弧理論(Ark Theory)によれば、宇宙は極小・極大領域において、弧を描いているようだ

弧理論の考え方と聖書の関係で書き足りないところはあるのですけれど、弧理論の考え方で少し進展があったので記します。 これまでのとおり、曖昧/不明瞭なところはありますが、研究が進めば詳細がわかるとともに誤りは訂正していけると考えます。

(1) 宇宙(弧理論では、3次元物理空間をM軸と呼びます。)は、ご存じのとおり、「空」です。 宇宙の大規模構造においては、wikiの暗黒物質によれば

2013年3月、欧州宇宙機関プランクの観測結果に基づいて、ダークマターは26.8{c4de8a001cbcae7c382f1dd801287804055307794e3d216dc125c16c479c4f5b}、ダークエネルギーは68.3{c4de8a001cbcae7c382f1dd801287804055307794e3d216dc125c16c479c4f5b}、原子は4.9{c4de8a001cbcae7c382f1dd801287804055307794e3d216dc125c16c479c4f5b}と発表した

であって、観測可能な宇宙

可視宇宙は直径約28ギガパーセク(約930億光年)の球体だということになる。宇宙空間はだいたいユークリッド平面であるから、この大きさは 3×1080立方メートルの共動体積に相当する。

といいます。参考:ちょっとビックリするような、宇宙の大きさについての真実

次に、極小な領域においては、電子の古典的半径は1.4×10^(-15)mであるのに対して、wikiによればボーア半径は、0.529×10^(-10)mとのことです。 電子の大きさに比して原子半径は、とても大きくてほとんど隙間であるということになります。参考:高校物理の世界で見る--私たちは物質を超えた「空」であること

宇宙に存在する物質は、たった4.9%しかなくて、宇宙の広さ・大きさに比べてとても小さいことから、惑星と恒星、恒星と恒星あるいは、原子核と電子、原子と原子の距離がとても大きいのです。つまり物質と物質の間が非常に離れているということです。

 

(2) 改めて弧理論の考え方を示せば、

20140421静止図1

  1. 物質とエネルギーは互いに変換するのではなく、一つの実体の異なる側面である。
  2. 運動は時間に比例して起きるとは限らない。従って時間[T]を用いない。
  3. 時間を含まない運動をとする。
  4. 3次元物理空間をM軸として、エネルギーを別の次元軸(E軸)とする4次元空間を考える。(図1)
  5. E軸上に真のエネルギー値(E2)を持つ実体が存在し、M軸に(積分を伴う回転投影)により、質量mの持つ物質として現れるとともに「位置」が決まる。
  6. 観測者に対して物質(物体)が静止のとき投影角は90度である。
  7. 観測者に対して運動を持つ物体の投影角をθとする。(図2)

 

20140421運動の状態図2

 

(3) 過去記事に量子もつれについて記しました。弧理論の考え方によれば量子もつれは

図5量子もつれの測定図3

のように理解できるとしました。ところで図1~図3において、E軸上の実体はM軸に対応した位置を持っているように読み取れますが、E軸はM軸に直交しており、M軸に投影されて初めて「位置」を持ちます。 ですから、量子もつれをE軸上の実体からの視点で描きますと

図5実体と量子もつれ図4

の右のように表現できます。 E軸上の実体は球の中心に存在し、投影されることにより球の表面であるM軸(図4右の場合はM面)に現れます。仮に量子もつれの状態にある2つの電子あるいは光子の状態について、片方のスピンあるいは偏光が決まればE軸上の実体を通してもう一方の電子あるいは光子に伝わります。 このとき電子あるいは光子のM軸上での距離は無関係であることが理解できます。 この現象の不思議さは、万華鏡に例えることで容易に理解できます。

 

(4) ここからが本題です。図4右の説明では、E軸上の実体からの視点ではM面(M軸)は球体を想定していましたが、E軸上の実体を視点とする場合、どうもM軸は球ではなくて「弧」であるようです

20150820M軸は湾曲図5

左のように、観測者(静止)アの投影角度は90度です。観測者(ア)から非常に離れた物体(イ)を観測する場合、物体(イ)は投影角θは90度以外の鋭角を持っています。この状態でM軸を直線にしますと、右図のようになります。 言い換えると観測者に対して物体(イ)は、運動を持っている状態を表していることになります。 距離が短くなれば投影角θは90度に近くなります。

 

(5) 結論として、距離が十分大きいとき、物質(ア)と物質(イ)の間には運動が生じるということです。そして大事なのは、図1~図5においていずれもスケール(単位)がないということです。

 

(6) 人の五感でわかる範囲は

五感でわかるスケール表1

の赤い括弧の範囲です。嗅覚は化学物質の構造に起因します。目視できる最大は天の川銀河の一部です。 そして、弧理論によれば物質の基本粒子は、陽子・中性子・電子の三種類です。 つまり赤い矢印のあたりが図1~図5のスケールの基本になると考えられます。

言い換えますと、図5左の様に観測者(ア)に対して、物体(イ)の投影角θが90度と考えてよい範囲が表1の赤い括弧内だと考えてよいだろうということです。 結果的に(1)により、原子間距離も、恒星間の距離も十分大きいし、知られているとおり、原子間距離においても、恒星間距離においても宇宙(M軸)で、物質(物体)どうしは激しく運動していることの説明がつきます。

 

(7) よって、運動が時間に比例して起きる範囲は、表1の赤い括弧で括った内側(投影角θが90度に近い範囲)だと考えられます。 全てを時間の関数として表現する自然科学は、表1の両端においては誤差が大きくなりすぎて使えないだろうと考えます。

 

(8) 弧理論の考え方によれば、(2)の5のとおり、「積分を伴う回転投影」によってM軸上に物質が現れます。この回転は、E軸上の実体が投影される際にE軸上で回転されることを意味します。(注:第3起電力のエネルギー源についての考察を参照ください。) M軸上では、力が回転モーメントとして現れるということです。 回転モーメントは接線方向の斥力ですから、原子も惑星・恒星も、はたまた銀河系も互いに回転することにより運動しています。 弧理論(旧弧電磁気論)によれば、その反作用は、宇宙の95%を占める暗黒物質と暗黒エネルギーが受けていると考えられます。物質は5%弱しか存在しないのですから、結果的に物質が回転する、渦を作るのは当然のことになります。

 

(9) 表題は「宇宙が弧を描いている」としていますが、宇宙が湾曲しているのではありません。 正確には、E軸上の実体がE軸上で弧を描いてM軸上に投影されることによって、観測者(原子あるいは惑星等)から見て十分遠くの物体は当然のこと運動するということを表しています。

 

余談です。

図4に示す量子もつれが、図5に示すようにM軸(M面)が球体ではなく「弧」であるならば、量子もつれは、距離が大きくなれば崩壊するだろうと考えられます。2つの電子あるいは光子の距離が十分大きくなれば、互いの運動が線形?(比例?双対?)でなくなるからです。 図5のとおりであるならば、崩壊は本質的な問題ですから解決法はないと言えます。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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弧理論(Ark Theory)によれば、宇宙は極小・極大領域において、弧を描いているようだ への8件のフィードバック

  1. 佐々木 のコメント:

    暗黒物質/エネルギーというものを採用することで、弧電磁気理論の後半は一挙にわかりにくくなっていると思いました。我々が目で観測している物質を密としたとき、十分に疎である空間部分も何かしら物理特性があると考えますが、そこに暗黒**を当てはめない方がすっきりしていませんか。
    作用反作用法則の適用範囲が曖昧な感じがします。その法則が適用されない現象については考えられてこなかったのかもしれません。図5では物体(イ)は作用のみです。図2で2つの物体AとBについて書くと、物体A(M軸)が作用する時、実体A(E軸)は実体B(E軸)を経由して、物体B(M軸)に反作用として影響する。Bを基準とすると、AのE値が0でなければ相対的に運動となる。Bが観測者ならば反作用は検出できません。
    回転モーメントに対して、法線方向の半径を決めるものも考える必要がありそうです。
    磁石の磁力線がなぜあのような形状になるのか、測定結果ではなく、理由を知っている人が居そうにないことがわかりました。

    • Φ のコメント:

      ありがとうございます。いろいろ気付きます。2つ書きます。
      1.ネガの紡錘図形は右マンジであって、明らかに原子模型(スカウトシップ)です。足跡右の左マンジは上が母船で下が惑星です。同じ「弧」が極小と極大世界を形成していることに疑問がありました。左右マンジが表1の両端に対応してることを当該記事は示しています。
      2.記事では力学的な関係を省いています。正直まだよく分かっていません。図5の物体アとイの実体には各々に対となる実体があり、その間に力が働くことを想定しています。その相手が暗黒物質/エネルギーです。これは必要なのです。弧理論ではE軸上の2つの実体は対を成し、回転投影された結果、M軸に単極として現れると物質、双極として現れると物質ではない、例えば磁場として現れると考えます。
      無限長ソレノイドの一端は単極で物質として、もう一端は実体が単極として現れるがM軸に直交していたものが回転投影されたことで平行に現れることにより観測できない暗黒物質/エネルギーとして現れると考えます。(何年も研究して未だ苦しい説明ですけれど) E軸上の実体はM軸から見て「位置も方向も」決めることは出来ません。電子の大きさから見て数ミクロンは無限遠ですし、惑星から見て数十光年は無限遠です。その無限遠にある捕らえることの出来ない実体(暗黒物質/エネルギー)との力学的相互作用の仕組みが唯一の永久機関だと考えます。『弧の収縮により投影角θがゼロ(即ち静止)になろうとするが故に”回転投影”されて回転モーメントが生じます。』仕組みの上で互いに静止(弧が消失する)できることはありませんので、永遠に回転を続けます。ホームページやブログに何度か記述しようとして中途半端な記述に終わっている仕組みです。
      で、物質と無限遠にある見えない実体との作用反作用を回避することがフリーエネルギーの根幹です。アダムスキーの残した資料に「宇宙はそれほど広くない」というのがあった記憶があります。考えられるのは加速度的に膨張しているように見えているが、実際はそれほど広くない。または実際に広いけれど原理的には広いと言えない。あるいはその両方。私は後者だと思います。万華鏡をのぞき込んで、2カ所に対称性(規則性)があるからといって、2カ所の距離を問題にする人はいません。観測者と無限遠は実際に遠いけれど、E-M軸で考えると距離は関係ないのです。
      2はうまく説明できません。実験で単極誘導モーターに反作用を回避する現象を見ていないので観念的にならざる得ません。1をご理解いただけるとありがたいです。

      • 佐々木 のコメント:

        おおよそわかりました。というと語弊がありますが。
        M軸物質が、位置も方向も特定できないE軸実体に対して、作用反作用を起こすというのはおかしい。考え方が当初と逆になってないでしょうか。

        ネガと足跡については基本的な解釈が違うので置いておきます。伝達経路などを無視しても、あの図面が既にあること、おそらくそれだけが共通点です。
        ジェット気流のイメージです。ある条件で始点から発生し、気流を成して、ある条件で終点へ消失する。この始点と終点は暗黒物質/エネルギーとしなくても成立すると思いました。

        物理ではよく無限遠を基準とする前提があり、この設定経緯が理解できていないと今になって自覚しました。「静止しようとする」も仮定です。これらは常に対としてセットされる物理の弱点と考えます。作用反作用則、エントロピー則の枠内でしか話ができなくなります。

        弧電磁気理論をはじめに読んだ時は、回転投影こそが重要で、弧の収縮がトリガとは読みませんでした。静止画の模式図で表現されていると感じました。弧の収縮をトリガとする場合、E-M平面に直交するもう一つの軸(トリガを起こす為のパラメータ)が必要になります。科学の発想では、次元軸を分けた場合、各軸上の値が互いに直接影響することはありません。だから関数があります。関数自体はどちらの軸にも依存しません。回転投影は関数だと読めました。

        • Φ のコメント:

          佐々木様は、私よりはるかに分析的です。共通点、相違点を確認しながらは困難なことです。弧電磁気論は、今思うと前半30点、後半60~70点くらいでした。それでも大筋は今も変わりません。
          >考え方が当初と逆になってないでしょうか。
          確かに第3起電力のエネルギー源についての考察では、E→M、M→E間の「積分を伴う回転投影」は反時計方向に90度3回の操作を行います。池に石を投げ込んだごとく様々な波紋ができると考えています。理解は少しずつです。
          >おそらくそれだけが共通点です。
          ネガと足跡は、切り離さず統一的に見るべきです。
          >この始点と終点は暗黒物質/エネルギーとしなくても成立する
          いえ、大規模構造を理解し始めた今だからこそ、60年前の図形の意味がわかるようになったと理解します。彼らはものすごく長い時間の中で動いているようです。足跡の輪郭はどうみても左右が暗黒物質/エネルギーです。肝心なことは足跡=宇宙の構造であって、足跡は宇宙の外について一切述べていないということです。ですから、理解している構造・要素を足跡に適用すべきだと思います。一言で言えば、「足跡は開放系=宇宙は無限大」で、我々の知る全てを含んでいるはずです。
          >・・無限遠を基準とする前提・・「静止しようとする」も仮定です
          黒体輻射を思い出します。 確かに仮定です。当初「弧」がArcではなくてArkであることに気付きましたけれど、弧がある種弾性によって「静止しようとする」仮定はもっていませんでした。ただ、弧による力学的な作用反作用が何と何の間で、固定された点がない空間でどういう構造で回転モーメントが生じるのか、結果反作用をどのように回避しているのか、未だによくわかりません。イメージできないのです。それは慣れないからだと思います。 例えていえば、投資で買いには慣れていますけれど、空売りはしにくいです。慣れが必要だと思っています。孤立系から開放系に遷るには慣れが必要です。
          >E-M平面に直交するもう一つの軸(トリガを起こす為のパラメータ)が必要になります・・弧の収縮回転投影は関数だと読めました
          確かにご指摘のとおりですね。弧の何らかの弾性というか粘性なりを示し、かつ弧のどのような状態が安定であるかを示す必要があります。ただ図にないパラメータを加えるには抵抗があります。いまのところ関心は、唯一の永久機関がどのように反作用を回避しているかにつきます。無限遠だけど遠くない。発散トーラスの無限遠は遠くない。作用が起きる距離に電極が存在するけれど、電極の位置は磁石にとってほぼ無限遠の位置にあって、反作用を受けないとイメージしています。そのようなことが本当に可能なのか自信がない。ただE-M軸の性質からして、E軸はどの位置どの方向だとも特定はできません。論理的に無限遠はM軸の「ココ:磁石近傍」だと特定できれば、前述のことが可能だと頭では理解できます。実験で確かめるしかありません。
          図は偉大な天才たちが寄り集まって情報を超凝縮してできたもののようです。図から実に多くのことが湧き出してきます。パラメータも許される範囲で想定してよいのかも知れません。だからといって10次元とはなりませんけれど。

           

          • 佐々木 のコメント:

            >>おそらくそれだけが共通点です。
            >ネガと足跡は、切り離さず統一的に見るべきです。
            Φさんと私の共通点は、ネガと足跡の存在を知っていること、それが科学に関する内容であろうと推測していること、だけです。
            私はどうということを言っているつもりはないです。思考の枠組みを読むことにちょっとした経験があるだけです。
            >足跡の輪郭は・・・
            ささいなツッコミ。これ不思議ですよね。足の裏にあんな模様がある人はいないです。なぜ靴跡ではなく、足跡と伝わっているんでしょう。別の人が来ることになったら、靴のサイズも異なるので、そこに解釈の差が生まれるような情報を埋め込むことはないと思います。私は足跡は図だけで、石膏型を採った時の写真を見たことがありません。あの図は跡を上から見ているのか、足の裏から見ているのか不明です。
            >図にないパラメータを加えるには抵抗があります。
            >パラメータも許される範囲で想定してよいのかも知れません。
            だいたい通じたと思います。回転投影がE-M軸間の関係性を示す関数であるならば、その関数自体は(理解できても)観測はできません。弧の収縮により回転投影が発生すると考えるのは、因果関係が逆になっています。だから、より上位のパラメータが必要になってしまう。これは時間を変数として記述した物理と同じ理論展開になると思います。時間を確定するパラメータが必要になってくるからです。
            静止画でE-M関係が示され、そこに回転投影の関数がはたらく。これを時間方向に拡張すると、弧が収縮していく。という話をしているのだろうと思った次第です。

          • Φ のコメント:

            ありがとうございます。
            >科学に関する内容であろうと推測していること、だけです。
            そうですね。解釈は各自にまかされたものです。理解しました。
            >解釈の差が生まれるような情報を埋め込むことはないと思います。私は足跡は図だけで、石膏型を採った時の写真を見たことがありません。あの図は跡を上から見ているのか、足の裏から見ているのか不明です。
            まったくその通りです。石膏の写真は白黒で不鮮明でした。型に墨でも塗って輪郭を浮かび上がらせた上での写真であれば見やすかったはずです。上下左右(表裏)も不明です。どのような方向であっても同一の解釈になるような図形であると思います。久保田氏の情報では、事前に砂地に水をまいて幾つかの足跡を残した上で、鮮明に残ったものを選んで型をとったようです。会見の詳細を示した文を読んだ記憶がありますが、専用の靴を用意してあったようです。
            >より上位のパラメータが必要になってしまう。これは時間を変数として記述した物理と同じ理論展開になると思います。
            過去記事のとおり、ある情報によれば「科学者は正しくエネルギーの量を計る方法を知らない」とされます。自然科学は表の左右両端(極大極小)において誤差が大きくて使えないと推測しています。E-M軸で運動と真のエネルギーとの関係式を時間を使わずに表現することが当面の目標でした。ただ、私は数学ができませんので、E-M軸の持つ(だろう)特性をgdgdと書き連ねてきました。
            >時間方向に拡張すると、弧が収縮していく。という話をしているのだろうと思った次第です。
            五感でわかるのは運動のみで、運動は不可逆で、時間とは不可逆に過ぎ去る運動の記憶だと考えています。時間とは物体のエネルギー状態の如何にかかわらず起きる不可逆な運動の記憶だということです。
            「弧の収縮→運動」を時間を含んだ形で表現できれば、時間は両端で曲がった非線形な式になろうかと思います。何とか数学的に表現ができればというのは当初からの希望の一つです。

          • 佐々木 のコメント:

            >石膏の写真
            出典教えていただけますか。何かで見たことあるような気もします。
            >「弧の収縮→運動」を時間を含んだ形で表現
            回転運動は各位置で差違が無いので、時間微分して、静止状態に見立てて表現できそうですね。
            こんなことを考える人もいまして k-hiura.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_8e20.html 私のイメージとかなり似ていました。これを読んだ時、明窓の本で佐野千遙氏が微積分を使うとエネルギーの方向性が無くなると書いていたのをなぜか思い出しました。
            リサランドールの記事もいくつか読みました。この人は御輿ですか。頭が良すぎると遠山啓の算数を理解できなくなるのでしょうか。宇宙がN次元表現できるとして、Nの数値を確定することには何の意味もありません。地上に出て一週間鳴き続けるセミの気持ちと比べても、じつに些細なことに思えます。

          • Φ のコメント:

            アダムスキー情報 ttp://www.adamski.jp のUFO contactee誌 ダウンロード ttp://www.adamski.jp/gap-japan/ucon/ucon-dld.htm を概ね2回読みました。その中で石膏写真を見かけた記憶があります。雑誌をスキャナにかけたものですから検索にかからないかと思いましたが、関連するものを若干みつけました。だけど石膏の写真はなかったです。あとは直接全ページを見る必要があります。 わかったものだけあげます。N0.98のp11中段「靴は革に似ていたが柔らかくてしなやかで、爪先は丸かった」 No.99のp3中段モノクロ写真「金星人が残した足跡」残念ならが写真で細部はわかりません。
            他にはttp://homepage3.nifty.com/gakita/ にあるデーターベース(microsoft accessが必要)内を探しましたけれど見つかりませんでした。
            >私のイメージとかなり似ていました。
            リンク先記事、面白いですね。学ぶに熱心な人は数学的抽象化に慣れすぎるようにも思います。リンク先と同様のことを実験を通して感じます。遠隔作用とは何なんでしょ?
            >佐野千遙氏が微積分を使うとエネルギーの方向性が無くなる
            氏のサイトで「n角形と円は異なる」と述べていた記憶があります。
            >頭が良すぎると遠山啓の算数を理解できなくなるのでしょうか。
            井口和基氏はブログで「物理学者は数学オタクで、実は物理現象についてよくわかっていない」と述べています。もし岡潔の言うように時間が問題であって、自然科学が当方の言うように近似であったとしたら、物理学者は数学の迷宮に入ったということになります。たぶん間接的にしか確認できないクオークを物理現象だと「決めた」ときに、物理学者達は一線を越えたように思います。 岡潔の言うように、五感でわかることに拘るべきだと思います。

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