心と呼んでいます。第1の心は私わたくしという心であり、第2の心は私というものを入れようと思っても入らない心だと言います。2つの心はヲシテ文献のタマシヰに等しいです。それぞれをまとめて図にします。

図2

面白いことに、タマシヰのタマの隋心ナサケヱダがあります。岡潔のの訓読みはナサケです。これは第2の心の部分であることがわかります。現代的な言い方は「静止画がわかる」ということです。そのわかり方は、意識を通さず言葉で言えないが、何となくその趣おもむきがわかるという心です。

第1の心は意識を通し言葉で言えますが、言葉自体が互いに規定し合うことにより成り立つ循環に過ぎません。現代的な言い方は「動画がわかる」ということです。これはネットワークであり、外のない内です。動画がわかるためには、静止画の差異を記憶する必要があります。

ここで、岡潔は「情・知・意の順に働く」といっていますから、第2の心は情の働きによるわけです。そして、岡潔は第1の心は前頭葉に宿り、第2の心は頭頂葉に宿るとしました。情は分かつべからざる全体で、大宇宙の中心であるとしながら、頭頂葉に宿るというのは変です。 第1の心について、脳や人工知能の働きと比較してわかることがあります。第1の心(シヰ=生命維持の欲求)は記憶を司る働きがありますが、その仕組み(ハード)はありません。ですから、仕組み、処理系として脳(身体)が必要です。記憶(情報)を蓄えるにはハードとしての肉体が必要です。

つまりは、2つの心はいずれも身体という処理系にはないということです。で、この情の働きと生命維持の欲求を別の次元軸に求め、自身の身体を含め、自然は別の次元軸からの投影による映像だと考えます。であれば、大宇宙の中心「ア」(情であるとも言えます。)より心の本体であるタマは発し、生命維持の欲求であるシヰは、処理系である物質で出来た身体に近いと理解できます。つまり、人はタマ+シヰ+物質でできた身体によりできているということです。

動画1 池田満氏によるタマ+シヰ+物質の説明

よって「 ヒトハアノモノ 」である訳です。

 

さて、言葉は互いに規定し合うことにより成り立つ循環です。前回参考「空間 とは何か? 場とは? 位置と点から考える」そして、岡潔は「数学の使えない世界」に「自然数の1は決してわからない」と述べたとあります。

動画2

例えば、0と1を使う2進数を元に考えます。1とはゼロでない数ですし、ゼロとは1でない数です。ですから、1は決してわかりません。これは言葉が互いに規定し合うことにより成り立つ循環だからです。数が10進数でも12進数でも16進数でもn進数でも同じです。

図1の説明に戻ります。

すると、「ア」とは何かと問われたとします。アは決してわかりません。アとはワでないとしか言えないし、ワとはアでないとしか言えないのです。互いに補っているからです。 ヒトハアノモノ でありながら「ア」は決してわからないのです。ここで結論です。

私たちヒトの主なる「ア」は決してわからない。

この一文は、客観的にみて宗教です。管理人はこれまで最も根本的なこと、本当のことを知りたくて、第1の心により合理的に考えてきました。その結果、行き着いたのは宗教としか言えないものでした。

最近の記事で、何度か「第1の心(シヰ)は互いに規定し合うことにより成り立つ循環であり、ネットワークであり、外のない内」だから、第1の心では決してわからない(何も説明できない)と書いてきました。そして、この循環は心が病む原因でもあるから、物質的自然のすべての原因を別の次元軸に求めることで、この循環を当面の間回避できるとしました。しかし、ここに私たちヒトは、その本質から「ア」に到達することは決してないことがわかりました。

参考、2018年3月27日「宇宙の真理を探究するに最適の道具は 数学 だという。ならば何故、数学の難問に挑むと心を病むのだろうか?」、 2020年12月28日「過剰な 還元主義 は、大脳皮質を麻痺させて機能を低下させる

そういえば、聖書にあります。

神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。(創世記1:27)

人類は、自身が神になったような傲慢な文明を築いてきました。これは明らかに間違いです。「ア・ウ・ワ」の仕組みから人は決して神になり得ません。アもワも決してわかりません。ただ、カミの仕組みをわかろうとし続けることはできます。それが生きるということのようです。

どうも3つの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)と仏教などの最初は、以上のことをわかって、人々に伝えようと努めたようです。しかし、現状は悲惨です。2017年5月13日『縄文哲学の核心「カミの仕組み」はお釈迦様の云った「縁起」と同じらしい

 

弧理論(Ark Theory)は、どちらかというと3つの科学(タマ:精神科学、カガミ:社会科学、ツルギ:物質科学)の内、ツルギ:物質科学に近いです。しかし、大元であるタマ:精神科学の根本が宗教に発するとは想像もしていませんでした。3つの科学は、互いに重なり合っています。

図3

精神科学と弧理論による社会科学がわからねば、物質科学は出てきません。この意味が漸くわかりました。

 

実は、かなり前から「2016年11月22日、縄文哲学と宇宙哲学は統合と云うより”同一”ということ」はわかっていました。

図1 再掲

図1の元となったのが次図です。

図4 弧電磁気論より。紡錘図形は弧理論による原子模型にあたる。

更に遡ると図2の元は、次のモノクロ写真です。

写真1

これは、G・アダムスキーが遺したネガフィルムに映っていました。何でも、G・アダムスキーによれば、彼がコンタクトしたオーソンはイエスの生まれ変わりだと言います。

写真2

一方の、カミ(アとワはつながり、ウをもたらし、ウよりヒトを生じさせる。ヒトハアノモノ。)はヲシテ文献の核心です。アマテルカミさんも母方祖父のトヨケカミさんもカミの仕組みと働きを会得して、実践した方だと想像します。2つの出所は、たぶん同じです。写真1にある文字とされる何かも、上記の説明だと推測します。オーソンの目的は果たされつつあると考えます。

最近の世界の動向を見ていますと、UFOや宇宙人がいるか、信じるかなどのレベルは超えてきています。今やそれが何なのかを問う時代に入っています。当サイトに示した弧理論(Ark Theory)はその一つのアプローチだと考えます。それにしても、岡潔はとんでもないヒントを遺していました。いよいよ研究は12年目に入ります。キックオフには、まだ少しかかりそうです。宇宙には少なくとも2種類のポテンシャルがあります。差分が現象です。ヒントは、デファレンシャル・アキュムレーターと熱電対と単極誘導です。カギは発散トーラス。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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