ローマ教皇が、クリスラム(Chrislam)を宣言して世界統一宗教を目指すことについて

先月、カレイドスコープ氏のサイトに、ローマ教皇は、二大宗教の合一を唱え世界宗教を宣言したという記事がありました。

po20151001-4写真1 カレイドスコープより拝借

ローマ教皇フランシスコは、2015年9月24日、マンハッタンのセント・パトリック大聖堂で演説しました。 このとき出された所感において、ローマ教皇は、キリスト教とイスラム教の二つを合一して世界統一宗教を目指すことを明らかにしたとのことです。

In New York, Pope Francis Embraced Chrislam And Laid A Foundation For A One World Religion  (ローマ教皇フランシスコは、ニューヨークで、クリスラム(キリスト教+イスラム教の合成語)を受け入れて、世界宗教の礎を築きました。)

キリスト教、イスラム教、ユダヤ教は同じ起源ではありますが、3つの宗教は、いろいろな問題の発端になっていることは事実です。

記事によれば、キリスト教とイスラム教は異なる宗教ではあるものの、神に至る道であることには変わりがない、という考え方が世界中の他の多くの人たちの間で広がっているようです。  そして、キリスト教(Christianity)とイスラム教(Islam)を合わせた造語「クリスラム(Chrislam)」という言葉が、世界宗教運動を説明するときに用いられるようです。

 

このような宣言の背景となる、宗教的、政治的な思惑は記事を参照いただくとして、この記事を読んで思い出すのは、アメリカ主体のイラク戦争のときと、仏英米によるリビアへの軍事介入です。

アメリカ等の強国が、フセインカザフィー大佐をリンチのように殺害した記憶が生々しいです。サッダーム・フセインの死刑執行ムアンマル・アル=カッザーフィーの死を参照ください。

その結果、イラクとリビアには、混乱と憎悪が渦巻く泥沼が残るのみでした。(目論み通り、何らかの利権は、どこかの誰かに移ったのでしょうが。)  よく知られているとおり、戦争の結果、相手国においての占領政策がうまくいったのは日本しかありません。 アメリカの占領政策がうまく行き過ぎたのは、日本の特性によったのです。他の国でうまく行くわけがありません。 イラクとリビアには、「日本人にとっての天皇」のような存在がありませんでしたから、最高責任者を処刑したら終わりです。

ローマ教皇による演説には、統合の未来像も理念もありませんから、仮にキリスト教とイスラム教が合一されて世界宗教ができたとしても、世界宗教内における内戦になるだけのように思います。何も新たな展望・希望がないからです。甚だしく無責任です。

もし仮にキリスト教、イスラム教、ユダヤ教、3つの宗教がリセットされるような事が起きるならば、「神との契約」という箍(たが)がなくなるということです。 かろうじて「人」であり得た箍がなくることで恐ろしいことが起こりかねません。

しかし、考えてみれば、「神との契約」がなくても秩序だった国を構築し、高い倫理観と道徳心を持ち、かつ高い精神性の人たちがいます。そのルーツは古から培われた日本的なるモノを有する人たちです。 G・アダムスキーが教えた宇宙哲学より遙かに古くから縄文哲学に基づく日常を穏やかに営んできた人たちをお手本にすれば善いだけだと気付きます。(勿論、幾つか重大な欠点もあります。)

55.8%の人たちは、「神との契約」を結んでから、既に千数百年の経験を積んでいるのですから、できる準備は整っていると思うのですが、いかがでしょう?

sekainojinkou図1

追記

1.自分たちは選ばれた民だと思うのか。 2.イエスという生贄をたてるのか。 3.厳しい戒律を自分に科すのか。  どれも違うような気がします。

 

Φ について

2010年より研究しています。
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