相対性理論 はまったく相対的ではない 物質に潜む相対論的効果?

ある科学者の言葉を起点に、永らく 相対性理論 について考えてきました。理論の名称は、”相対性”とありますが、管理人には、 相対性理論 はまっーたく運動の相対性を述べているとは思えませんでした。その理由が何となくわかりましたのでメモします。

何度も書きましたとおり、 相対性理論 は間違っています。理論の全体が循環だからです。

図1 古代インドの宇宙観

相対論物理学者に捧ぐ その4に指摘があるようにアインシュタインは、時間を光速度に置き換えました。しかし、光速度がわかるためには、その前に時間がわかっていなければなりません。時間は運動から作ります。運動は物体、物質の振動(運動)、あるいは角度です。しかし、物質は空間にあります。すると全体は循環になります。

  • 運動→時間→光速度→相対性理論(時間・空間・重力)
  • ↑—————————————————–←┘

これでは何も決まりません。そこで、光速度を(空間を含めたすべてに対して)一定とし、絶対変化しないと決めました。 相対性理論はこの循環を断ち切ったから一定の結論を出せたのです。

 

しかし、相対性理論は、光速度をモノサシとした絶対性理論でしかなく、運動の相対性を表していません。

ある物体に対して観測者Aには観測値Aが得られ、観測者Bでは観測値Bが得られると言います。例えば、観測者Aには光速度に近づくほど質量が大きくなり、時間は遅くなると言います。しかし、同じある物体に対して観測者Bには運動が遅ければ、相対論的効果はないと言います。これでは運動の相対性を表していません。

何を言いたいかというと、ある物体に対して、観測者A、観測者B,観測者C・・・があったとき、物体が持つ固有の値が不変であれば、如何なる観測者ABC・・・にも同じ関係で議論できるはずです。これが本当の運動の相対性です。

動画1 10自然が映像ならわかるホントの相対性理論 

弧理論では、如何なる観測者に対しても変化しない固有の値を真のエネルギー値と呼んでいます。

 

ここに興味深い動画があります。

動画2 水銀はなぜ液体なのか?【物質に潜む相対論的効果】

8分過ぎから説明があります。亜鉛や水銀等の物性について話しています。それで軌道電子の内側の電子の周回速度は光速に近くなると言います。それで、観測者から見ると水銀の原子を構成する内側の軌道電子は相対論的効果が出るというお話です。

写真1 

写真2

この動画は、どちらかというと化学についてのお話です。管理人は化学をわかっていませんけれども、何年か前に何処かで読んだ記憶はあります。しかし、学生の頃の原子核物理の教科書に、物性における相対論的効果の記述はありませんし、学生の頃にそのような話も聴いた覚えはありません。

原子の構造については、少なくとも量子論が発達した20世紀中頃までには、物性における相対論的効果の議論は終わっていて、教科書に載っていてもおかしくないはずです。

どうも、よく言われるGPSの話や物性における相対論的効果は、後付けではないかと感じます。同じ議論があります。

 

そもそも、量子力学において、原子核や殻電子は、空間のある位置での存在確率で表されるものです。これを波動関数と言います。

gif1 出典:失念 電子の基底状態

原子の場合の分布は次のようになります。

図2 出典:失念

量子力学では、電子が原子核の周囲を周回するようなイメージは間違いだと指摘されます。

図3 出典:失念

詰まるところ、量子論では、波であり確率で決まるとしながら、化学においては周囲を光速近くで周回するといいます。どうにもつじつま合わせにしか思えません。

 

前回までの記事が如何に奇抜であったとしても、物理や化学などを含む自然科学が時々につじつまを合わせているに過ぎないことがわかります。すると弧理論もあながち間違いだと即断できないでしょう。

誰でも感じていることですが、化学や工学等と量子力学はつながっていません。断絶しています。(それは液晶画面の映像と画素となるドットの関係に似ています。)

 

弧理論においては、物と事(運動)は一つの実体の異なる面に過ぎません。エネルギーは運動の一種です。

そして、例えば、電子が光速度に近いと大きさ質量は、次元を失い観測できなくなります。

図4

物質は(観測者に対して)光速度に近くなると質量が大きくなるという説明は、「観測できなくなる」という説明と何処か近いようにも思います。

弧理論においては(結果として)空間が歪むのですが、歪むとする相手は基軸方向への歪みです。相対性理論の(不変とされる)光速度に対して時間や質量が歪むというのとは根本的に違います。

gif2 本質的な回転運動(渦)により基軸方向へ歪む

自然科学の間違っている点は、物と事の区別がないことです。

  1. 物質はエネルギーに転換するし逆にもなる。(E=mc
  2. 物質とエネルギーは一つの実体の異なる面に過ぎない。

「運動が大きくなると質量が大きくなる」というのは、1.に違反しているようにも見えます。??? エネルギーは運動の一種です。

 

追記8/23 図1は、何年か前に作りました。図に示した古代インドの宇宙図に自然科学の循環を重ねたのですが、どうもしっくりきません。そこで、別の次元軸である基軸とM軸(物質的自然)における自然科学の循環を重ねて作った図が次です。

図5 物と事(運動)と空間の関係

図1と比較してわかりよいかどうかわかりません。すべての原因基軸上にある実体にあります。そうしないと物質的自然が循環であることを避け得ません。言葉は循環でありネットワークです。互いに規定し合って成り立つ繰り返しですから、如何なる科学もそのくびきから逃れることはできません。勿論のこと数学も含みます。岡潔が言った言葉の真意です。

  • 岡潔「自然数の1は決してわからない。」

言い換えますと、人は物や事を言葉でわかっているのではないということです。何故なら、物や事は循環だからです。

 

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Φ について

2010年より研究しています。
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