岡潔「時間を知ろうとするといつも 運動 を使う」 弧理論による運動P_に同じ

弧理論では運動という表現を使います。この表現について、あまり詳しくしていませんでしたので、ここに記します。

物理学では運動量のことをアルファベットのPで表します。ここで、 運動 Pと表現すると運動量と混同する誤解を招きます。 運動量は次元で言うと[MLT-1]です。しかし時間[T]は物の量ではなく、事の質でした。つまり、自然科学には物の量事の質の区別がないため、最終的に何もわからないことになると予想されます。(自然科学は間違いです。) そこで、時間の観念を含まない 運動 を表すに、運動量と区別するためPの記号にアンダーバーを付けることで、運動として運動量Pと区別しています。純粋に”物の動き”と理解してください。

ところで、岡潔は【2】自然科学者の時間空間において次のように述べています。

自然科学者は自然というものをどういうものだと考えているかということを代りに言ってやって、そして、それを検討するより仕方がない。

自然科学者は初めに時間、空間というものがあると思っています。絵を描く時、初めに画用紙があるようなものです。そう思ってます。時間、空間とはどういうものかと少しも考えてはいない。これ、空間の方はまだ良いんですが、わかりますから。時間の方はわかりませんから。

時間というものを表わそうと思うと、人は何時も運動を使います。で、直接わかるものではない。 運動 は時間に比例して起こると決めてかかって、そういう時間というものがあると決めてかかって、そして、時間というものはわかると思っています。空間とは大分違う。

人は時間の中なんかに住んでやしない。時の中に住んでいる。

下線は管理人による。岡潔の「人は何時も運動を使います。」の運動、これが上記の運動です。

解説です。

弧理論では運動を「事」と呼んでいます。人が肉体に備わった器官でわかるのはです。図で示すと次です。

図1 別の次元軸(E軸という)は真のエネルギー値を持つとして、時間の観念を含む物理学上のエネルギー[ML2T-2]と区別している。注

物理学のエネルギーには時間[T]を含んでいますので運動の一部です。弧理論では別の次元軸(E軸:真のエネルギー値を持つ次元軸)と表現して区別しています。

弧理論では、物と事(運動)は(E軸上にある実体)の異なる面に過ぎないと考えます。図1に示すベクトルが運動のことです。

”事”である運動には、以下があります。

  • 速度、流速
  • 加速度、躍度(加速度の時間変化)
  • 圧力、気圧
  • 温度
  • エネルギー
  • 波動(時間の観念を含む)
  • 孤立波(ソリトン)
  • ソリトンの一種である素粒子
  • 電磁波、光子
  • 角度、時間

素なる粒子で素粒子と呼ばれていますが、素粒子は粒子ではなくて波の一種です。とにかく、基本量(SI基本単位)・組み立て量(SI組立単位)について、次元に時間[T]を含むすべては物の量ではありません。

図2 出展:素粒子のダンス~ 泡箱実験の歴史と自動解析装置 ~

ある科学者は次のように述べています。

たとえば地球の科学者は電子が粒子で、波動性の二重性をもつものと定義せざるを得ない状態にある。彼らは電子は確率波をもつ粒子だということによってこれを正当化させようとしている。これは心で描くことのできない状態であって、そのために進歩の唯一の方法として抽象的な数学に頼らねばならなくなる。

粒子性と波動性は同時に成り立っています。物理学者たちが”電子は確率波をもつ粒子”という説明に行き着いたのですけれども、これは間違いです。粒子と波は一つの実体の異なる面に過ぎないということです。物と事(運動)は一つの実体の異なる面に過ぎないのです。

素粒子物理学は根底から間違いです。自然科学には物と事の区別がありません。これが岡潔が自然科学を問題視した点の一つです。

例えば、電子と光子は一つの実体の異なる面に過ぎないということです。

 

注)ある科学者による図1の説明です。

君たちの科学の急速な進歩に対する根本的な障害の一つは、科学者たちが物質とエネルギーのかんたんな同一性をまだ十分に把握していないことだ。地球の最大の思索家の一人であるアルバート・アインシュタイン教授はずっと以前に物質とエネルギーの同一性を量的に表した数式を発表した。この式は数学的には全く正しいのだけれども、誤った結論に達している。つまり、物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる側面に過ぎない

二つの次元を持つ幾何的な平面を考えてみたまえ。この面が君の視線に対して直角をなすとき、君はそれを平面と感じる。これはその実体の物質面をあらわす。次に君がその面を九十度ほど回転させると、その面は君の視界から消えて一次元のみとなる。これはその実体のエネルギー面だ。君はその面をとり変えたわけではない。ただ観点を変えただけだ。技術的に言えば関係位置を変えたのだ。一定の物体に含まれていると思われるエネルギーの量は、一定の観測者にとって質量エネルギー軸を中心にそれがどれくらい回転したかにかかっているのだ。別な関係位置から同じ物体を見ている別な観測者は、まったく異なる量のエネルギーを見るだろう。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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