なぜ 自然科学 は面白くないのか

かなり若い頃からの疑問でした。(特に物理学は面白くない。)その意味がやっとわかりました。

ここ何年か、ある程度の頻度で映画を観ます。邦画が多いのですけれども、昨日はディズニーのマレフィセント2を観ました。

動画1

アニメも映画もとにかく、エンターテインメント全般に超能力とか魔法とかが矢鱈に多いのです。以前から気になっていたことで、何故に魔法が多いのか。これが疑問でした。  画面の切り替えが早いとか、感動を演出するためにカメラを揺らせるとかの技法が気に入らないので、なるべくそうした演出が少ないものを選んできました。そうした演出とともに劇中での”魔法”とか”超能力”を題材に使った映画もなるべく避けてきました。邦画に少ないけれども、日本のアニメ映画には多いです。「カメラを止めるな」は映画館で観たとともに、森林プライムでも観ました。

そうした映画を避けてきた理由は、3S政策にあるとされてきたからです。ですけれど、余りに”魔法や超能力”を道具に使った映画が多すぎます。それが昨日の映画を観て気付きました。それが以下です。とても簡単です。

エンターテインメントは人々の希望の延長です。その延長に魔法や超能力が多いということです。

現代文明の基礎は自然科学にあります。自然科学の根幹は錬金術です。人々が(無意識に)求めているのは、宇宙へ飛び立つことや、自由にエネルギーを扱う事などです。具体的には重力制御やフリーエネルギーです。そういった科学や技術は、自然科学にはあり得ません。ですからエンターテインメントにおいて、そういった科学や技術を自然科学の延長上に見出そうとすると、基礎にある錬金術に立ち返らざるを得ないのです。人々を楽しませるエンターテインメントに超能力とか魔法を持ってくる以外の手法がないのです。根本的には、ハリーポッターの魔法の杖もスターウォーズのフォースも同じだということです。これが西洋発祥にかかる文明の限界だということです。

人々が(無意識に)希望する未来と 自然科学 の示せるそれとの間に乖離があるのです。だから、 自然科学 は面白くないのです。重力制御やフリーエネルギーが魔法(錬金術 自然科学 )で実現できるわけありません。映画は自然科学の徒花あだばなです。楽しんでも実を結びません。

少し説明を加えると、科学の基礎としての自然科学は、古典物理学の段階に留まっています。量子力学を基にした素粒子物理学は基礎になり得ません。古典物理学の前の段階にまで遡ってやり直す必要があります。それ以外に人々の希望を指し示す方法はありません。時間が物理量ではないことの事実は重いです。時間を用いずに記述するしかありません。自然は(別の次元軸からの投影による)映像だと云うことを忘れないでください。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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2 Responses to なぜ 自然科学 は面白くないのか

  1. れお のコメント:

    僕はハリーポッターやスターウォーズが小さい頃とても好きでした。
    勉強はあまりしてきた方ではないですが、
    勉強してもあの憧れの世界は”非現実”なのだとどこかで思っていましたが、3S政策の話とか、近くの世界ではそれが現実なのかも知れないというダニエルフライやジョージアダムスキーの書籍で知った時は衝撃でした。
    まだ僕にとっての非現実ですが、
    その世界に近づけるのが僕の目標です。

    • Φ のコメント:

      同意です。人々が無意識に持つ希望や夢を魔法や超能力としか表現できない自然科学は非力です。ロケットの9割は燃料で無駄です。加速器の機械装置としての効率は最悪です。自分で何も考えない盲目的な人々にも問題ありです。自然科学が基礎だと思い込んでいるところから覆そうとしています。本当に基礎から掘り下げる努力が必要です。ほとんど露出しませんので時間はかかりますが、少しずつ変化は出てくると思っています。
      当サイトが何を目指してるかわからないだろうと感じます。目指す全体像を説明するのは困難です。あえて一言で云えば「すべてを一度に片付けよう」ということです。うまく行けば、その前にすべてを破壊することになりそうです。12進数の困難は想像を絶します。この困難は誰一人逃れられません。

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