物の理(ことわり)とは五感でわかること

先日の記事で現代の物理学者は、物の理(ことわり)が分かるのだろうかと書きました。 理(ことわり)とは、物事のすじ道、条理、道理、わけ、理由という意味です。 管理者は物の理(ことわり)とは数学者岡潔のいう「五感でわかること」である必要があると考えています。

現代物理学の最先端はご存知のとおり、素粒子研究です。昨年、素粒子の一つであるヒッグス粒子発見の話題がありました。 ヒッグス粒子は1964年に提唱され40年余りも、その存在を証明しようと研究が続けられてきました。 CERN(欧州原子核研究機構)は、LHC(大型ハドロン衝突型加速器)の実験により、ヒッグス粒子を発見したと発表しました。 LHCはスイスとフランスとの国境をまたいで設置された施設で、1998年に建設が開始され2008年完成。 2012年にヒッグス粒子と見られる粒子を発見し2013年に正式に発表されたものです。

このCERNの年間予算は1000億円くらいになるそうです。

そしてLHCの建設に2兆円ほども必要だったようです。

巨大な施設の建設と運営に多くの企業と研究者が参加し、衝突で得られた膨大な実験データを処理して上表が得られました。  40年の歳月と膨大な人的・金銭的投資の結果得られたのは、ようやく判別可能な曲線を含むグラフでした。

管理者は、そういう粒子が存在することを否定しているわけではありません。あらゆる物事は、最終的には私たちの五感で捉えられるべきものであると言いたいのです。この粒子を含むあらゆる素粒子は、五感でわかるものではありません。言い換えると、どのように理論的に合致し合理的な整合性がとれた粒子が発見されようとも五感の内に住む私たちには何の関係もないということです。傲慢に思えるかも知れませんけれど、私たちが持つセンサー(五感)は限られたものだと思います。私たちのセンサーに届かないものは、幾ら存在しても意味はないと考えるのは奇妙なことでしょうか。

見て分かること、統計処理をしなくても理解できる現象、学校の実験室でできるような現象は、19世紀までにすべて発見し尽くされたと思っていました。 管理者自身、最近までそう信じてきました。 しかし、先日の記事でも分かるように意図的に避けられてきたことが幾つかあることが分かってきました。 これほどまでに科学が進んだと喧伝されるにもかかわらず閉塞した空気、未来に希望が持てない雰囲気はどこから来るのでしょう。 きっと意図して避けられてきた物事にこそ希望へと繋がるカギが含まれていると考えています。

因みに、管理者が未解明のまま放置されていると感じていることを挙げます。

  1. 宇宙に出て天空を見ると暗黒であることの理由
  2. 地球の自転と同方向にジェット気流が吹く理由
  3. ファラデーの単極誘導が不思議なことと思われているのに十分な説明が成されない理由

上記の3つの事柄について、当ブログ内及び弧理論(解説)に記事があります。ご参考まで。

2について、年間を通してジェット気流が吹いて、あらゆる気象現象があるのにもかかわらず何十年に1回「うるう秒」を入れる程度に正確な自転と公転を続けられる理由が説明できません。自転の抵抗でしかないはずの気流の向きが自転と同方向となる理由がまったく理解できません。 2と3は同じ現象である可能性が高いと考えています。

3つとも極めて大きなことであるのに無視されるのは何故なのだろうか? これまでの考察により、誰かにとって触れられたくない事なのだろうと推測されます。  逆に言えば、志を持つ人にとってはチャンスであり希望になると考えます。 但し、反骨である必要があるようです。

Φ について

2010年より研究しています。
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