物理学は、とうの昔に唯物主義を捨て去っていた

数学者岡潔は、彼の講演「2つの心」でこう述べました。「西洋人は五感でわからないものは無いとしか思えない。これが唯物主義です。」

管理人は、およそ2年にわたり岡潔の【2】自然科学者の時間空間【3】五感でわかるものを出発点にして考察を続けました。その結果を

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の様にまとめました。図1については過去記事を参照ください。 一方で、ある科学者は、1950年に次のように述べています。

たとえば地球の科学者は電子が粒子で、波動性の二重性をもつものと定義せざるを得ない状態にある。彼らは電子は確率波をもつ粒子だということによってこれを正当化させようとしている。これは心で描くことのできない状態であり、そのため進歩の唯一の方法として抽象的な数学に頼らねばならなくなる。

 

(1) 本年4月12日の記事、映画「パーティクル・フィーバー」と弧理論において、陽子は内部構造を持たないかも知れないと記しました。つまり「(陽子)衝突→陽子の崩壊→(素粒子群)生成」ではなくて、「(陽子)衝突→消滅→(素粒子群)生成」なのではないかということです。  素粒子物理学において、陽子は内部構造を持っています。

image_01.jpg図2 新粒子発見!‐ 重たいエキゾチックハドロン ‐より

陽子はクォークからできているとされます。同時に、クォークは閉じ込められているとされます。これをクォークの閉じ込めと呼んでいます。冒頭部分を引用します。

クォークの閉じ込め(クォークのとじこめ、Quark confinement)とは、クォークを単独では取り出すことが出来ないという物理現象。

岡潔は、次のように述べています。

物質は、途中はいろいろ工夫してもよろしい。たとえば赤外線写真に撮るとか、たとえば電子顕微鏡で見るとか、そういう工夫をしても良い。しかし、最後は肉体に備わった五感でわかるのでなければいけない。こう思ってます。

それじゃあ、どんなに工夫しても五感でわからないものはどうなのかというと、そういうものはないと思っている。「ない」といってるんじゃありません、「ない」としか思えないのです。だから、仮定とも何とも思ってやしませんから、それについて検討するということはしない。

五感でわからないものはないというのは、既に原始人的無知です。しかも、自分がそう仮定してるということにさえ気付かない。それについて考えるということができないというのは、実にひどい無知という外はありません。そう感じます。

管理人の記憶では確か1960~1970年代の頃、クォークについて、「閉じ込められることにより単独で取り出せないモノ?を物質と呼んでいいのか?物理現象といってよいのか?」という議論があったように思います。 結局、当時の物理学者たちは「物理現象である」と認めてしまいました。 このとき既に物理学者たちが岡潔のいう「唯物主義」を捨て去っていたということです。(参考:素粒子超入門クォーク編

因みに、放射線や重粒子線によるガン治療において、五感でわかるのは「火傷」です。同じくたくさんの素粒子の中で、電荷を持つ素粒子などで原子と相互作用するそれを大量に人体に照射したとしますと、五感でわかるのは「火傷」だろうと思われます。 放射線が発癌の要因の一つでもありますので、素粒子群の中には発ガン性を持つものがあるかも知れません。 例え理論的に予想され、予想の通り発見されたとしても「肉体に備わった五感でわかる」ことと乖離していると感じます。これは結構致命的です。

 

(2) 上記に引用したある科学者の云うように「電子は粒子であり波でも」あります。 その中で、電子にはスピンと呼ばれる物理量があります。EMANの物理学の中でスピンとは何かからEMAN氏の感想部分を引用します。

以上がスピンについて「分かっていること」と「分かっていないこと」の基礎知識である。世間では「私は本当はもっと知っているけれども一般の人には分からないだろうから、配慮してわざといい加減な説明をしています」という態度の解説をよく見かけるが、知りたい根本の部分がごまかされていてストレスが溜まることが多い。しかし今回の記事を読んで感じてもらえただろうか。学者にとっても根本の部分は謎なのである。

しかし学者の立場を擁護するために言っておく。具体的なイメージを放棄しさえすればこれほど明らかな論理があるだろうか。具体的なイメージはそれほど大事だろうか。日常の生活に慣れてしまって、全ての物事に「具体的な構造」があるはずだと勘違いしてはいないだろうか。それらはみんな「在るように見えている」だけ・・・錯覚なのだ。

EMAN氏は、「学者も根本部分は謎だ」と認められています。また、『具体的なイメージはそれほど大事だろうか。日常の生活に慣れてしまって、全ての物事に「具体的な構造」があるはずだと勘違いしてはいないだろうか。』と「心に描ける」ことに固執せず、具体的なイメージの放棄を勧めています。つまり、イメージを持てなくてもよい、代わりに数学という道具があるということです。 この点においても、物理学者たちは唯物主義を捨て去ったと感じます。   ただし、管理人は彼らの行いの善悪を述べているのではありません。「電子が粒子で、波動性の二重性をもつものと定義せざるを得ない状態に」あって、「心で描くことのできない状態」だと指摘しているだけです。悪しからず。

 

(3) ある科学者は述べています。

物質はエネルギーに転換するし、その逆にもなるというが、本当は物質もエネルギーも一つの実体の異なる面にすぎない。

これが

E軸上の実体が原因。物体は結果。

E軸上の実体が原因。物体は結果。

図3

弧理論の考え方の基本です。 ある科学者は、M軸に投影されることにより位置が決まる物質について、次のように述べています。

二つの次元を持つ幾何的な平面を考えてみたまえ。この面が君の視線に対して直角をなすとき、君はそれを平面と感じる。これはその実体の物質面をあらわす。次に君がその面を九十度ほど回転させると、その面は君の視界から消えて一次元のみとなる。これはその実体のエネルギー面だ。君はその面をとり変えたわけではない。ただ観点を変えただけだ。技術的に言えば関係位置を変えたのだ。一定の物体に含まれていると思われるエネルギーの量は、一定の観測者にとって質量エネルギー軸を中心にそれがどれくらい回転したかにかかっているのだ。別な関係位置から同じ物体を見ている別な観測者は、まったく異なる量のエネルギーを見るだろう。

これを図にすると

実体の回転

図4

の様になります。図4左において、M面(M軸)に投影された線分が弧理論の考え方による運動です。図4右の様に投影角θがゼロのとき、物質は質量を持たなくて、運動になりますけれど、どうもこの状態が””であるようです。電子は質量を持つ粒子であり、運動による波であると考えますと、実験の事実(粒子性と波動性)を説明できるように思います。上記(2)の代案として(3)を考えるということです。 観測者は図5の位置にいなくて、M軸上に居ますので、図3において

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の様に見た方が分かり易いです。両図により理解が深くなります。  余談ながら、図3の「E軸上の実体が投影によりM軸上に現象が現れる」というシステムによって、「現象は離散的」になります。「投影」は「整数回」しか許容しないからです。ここに宇宙の現象が「離散的」であることと、どこか「素数」に関係している原因を求めることができます。

 

本題に戻ります。 上記(2)の引用サイトによれば、1910~1920年代頃の事のようです。また、(1)については、1960年代前後のことと思われます。  ですから、物理学者たちが唯物主義を捨て去ってから100年ほども経っていることになります。 今思い出しても、若い頃「単独で取り出せない物質を扱うことについて、物理学と云えるのか?」という議論があったと何かで読んだ記憶があるのですけれど、ネットには残っていないようです。どなたかご教示いただけるとありがたいです。

ところで、唯物主義の人たちが創った物理学が結果的に「肉体に備わった五感でわかる」ことを蔑ろにしているというのは皮肉なことです。  といいますのも弧理論の考え方では、「五感でわからない」が余分な次元軸上に何かの実体が存在し、それらが原因で「五感でわかる」物理現象が生じているというのを基本としています。 その結果として「五感でわかる」ということを大切にしようとしているからです。(素粒子「破片」なんかどうでもよい。) 図3、4、5は、開放系であることに注目ください。 物質は位置が決まるだけ。位置と位置の隔たりが距離です。距離の二乗が面積、三乗が体積です。物質が存在する位置が宇宙です。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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物理学は、とうの昔に唯物主義を捨て去っていた への15件のフィードバック

  1. 佐々木 のコメント:

    >質量が3次元での次元を失い、すべて運動P_になったとき、何を意味するのか
    エネルギーは空間にあるか。空間はエネルギーであるか(あるいは持っているか)。

    弧理論は現行理論を包含するか、同じことの別表現なのか、現行理論に抜けがある事への指摘となるのか。
    実は現行理論と同じ事を(も)言っているのではと思いました。
    どちらの理論でも上記2つは是となるはずで、空間とエネルギーは重畳されている。(あるいは実体として同じもの)
    弧理論では方法を積分回転と投影、全質量の回転としている。これがコアの発想。

    同じ事を現行理論でもやっていると思うのだけど、どうなんでしょう。
    正体不明の暗黒物質とニュースに出る度、その数値は元々の発想や計算式に抜けがあるからと思い、科学なのかファンタジーなのか考えてしまいます。
    開放系でありながら、装置の収支は完全に計算できると思う。

    • Φ のコメント:

      まず、エネルギーの概念を変えねば。E軸上の実体が持つ真のエネルギーと運動P_(時間をパラメーターとするいわゆるエネルギー)に分けます。アランは2つの意味を持つエネルギーという言葉を交ぜて使っています。
      >包含するか  抜けがある
      包摂あるいは包含という意見を持っています。 抜けと言えばベクトル・ポテンシャルも考えられます。以前提唱したArk Fieldも考えられます。
      「質量を持った物質が位置を獲得する」しか定義していませんけれど、「波」も含まれるようです。投影という仕組みからくる離散的で、かつ干渉により現象は複雑になると考えます。
      >積分回転と投影
      まだよく分かりませんけれど、この仕組みによりかなりのことが合理的に説明できそうです。
      >現行理論でもやっていると思うのだけど
      いや、自然科学の特に量子力学は「泥縄式」に見えます。私がよく使う「筋が悪い」と感じます。
      >数値は元々の発想や計算式に抜けがある
      いや、物理学は五感でわかる範囲は概ね正しいと思います。運動/時間の比率は五感の範囲で一定値を持っているようです。
      ビッグバンや紐理論、多元宇宙はファンタジーだと思います。
      >開放系でありながら、装置の収支は完全に計算できる
      同意です。開放系の一部を切り取って孤立系とすることにより、エネルギー保存の経験法則が成り立つと同時に「成り立たない場合もある」ということです。

  2. 佐々木 のコメント:

    >質量が3次元での次元を失い、すべて運動P_になったとき、何を意味するのか
    発散トーラスの無限遠消失がわかった気がします。
    スタートレックで云うところのワープ10みたい。超速度で宇宙の彼方に飛んでいくと、自分の背中が見え、あらゆる場所、あらゆる時間に存在する。
    逆に、なぜ発散トーラスに”ドーナツの穴”があるのか。要素間には必ず隙間ができる(離散配置)ことを意味しているのでしょうか。

    >るいネット
    会社形態でこういうことをやる人もいるんですね。危なっかしいから、きっと有用な事柄もあるでしょう。
    目的は「考える」ことなんじゃないかと最初に感じました。
    受験のような暗号問題ではなくて、ゼロから自分で考える為の。
    皆、自分で考えていると思っていても、そうではないことが多いです。

    • Φ のコメント:

      >発散トーラスの無限遠消失
      開放系の空間においてE軸上の実体にアクセスすることがフリーエネルギーのカギかと。それも渦と関連します。コイルは渦の一部です。穴があるのは双極と単極を重ね合わせたものだからです。地球が重力(単極)を持つと同時に磁極(双極)を持つのと関連があるようです。G・アダムスキーによれば太陽からのエネルギーが遠くの惑星へも届く仕組みをブラウン管の構造に例えていました。円板状に届くと。この形状が発散トーラスと関連していると感じます。それとどうもベクトル・ポテンシャルと関連がありそうに思います。電磁誘導と単極誘導は別の現象のようです。いずれ実験の予定です。
      >隙間ができる(離散配置)
      もっと空間の基本的性質にかかわることと理解しています。鉱物の結晶や劈開あるいは雪の結晶に現れている。空間を等しく分割するに12進数が有利であることは誰でも知っています。4つめの次元と3次元物理空間との関連を考える際のキモだと考えます。これと発散トーラスとの関連はまだ分かりません。もっと云えば、空間は12進数による素数で理解できるはずです。
      >有用な事柄もある
      同意です。人を情報機器に例えて考えると、圧倒的に入力過多です。新規性のある情報を出力できる人は一握りです。五感での刺激を分けることにより「分かる」には明らかに限界があります。新しい知見を得るには、想念の経路(1)が必要です。この仕組みをほとんど誰も知らない。岡潔はこれを考察しました。どうも縄文時代の人は知っていました。ヲシテ文献は真正の本物です。
      >自分で考えていると思っていても、そうではないことが多い
      まったくです。コピーでしかありません。大ヒットしたアニメ映画「君の名は」は、昭和の名作「君の名は」+2006年のイルマーレ+大林監督の転校生を混ぜた作品です。郵便ポストの手紙がスマホになっただけです。でも面白ければアリです。
      むしろ著作権を70年にするのは発想の活力を削ぎます。

      ところで、概ね自然科学を論破できたように感じます。次回にかなり決定的と思われることを書こうと思います。

  3. 佐々木 のコメント:

    ちょっと思いつき。視点変換にどうぞ。
    ttp://www.lme.nitech.ac.jp/homu_files/abstract.pdf
    ttp://www.hanwa-jp.com/kakuhan-baffle.html
    渦潮や台風のように、2つ以上の渦が合わさったらどうなるか。また、逆回転が合わされば相殺するのか。

    • Φ のコメント:

      以前、お風呂につかりながら、両の手のひらで同時に左右の渦を別々に作ったことがあります。2つが合わさると確かに相殺するように見えます。ただ、水だけじゃないんです。弧理論の考え方は、二層型の浮沈子に似ています。もし仮に、灯油の層が反時計方向(アに相当)、水の層が時計方向(ワに相当)に渦を作る仕組みを持っているならば、浮沈子(ウ)の構造によっては、うまく左右の渦を同居できると考えます。(これが原子を構成すると同時に重力を生じる仕組みだと考えます)実際の灯油と水に回転をかける機構はありませんから、二層型の浮沈子は概念を説明するだけのモデルです。

  4. 佐々木 のコメント:

    図5において。多重投影されているとも解釈できませんか。

    • Φ のコメント:

      勿論です。井出さんの超効率インバーターについての考察により「7回」行き来します。投影は最初から数えて4回です。この間E-M軸平面内で位相が変わります。(フリーエネルギーのミソはこの辺にありそうです)「干渉」という言葉を念頭に置いています。結果、あらゆる現象が「滲み」ます。物理現象は非常に複雑に見えて、実に簡単な仕組みによっていると考えます。
      時間をパラメーターとして 静止 速度 加速度 躍度 という考え方です。
      既に唯物主義を捨てていたと気付いたのは先日です。
      学者たちのパトロンが孤立系を要求していると感じます。お金と時間の関係について3年以上考えてきました。自覚のないお金への信仰を維持するには時間についても誤魔化す必要があります。だから自然科学に時間空間という考えを捨ててもらっては困るのです。

      • 佐々木 のコメント:

        >多重投影
        そうでしたか。確かにEとMが1対1である必要はありませんものね。
        すると、時間に対する変換次数が低いほど粒子性、次数が高いほど波動性としての機能???
        速く動くものはくっきり見えない、速すぎると止まって見える、そんな日常の感覚からです。イメージは飛行機のプロペラ。

        >孤立系
        ヒトもそう。求められるのは孤立です。だから「つながる」「つなげる」がここまで流行り、広まっています。実際は逆で不安だから。

        • Φ のコメント:

          かなり前から「1対多」ということを記事に書いてきたのですけれど、理解してもらうのはなかなか難しいです。E軸上の実体は大別して2種でして、合計3+3の6種あると考えます。
          これが何故かクォーク6種と同じです。で、クォークはE軸上の実体の陰ではないかと疑ってきました。だから単独で取り出せない。
          そして、ときにE軸が反転する。で6+6で12種になる。
          >時間に対する変換次数が低いほど粒子性、次数が高いほど波動性
          そうです。質量が3次元での次元を失い、すべて運動P_になったとき、何を意味するのか4年くらい悩んできました。どうも波だろうというのは分かっていましたけれど、意味づける直接的な理由がない状態です。でも光は電磁波であり、電磁気力を媒介するのが光子で、光子は質量がゼロというのと合致します。つまり素なる粒子である電子が運動P_として、光の速さであるとき、質量ゼロということです。(あいまいですが)
          >求められるのは孤立
          いや、ここで云いたいのは弧理論の考え方が開放系のモデルだということです。社会の絆は大事ですけれど、過去記事に書きましたように、開放系は例えば「お釈迦様の掌の上の孫悟空」な訳です。投影により出来た物質である身体を持つ私たちが、宇宙の何処へ行っても、そこは宇宙だということです。開放系のモデルには宇宙の外という概念がありません。これが足跡の意味です。

  5. 佐々木 のコメント:

    やはり面白い発想をしますね。
    ttp://www.seibutsushi.net/blog/2012/04/1277.html これを読んでも、電気・電子技術でも当たり前なのですが、観測する時は何かしらの方法で一旦電気に変換します。例外は光学カメラくらいです。電磁気応用の変圧器などはあっても、純粋な磁気回路というのは聞いたことがありません。
    電気を使わずに、原子核そのものを観測できるのでしょうか。
    電子が粒子性と波動性を持つが故に、我々はそれが観測できるとしたらどうか。
    電子の様々な挙動から、その中心にあって欲しいものを原子核と呼んでいるだけなのではないのか。
    それこそ、”中心”を決められるようになったら、全体は回っているのかも。
    電気と磁気は相互変換対象ではなくて、それぞれに独立した機能があるように感じます。

    • Φ のコメント:

      唯物主義。それこそ自分の目で見たもの以外信じない人が居ます。考えるとこれが怪しいと感じます。EMAN氏は「そんなものに拘るな」とまで述べています。どうなんでしょう?よくわかりません。ただ岡潔は「数学の使えない世界」について述べていますので、どちらも正しくないように感じます。ですから私は想念の経路(1)を考えています。
      >中心にあって欲しいものを原子核と呼んでいるだけ
      確かにラザフォードの散乱実験でも加速器でも「原子」を見たわけではありませんね。原子核が崩壊したのを見た人はいません。
      >”中心”を決められるようになったら、全体は回っている
      今のところ宇宙に異方性があるという情報は存じません。
      >電気と磁気は相互変換対象ではなくて、それぞれに独立した機能がある
      これは意見を異にします。機能は異なりますが、実体は一つだとの発想から研究を始めました。

      ついでながら縄文哲学において「ナミ」はかなり重要な意味を持っているそうです。

      • 佐々木 のコメント:

        >自分の目で見たもの以外信じない人
        確かに居ますが。なぜその人は自分の目を信じているんですかね。岡潔の時代には未だ、誰でも持っている共通認識というか、社会観・人生観で通じ合うものがあったのかもしれません。今は情報過多で本当のところが見えなくなっている。だからせめて自分の目で、と疑心暗鬼になるのかと。利益と搾取の為に仕組みが造られているとしたら、そりゃ誰でも疑心暗鬼になりましょう。それも仕組みの内側なんだろうけども。
        でも、惑星が回って、夜が来て朝が来て、四季が巡る。そこに自由を感じます。

        >>”中心”を決められるようになったら、全体は回っている
        >今のところ宇宙に異方性があるという情報は存じません。
        逆でした。渦があるとそこに中心を見る。

        • Φ のコメント:

          >共通認識というか、社会観・人生観で通じ合う 疑心暗鬼
          かなり前から、るいネットttp://www.rui.jpが何を目的としているのか
          皆目見当がつきません。個別の記事で面白というのはあります。
          >自由を感じ
          そうですね。普通がよいです。

          • Π のコメント:

            >かなり前から、るいネットttp://www.rui.jpが何を目的としているのか
            皆目見当がつきません。
            結局、るいネットは
            利用者の善意が
            前提だと思います。
            極端なこと言えば、
            共通認識が出来れば
            正しかろうと間違っていようと
            何でも良いのです。
            今の日本人の欠点にも通じるのですが、
            主張、内容、理論が正しいのかどうかを
            ちゃんと検証することをせずに、
            主張、内容、理論に
            とにかく合わせることの方を優先して、
            それを自他に強制することです。

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