物質的自然 について知るには、別の次元軸から眺めるしかない

ずっと以前から、知識、情報とは何かが気になっていました。探求した結果、 物質的自然 は、我々の言葉(数学を含む)も、人の思考も循環(外のない内)だとわかりました。つまり、要素還元主義も唯物主義もすべてが循環である 物質的自然 を「わけることによりわかる」ことはできないのです。わかり切ることはできません。

数学者岡潔が山崎弁栄上人をひいて「自然は心があるために映写されている映像にすぎない」と云いました。「【3】 西洋の唯物主義」を参照ください。 物質的自然 の循環を脱するには別の次元軸を考えること、即ち、「物質的自然は、別の次元軸からの投影による映像」だと考える以外に循環から脱することは不可能です。

その上で、「知、知識、情報」がどこから来るのか、漸くわかってきました。情報を蓄える(記憶)には、僅かばかりのエネルギー[ML2T-2]が必要です。当サイトでは、エネルギーのことを時間を含まない運動と呼びます。 情報を蓄えるには、位置と質量を持った物質が一定の状態(運動)にある必要があるのです。ただし、これが何故「情報」なのかわかりませんでした。

色覚検査において、色のついたドットが何故、数字に見えるのかです。

図1 出典:「色覚検査の攻略本」「本当は効かない色弱治療」はなぜ存在したのか 進学・就職制限を受けてきた「色弱」の歴史とこれから (1/3)

知:知識、情報は、物質とその運動による状態に依存するということです。どう考えても物質的自然に情報の本質があるとは思えません。そこで、物質的自然が別の次元軸からの投影による映像だと考えるというふうに発想を逆転しました。 そうるすことで、これまで何となく引っかかってきた次の言葉の意味がわかってきました。

  1. 岡潔「数学の使えない世界
  2. 岡潔「論理も計算もない数学」・・・「岡潔の数学教育の考え
  3. 自然数の「1」は決してわからない
  4. 数は量のかげ

3.と4.は既にわかっています。1.と2.が上記の説明と合致します。「知」は別の次元軸にあります。前回に示した心の仕組みの図には、時の過去わかる「アワレエダ」が記憶を担うことを示しました。

図2

しかし、アワレエダは、記憶システムではありません。心の働きです。実際の記憶システムは大脳の海馬にあります。1.も2.も緑の破線で囲った「わかる」の世界です。 岡潔はこれを情緒と呼んだようです。

管理人は、これを日月神示に頻出する「気(キ)付く」としました。普通にわかりよいからです。大宇宙の中心が「ア」です。気(キ)付くとは、新しい知見を得る行為です。岡潔は「情的にわかっているものを、知的に言い表そうとすることで、文化はできていく」と云いました。 これです。「数学する人生 岡潔」を参照ください。

情的にわかっている状態は、「数学が使えない世界」です。情的にわかっている状態は、「論理も計算もない数学」です。その上で、図2に示した心の仕組みと働きによって、物質的自然に数学を含む言葉が成り立ちます。そうして数学や言葉による思考が成り立ちます。これで漸く自然科学の基礎に辿り着きます。ヨソヤコヱ:48音韻に辿り着きます。

これがどうもタマ+シヰのタマと同じではないかと考えます。「わかる」、気(キ)付くということの元は、タマにあって、大宇宙の中心からやってくるということです。その元が「ア・ウ・ワ」の「ア」です。だから、「ヒトハアノモノ」なのです。

こう考えると、たぶん、「知」は、気付くの気(キ)と同じです。キとは、キツヲサネのキ(太陽が昇る方向の東)です。エネルギー、力、源、パワーに近いです。「The manuscript of survival – part 68 日本語文」には、気になっていた言葉があります。この文の意味がこれで納得できます。

ちょっと待って、我々は、その反対側を目指している、一握りの発明家を話題にしていたのではなかったですか? ええ、そうでした。希望を持って下さい。あなた方の中に混じった光の者たちが、これまで隠されてきた多くの知識を、これらの男女の頭に植えつけることに成功しています。それらの知識は埋もれないように、”理性”の声として、彼らの頭の中で存在を主張し始めています。知っていますか、知識には活力があり、生命力もあることを。

下線は管理人による。 研究に入って10年目です。紡錘図形について考え始めてから9年目になろうかと思います。ネガフィルムにある文様は、平行移動したり、回転したりしてスカウトシップの構造になるなどというものでは、絶対にありません。もっともっと内容の濃い、深いものです。

写真1

たぶん、表意文字よりもっと意味を凝縮した記号のようなものだろうと感じます。当然に、発音記号に対応していません。たぶん、意味を解して読み下すような感じです。 そこにはミクサタカラが示されているだろうと考えます。弧理論による精神科学と社会科学と物質科学の3つの科学の間には、明確な境界がありません。おそらく3つの科学が渾然一体に示されているだろうと考えます。

 

現代文明の起こりと滅亡は、還元主義と唯物主義という同じ理由によることがわかりました。文明が発達したのは還元主義と唯物主義によりますし、同じ理由で滅亡するはずです。このまま路線変更しなければ遠からず自滅します。次回の記事にする予定です。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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2 Responses to 物質的自然 について知るには、別の次元軸から眺めるしかない

  1. shibuchin のコメント:

    Φ さんこんにちは。

    別の次元軸から眺める「我々が」が随分と具体的なメッセージを送ってくる?ある意味凄い時代を体験している!。

    これって何て言っていいのかな?レベルです。

    有り難うございます。

    • Φ のコメント:

      E-MANの物理にも書かれているように、情報とエネルギーの間にある関係は誰にもわかっていないと思います。位置を持つ物と物との関係に「知」はあるようです。

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