奴隷の科学

自然科学はどこか胡散臭いと感じてきました。何より妙に複雑でわかりにくいです。おまけに各分野のつなぎが悪く、統合失調気味です。いろいろ調べた結果、歴史的に見ると少なくとも3つの点で自然科学は間違っているようです。

  1. ニュートン力学以後、時間が量ではないことに気付いた科学者がいたかも知れない。
  2. 電磁気学成立の過程で、同じ起電力を生じるに2つの異なる方法があることの意味に気付いた科学者がいたはず。(原子核発見以後。もしかしたらニコラ・テスラは気(キ)付いていたかも。)
  3. 電磁気学成立後、時間を光速度に置き換えたことによって、自然科学の発達について、軌道修正できなくなった。(量子力学も相対性理論も見当違い。力を統合できない。というより、近接作用として物質粒子と力を媒介する粒子にわけることは誤り。物と事がごちゃ混ぜ状態にある。)

上記の3点については過去記事を参照し、お調べください。

 

ところで、ローマ時代の市民は議論を通じて哲学を発達させました。当時の哲学は現代の科学全般と宗教や思想を含む総合科学とでもいうべき内容だったようです。当時の市民の生活は大多数の奴隷により維持されていました。ですから、当時の市民は現在でいうところの特権階級です。

当時の奴隷の生活は支配階級である市民が手当てしなければなりませんでした。奴隷の管理は面倒です。ですから、やがて奴隷自らが衣食住を維持するように仕向けてきたようです。それが現在の市民です。ですから、我々市民は自らの衣食住を維持すし、搾取され続ける奴隷に過ぎません。それも自覚のない奴隷です。

では、自覚のない奴隷である私たちには、現代の特権階級が知る科学と同じ科学をあてがわれているでしょうか。管理人はそうは思いません。どう考えても権力の源泉は知識・情報・知恵です。ですから特権階級が特権階級である由縁は、情報・知識・知恵の独占にあるはずです。彼らが知る科学と同じものが我々にあてがわれるはずないと考えます。情報・知識の根幹は科学です。

たぶん我々にあてがわれている自然科学は 奴隷の科学 だろうと感じます。ある科学者は次のように述べています。

我々は地球人のように時間のドレイにはならない

人類は、量ではない時間量ではないお金に(単位)を付けて、あたかも量であるように扱い、これを信じてきました。私たちは時間とお金の奴隷だということです。私たち市民は、奴隷だと気(キ)づき、奴隷のための自然科学はダメだと気(キ)付くべきだと思います。

確証はありませんけれども、超大富豪が支配階級であることは間違いないでしょうけれども、真の支配者かどうかわかりません。情報こそが支配の源泉であることを鑑みれば超大富豪が即支配者かどうかは判断できません。どこの誰かもわかりませんし、そもそもそのような支配者などいないのかも知れません。それでも、少なくとも時間とお金が権力の源泉だと信じている者など大富豪ではあっても支配者とはいえません

 

上記のお話しがどれくらい正しいのかわかりませんけれども、次の動画はとても参考になります。

動画1

動画2

 

Φ について

2010年より研究しています。
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